第436話 約束を果たす時
目の前で、1人の女が膝をつく。
それを見下ろすわたし。背後には驚愕の面持ちのスギノキ国民。
そして、何故か若干引いてる仲間たち。
「はぁー……はぁー……」
「さすがは重力魔術師、鬼神のごとき強さです。素晴らしい。……ですが、わたしほどではありません」
「……の、ようじゃな。ワシを―――スギノキをどうする気じゃ」
「無論侵略、支配―――と、言いたいところですが。我らの主は、貴方のその実力を極めて高く評価しています。条件によっては、隷属ではなく傘下という形に落ち着け、ある程度の自治を認めるとのことです。まあ、神皇という仰々しすぎる名称は捨てさせるとのことですが」
「そうか。……分かった、従おう、だから、民には手を出すな」
「そのつもりです」
神皇ボタン・スギノキは、苦々しげにそう呟いた。
そして、フラリとしたところを支え、共に歩き出す。
その光景に、スギノキの民たちは悲痛な顔を浮かべていた、が。
「(……のうクロ、ちょっと本気すぎではなかろうか。結構痛かったんじゃが)」
「(我慢してください、わたしだって同じです。予定にない攻撃を先にぶっぱなしてきたのそちらですよ)」
「(いやそれはな、違うんじゃ。本当に攻撃が通らなすぎて、なんかムカついたとか、そういうのではなくてじゃな?)」
「(はぁ、もういいですから、もっと寄りかかってください。頼んでいた件は上手くやってくださったんですよね?)」
「(うむ、ばっちりよ)」
うん。
茶番だ、ただの。
***
「いちち……あーーーもう嫌じゃ。やはり戦いとかクソじゃな。痛いし疲れるし面倒じゃし、絶え果てれば良い」
「同感です。これを好んでいる連中の頭を解剖してみたいですね」
「……その割には結構本気だったじゃん、2人とも」
ここまで全て打ち合わせ通りだ。
わたしとボタンさんが一騎打ちして、わたしが勝つ。使う魔法や手の内をあらかじめお互いに開示しておき、激しい戦闘にみせても事前に防御しておくことで、最低限の負傷でスギノキを公的にも手に入れられる。
「すまなかったな。オウランのそばにいる女を相手にしていると思うと、どうにも熱が入ってしまってのう」
「わたしも相応に応戦したのでおあいこです。あと、これはわたしの趣味ではないのでご心配なく」
「これって言った?」
「ノア様もそうでしょうし、ステアはわたしが許しません。姉は除き、残る1人にはトラウマ級のふられ方してます。心配ないでしょう?」
「それを聞いて安心した」
「僕を嬲ってそんなに楽しいか!?」
ちなみにこの半泣き男を、ボタンさんと一騎打ちさせる案もあった。
が、実力差がありすぎる、地位的にわたしがやった方が効果的、何よりこの2人が戦い合ったら絶対乳繰り合うだけで終わるという、ステアの素晴らしい考察によって却下になった。
「くそぅ……なんか全然締まらないじゃん……僕ってなんか毎回こうな気がするんだけど……」
「はい?何言ってるんですか」
「ん?」
締まる?
