第439話 忠なる者
「やはり、貴方ですか」
ノア様が世界の支配を宣言されてから、まだ5分程度しか経っていない。
アマラの存在を知っている彼女なら、ここを察すること自体は納得できる。
しかし速すぎる。フロムの命令じゃないな、独断か。
「無事ですかルシアス」
「かはっ……ははあっはあ!おい邪魔すんなよ、上がってきてんだよ!」
「いいえ、邪魔します。ノア様のお言葉は終わりました。彼女の侵入を阻む理由はありません」
「非難。ルシアスの言う通り、楽しくなってきたところだったのに」
「外まで聞こえてきてるんですよ、バカうるさい戦闘音が。いくら全神国とはいえ近所迷惑です」
彼女が来たら止めるようには言ったが、こんな激闘を繰り広げろとは言ってない。
仕方がない、少し戻してやるか。
「あらリーフ。随分楽しそうね」
「否定、楽しかったのはつい先程まで。今は非常に苛立っている」
チリチリと、身体が痺れるような感覚。
それが落雷魔法を宿す彼女だからなのか、それともただの殺気なのか、わたしには判別がつかなかった。
「詰問、どういうつもりだノア。フロム様とお前たちの協定は、世界をその手中に収めるまでのはず。まだ早い」
「ふふっ、分かってないわねリーフ。口約束というのは破るためにあるのよ?フロムも多分、大体察していたでしょうね」
リーフの顔がどんどん険しくなっていった。
彼女の怒りは最もだ。なんの前置きもなしにこれだし。
だが、生憎わたしたちはただの同盟関係。最後に敵対することが確定していた、裏切り前提の仲間だった。
フロムだってそれは分かっている。だからきっと、歯噛みはしていても驚きはしていないだろう。
「何故そんなに怒ってるのかしら。フロムを裏切ったから?それとも―――私に裏切られたのが、ショックだったとか?あなたが」
「…………」
ピクリと、リーフのこめかみが動いたのをたしかに見た。
「随分と変わったわね。昔のあなたなら、この場で私の首をはねようとするくらいやったでしょうに」
「……嘲笑、お門違いもいいところ。この先殺す女を慮る必要がどこにある」
「前から思っていたのですが、この女、ツンデレがあざといですわよね」
「え、ああ、うん、まあ……そこも含めて彼女の魅力だと思うけど」
「鬼強いナチュラルツンデレ美女軍人とか、盛りすぎだよねぇ」
なんか、後ろで余計なこと言ってる。
思いがけない追い打ちに、リーフは顔を赤くし、それでも拙い笑顔を浮かべた。
「……焼き殺されたいか」
「すいませんでした」
うん、結構動揺してる。
仕方ない、少し話を進めるか。
そう、話だ。戦うわけじゃない。
「これくらいにしましょう。リーフ、あなたとてこの場で殺し合う気はないはずです」
「……ふん」
怒ってはいたが、レイピアに手をかけていなかったし、ルシアスもそこまで大きな傷を負っていない。
あくまで話を聞きに来た、そんな感じだ。
「主要な兵器や人材はこちらに接収したとはいえ、今の帝国ならば各国の制圧はそう難しくないと思います」
「同意。あとは辺境の国が幾つかと、フィーラ共和国連邦のみ。ウチが出れば事足りる」
ステアを例外とし、単純な戦闘力では現代最強として生を受けた天才、リーフ・リュズギャル。
ただでさえ異常だったその強さは、ナユタとの戦いを経て急成長。その成長度合いは、わたしが関わってきた人物の中でぶっちぎりで高い。
今なお唯一、戦争ができるレベルで戦力を落としていないのは、共和国連邦のみ。だがあそこも、今のリーフにかかれば―――。
「一応聞きますが、このまま我々についてくる気はありませんか。帝国よりは楽しめると思いますよ」
「……はっ」
笑われた。
「愚問。君ほどの女がつまらないことを抜かすな」
「随分と高く評価していただけているようで恐縮です。しかしフロムのためとはいえ、随分頑張りますね」
わたしがそう言うと、リーフは目を瞑った。
何かを思い出すようだった。
「……肯定。あの人の―――恩人のため、ウチは死力を尽くす。それだけ」
「そうですか」
本当に、どうやってこの猛獣をここまでてなずけたのか。
また会う機会があれば是非教えてもらおう。
「でも、それだけではないでしょう?……私たちと敵対出来ないと、私を殺せないものね?」
「ふっ」
話に一区切りついたかと思ったら、ノア様がぶっこんできた。
リーフはその挑発に笑みを浮かべる。
今度は、もはや見飽きた獣の笑いだ。
「当然。お前も、ルクシアも、ウチの敵になってくれるやつは全員潰す。その時が今から楽しみ」
「ふふっ、やってみなさいヒヨっ子。格の違いを見せてあげる」
…………。
はぁ、これだからこの人たちは。
「命令。それまでに万全の準備を整えておけ」
「こちらのセリフよ。……ああ、あとは負ける時の言い訳も考えておく事ね」
2人の煽り合いはしばらく睨み合ったあと、リーフが踵を返すことで終わった。
雷を纏って消えていく姿に、少しだけ―――本当に少しだけ、虚しさのようなものを感じた。
***
「なにか御用でしょうか、ノア様」
エードラム王国跡地に残された大書庫、その上の屋敷。
帝国の手に落ちている以上、このままではフロムが何か嫌がらせを仕掛けてきそうだから、明日にはここを発たなければならない。
だから早めに寝ようとしたのだが―――皆が寝静まったあと、わたしに呼びかける声を聞いた。
「夜遅くに悪いわね」
「まったくです。夜更かしはシワや肌荒れの元ですよ。わたしはともかく、貴方様はもうすぐ世界の頂点に立たれるのですから、美容には気をつけないといけません」
「大丈夫よ。私だもの」
「相変わらず根拠も何も無いですね。まあ、もう慣れましたが」
ノア様はベッドの淵に座り、わたしをじっと見つめ続けていた。
……なんだろう、なにか気に障るようなことでもしただろうか。
障られることはあっても、障った覚えはない。
「もうすぐね。あなたと出会った時から聞かせてきた、わたしの野望まで」
「はい。ここまでお供出来たこと、光栄の極みです」
「ふふっ、ありがと。……あなたを見つけたあの日から、もうどれくらいかしら」
「あー……17年、でしょうか。思ったよりもかかりました」
「そうねぇ。色々あったわ」
「思い出に浸るなら明日でも出来ますよ、ノア様。今日は眠られた方がよろしいのでは」
「いえ、本題は別にあるわ」
ノア様の蒼い瞳が、わたしの目をまっすぐに見つめていた。
……これだけの時が経っても、ノア様の御顔を凝視するのには慣れない。自然と顔が横に向いてしまう。
「余所見しない」
「ぶえっ」
だが、あらぬ方向を向いた顔はノア様に戻されてしまう。
「えっと……ノア、様?」
「ねぇ、クロ」
なんだ、今日のノア様は、何かが違う。
だが、それが何かが分からない。
ノア様の枝毛1本すら見抜くわたしが。
何か悪いことでもしたのか?
いや、この人が悪いことをしているのは日常茶飯事だ。
じゃあ、一体―――。
「あなた、私と結婚する気ある?」




