第40話 怒りより面白さ
「劣等髪だと?なぜ二人もこんなところにいる」
「さあ、どこからか入り込んだんじゃないかな」
オウガとかいうノア様の許嫁は、こっちにくねくねしながら近づいてくる。
「君たち、ここは貴族の屋敷だ。しかもかの金色の乙女、ノアマリーさんのお住まいだぞ。君たちが来るところじゃない、どこかへ行きなさい」
随分とまあ、失礼なことを言ってくれるもんだ。
「ご親切なアドバイスをありがとうございます。しかし一つ言葉を返させていただきますが、我々はノアマリー様にお仕えさせていただいている者ですので」
「は?なんだって?」
ポカンとするオウガに、わたしは丁寧に腰を曲げる。
「申し遅れました。わたしはノアマリー様の従者を務めさせていただいております、クロと申します。この黒髪は見ていて気分の良いものではないと存じますが、何卒ご容赦を―――」
「義父様、これはどういうことだい?もしかして王国では、劣等髪を愛玩奴隷にでもするのが流行っているのかい?」
聞いちゃいない。
まあそりゃそうか、あっちは実力至上主義の帝国出身。
わたしなんて眼中にないのは当たり前。
「えっと、それは―――」
御父上は言葉に詰まっている。
ここでわたしたちを追い出すという手も無くはない。
ただ、それをした場合、ノア様がどう動くか予測できない。
あの御方の言いなり状態であるこの男にとって、それは何よりも恐ろしいことのはず。
結果として、本当のことを話すしかないだろう。
「実は、我が娘は犬猫のように劣等髪を拾っては自分の付き人にして養うという、変わった趣味を持っていてな。その二人は魔法こそ使えんが、それなりにノアマリーの役に立っているんだ。大目に見てやってくれないかね?」
「ほう」
オウガはそれを聞くと、まじまじとわたしとステアを見つめてきた。
「ふむ、髪色はいただけないが―――顔は双方非常に整っているな。君たちならここにいなくとも、体でも売れば生きていけるんじゃないのか?どちらもまだ子供だが、それはそれで需要はあるだろう」
ほう。
その言葉は女性に対する最大限の侮辱だと思うんだが。
「悪いが、僕は劣等髪が嫌いでね。いや、というよりは才能がない人間が嫌いだ。君たちはノアマリーさんに相応しくない。彼女はこの僕が幸せにするから、安心して君たちは消えるといい」
普通はここで怒り狂う場面なんだろうけど、わたしの心はもはや凪のように穏やかだった。
なんというか、こう。面白すぎて全然話が頭に入ってこない。
何でいちいち髪を触る?何でわたしたちに対しても変な仕草でかっこつける?
そういう面白さが全て濃縮された結果、一周回ってわたしには穏やかな心が残っていた。
「そう申されましても、わたしたちはノアマリー様にその忠を捧げた身。あの御方の許可がない限り、おそばを離れるわけには」
「彼女には僕が言っておこう。今後は夫婦としての話し合いとかもしなきゃいけないからその時にね。そうだ、彼女にちゃんと君たちのようなのを拾わないように言っておかなきゃ」
なんでもう結婚した気になってるんだろう。
この世界は、十七歳で成人しないと結婚できないんだけど、そんなこともしらないのだろうか。
やばい、面白さが決壊しそうだ。
「―――と、オウガ様が申しておられるのですが。いかがいたしましょう、ノア様?」
「ん?」
溢れそうになった笑いをこらえて、わたしはわたしたちがなかにはいってこないのを気にしてかこっちに戻ってきたノア様にそう言った。
「あらあらクロ、ステア。もうオウガ様と仲良くなられたの?」
「仲良くない」
「こら、ステア。失礼ですよ」
「ぷい」
どうやらステアは、この面白い変なのがお気に召さなかったらしい。