すっとぼけたことを言うものじゃない。
「あなたは、ここからでしょう」
「ぁ……うん!」
うん、久しぶりに見る良い表情だ。
我ながらいい発破をかけたらしい。こうなれば、わたしたちは不要か。
「少し疲れましたね。ボタンさん、何処かで休みたいのですが」
「む、客間を使うか?」
「是非。ステア、スイ、行きましょう」
わたしの呼びかけに、2人は察したらしく、何も言わずにわたしについてきた。
「オトハはどうします?」
「一緒に行きますわ。私も長旅で疲れましたし」
オトハも空気を読んだ。さすが、ノア様が絡まないと良い女だ。ノア様が絡まなければ。
「……オウランは?」
「ここ、いるよ」
わたしたちは互いに頷き合い、その場を後にした。
***
「よかったの?聞かなくて」
客間にはいかず、少し離れたところで待機していると、スイがそう言った。
「以前のリーフの時はどうなるかの野次馬根性が勝ちましたが、今回はもう分かり切っていることですからね」
これからスギノキは帝国の、ひいてはノア様の支配下だ。
神皇という、代々この国の人柱となってきたふざけた制度はなくなり、ボタンさんは自由の身となる。
それはオウランが彼女との約束を果たす、第一歩。流石にその瞬間を下世話な思いで聞き耳たてるのは野暮というもの。
……まあ、気にならないと言えばうそになるので、一応ここで待っているわけだが。
「あの愚弟、ボタンちゃんを泣かせたらどうしてくれましょうか」
「その時はリーフも引っ張ってきて袋叩きです」
「さすがに鬼すぎない、君?……まあボクもやるけどさ」
「ん。私、頑張る」
「いや、ステアが頑張ると彼パッパラパーになっちゃうから」
女性陣(あの唐変木除く)は基本、ボタンさんの味方だ。
彼女が我々の味方である限り、協力は惜しまない。
「後は後ろのイベントが終わり次第、ボタンさんの後始末だけして一泊しましょう」
「後始末って、あの神皇の間に転がってた?」
「あの死体の山?」
「はい」
ボタンさんに頼んでいた最大の仕事。
スギノキ上層部、つまり彼女を重力魔術師に仕立て上げた異常者共の殲滅だ。
こればかりは、わたしたちよりも彼女がやることに意味があるだろう。
地下にある『交神術』に関しては、後で那由多が始末をつけることになっている。つまりボタンさんを降した時点で、わたしたちの仕事はほぼ終わり。
如何せん今回のメインイベントは、後ろのアレだからな。
「ゆっくりじぃぃーっくり、押しつぶした感じでしたわね」
「自分たちがボタンさんに押しつけた力で圧殺されるとは、皮肉の利いた最後です」
「いやまったく」
スギノキ攻略。
更にわたしがダレカを殺したことで、抑止力となる存在もほぼ消えた。
早ければあと1,2ヶ月で―――。
「~~~~~っ!!」
「※△○&※!!?」
「……え?」
「なんですか今の、声にならない叫びが二重に聴こえるような音」
ドタドタという激しい音と共に、謎の音が耳に伝わってきた。
「ちょ、尋常じゃない音だったけど!?」
「もしや、敵襲!?」
わたしはハッとして、慌てて音の鳴る方へと走った。
そこは案の定、彼らを2人きりにした場所。
勢いよく扉を開き。
「何事です!」
心配の声を上げると、そこには―――。
「~~~♡♡♡♡」
「っ……っ…………っ…………!」
ちゅっちゅっ。ちゅぱちゅぱ。
……頭に擬音が浮かんだ自分を恥じるような、異常な湿度の光景があった。
「……わお、濃密」
「あれ、キスっていうの?捕食っていうんじゃない?」
「……オウラン、重力で、逃げられなくされてる」
「あ、ちょ、ステアはあんまり見ない方が」
「私、もう大人」
……うん。
まあ、なんかそんな気はしていた。
オウランは、ボタンの左手で頭を固定され、右手で腕を封じられ、足をバタバタさせるしかない状態で完全に拘束されていた。
その上で、恐らく今後の人生でこれ以上のものを見ることがないと、不思議と確信が持てるほどに熱烈なキスを、延々とされ続けていた。
「えっと……上手くいったっぽくて良かったね?」
「そ、そう、ですね。……ええ、はい」
「……なんか、弟と親友がチューしてるのを見続けるの、ちょっとしんどいですわね」
「初めて、見た」
まあ、よかったな。
これでこの2人はもう心配ない。
そう、心配は……。
ん?
「じゅるるる……はむっ、ちゅっ……♡♡」
「っ……………っ……………」
「ストップストップストップ!」
「死んじゃう死んじゃう!オウラン死んじゃう!」
「ボタンちゃん!未亡人になっちゃいますわよ!?」
「まだ結婚はしてません!……多分!」
「……キスって、こうなの?」
「断じて違います!」