「ちょうどよかった、ノアマリーさん。君は」
「二人とも早くこっちに来てちょうだい。人手が足りないの」
「かしこまりました。ではオウガ様、失礼いたします」
「待ちたまえ。………ノアマリーさん、君はどういうつもりなんだ?君の美しい金色の髪も、こんな下等な髪色をした連中がいては台無しだよ。従者なら僕がもっと優秀なのを見繕ってあげるから」
「そこまでで結構ですわ、オウガ様」
ノア様はオウガの言葉を遮り、わたしたちに近づいてきた。
そしてわたしの頭をポンポンして、ステアをギュッと抱き寄せる。
「この二人はわたしの優秀な従者であり、仲間であり、家族のようなものです。いくらあなた様といえど、この関係に口を出されたくはありません、オウガ様」
「いや、しかし僕らは結婚するんだぞ。ならば夫となる僕の意見を」
「もし彼女たちが認めていただけないとなれば、この縁談はなかったことにさせていただきますわ」
「「!?」」
ギフト家の人間たちは焦った顔をした。
そりゃそうだ、ここでギフト家が繋がりを持っておかなければ、光魔法の使い手であるノア様は手に入らない。
重大任務をしくじったともなれば、ギフト家はどんな目に合うかわかったものではないだろう。
「ノ、ノアマリー!?何を言って」
「そうですよね、お父様?」
「いや、何を」
「 そ う で す よ ね ? 」
「………あ、ああそうだな。この二人は上手くやってくれている。なにより我が愛する娘のお気に入りなんだ。ここは目を瞑っていただかないと困るな、うん」
オウガと、ギフト家当主のオウラスは戸惑いの表情を見せたが、やがて諦めたように、
「オウガよ、やめておけ。将来の妻となる者のわがままを聞くことも、夫となる者として必要なことだ」
「あ、ああそうだねダディ」
そう言って中に入っていった。
「………私、アイツ嫌い」
「我慢しなさいステア、どうせ短い付き合いよ。利用するだけ利用して、あなたたちを侮辱した罪は地獄で償わせましょう」
「別にわたしは嫌いじゃないんですけどね。もう、そこに存在してるだけで面白いですよあの人。企みも知らずにもうノア様と結婚してる風な雰囲気出してるところとか、滑稽で最高です」
「あなたも大概ねクロ。私も必死で爆笑をこらえてたけど、大丈夫だった?」
「完璧な笑顔でした。よく耐えきりましたねノア様」
「ええ。面白かったから将来的にも生かしてあげようかな、とか思ったけれど。あの言葉はいただけないわね」
あの言葉とは何かと思い浮かべ、おそらくわたしたちの体を売って云々の話だろうと思いいたる。
「私の可愛いステアを、片腕のクロを、あんな男が侮辱?親の威光がなければただのナルシスト芸人のあんな雑魚が?許せないわよねぇ。ステア、クロ、あなたたちも手伝ってもらうわよ。あの男、何とか地獄に叩き落としましょう。今日の二十三時に大書庫に集合、良いわね?」
「かしこまりました。別にわたしは気にしてないので構わないのですが」
「私は、お嬢を取ろうとしてるから、アイツヤダ」
「私の気が収まらないの。見てなさいよあの男、この私のものを侮ったらどうなるか、その身に刻み込んでやるわ………ふふふふっ!」
凶悪な笑みを一瞬だけ見せたノア様は、瞬時に外交用の顔に笑顔を作り替え、屋敷の中へと入っていった。
取り残されたわたしとステアも、その後を追いかける。
「クロ、お嬢怖かった」
「そうですね」
「でもかっこよかった」
「頼もしいのは確かですね」
「私、お嬢のあの顔、好き」
「わたしも嫌いじゃないです。ただステア、あれが自分に向けられるようなことは絶対にしてはだめですよ」
「ん、わかってる」
聞こえないようにぼそぼそと会話し、それすらやめて、わたしたちは屋敷の中に入った。