第435話 満面の笑みのエール
既に手中にあると言っても過言ではないスギノキに攻め入る理由?
なんてことはない。ただの茶番だ。
スギノキが同盟国というのは、ノア様とボタンさんの裏の密約。スギノキ国民はもちろん、その場にいた重役共も精神操作によってその事実を知らない。
だからこそ、目に見えたド派手な侵略行為をして、堂々と「スギノキは我々のものだ」と知らしめる、いわば儀式のようなものをしようというだけ。
「……クロさん、僕どうすればいい」
「わたしに聞かれても」
だが向こうの頂点にして要にして最大戦力、神皇ボタンが味方であり、更にアドバンテージである海洋技術も裏から手に入れている以上、小国に過ぎないスギノキに勝ち目は無い。あの国が鎖国を続けられたのは、ひとえに代々伝わる《重力魔法》のおかげだからな。
それ以前に、多分戦いにはならない。ボタンさんが多分手を回してくれる。あの国は基本的に神皇至上主義だ、彼女が鶴の一声を飛ばせば一部の重鎮以外は従うだろう。
だから今回はルシアスとリーフは連れてこなかった。戦争にはならなさそうだから退屈だろうし、あのおつむの足りない戦闘狂と、向こうにとっては恋敵だった戦闘狂を連れていくと、話がややこしくなる。
「あーーー、なんて言えばぁーーーー!」
「ちょっ、うるさい」
鎖国国家に大きな船で向かう。まあ要するに黒船来航だが、それが茶番である以上、わたしもあまり必要ない気はしたが、今回は彼自ら志願してきたからな。一応ついてきた。
今回のメインイベントはむしろこの男だ。
「頼むクロさん、ちょっとしたヒントでいいんだ!」
「知りませんてば。むしろ経験的には自分の方が上でしょうに」
「いやっ、そうかもしれないけどっ……!」
「心配せずとも、余程情けないこと言わない限りは断られませんよ。向こうが誰だと思ってるんです」
「そうだけどぁ!」
スギノキの侵略、その意味はもう1つある。
それはこのヘタレの彼女(予定)、ボタンさんの解放。
望まぬままに神皇という重責を強制された彼女を解放することが、この男の目的の1つだった。それが叶う瞬間だ。
オウランがリーフにフラれ、失意と悲しみに暮れている時、それを献身的に支えたボタンさん。
……まあがっっつり弱っているところにつけ込んだ感はあるが、とにかくそれによってオウランは見事回復した。
その後のリーフとの関係も、前よりぎこちないところはあるものの良好―――なお、ぎこちないのはオウランだけでリーフは一切変わらなかった―――で、よく見る痴情のもつれによる身内崩壊なども見ずに済んだ。
オウランはリーフに多少未練があったようだが、それも日に日に落ち着いていき、今となっては、月に3回はスギノキに行くようになっていた。
わたしとしてもいつまでもウジウジされてるよりかは余程ありがたかったし、現状仲間唯一の(オトハはノーカウントとする)恋愛事情として、密かに面白がっていた。
の、だが。
「……もういいからさっさとストレートに言いなさい。リーフに言った時みたいな感じで。なんで二つ返事がほぼ確定してるのに尻込むんですか」
「い、いや……うう……」
最近のこの男のヘタレっぷりには、イラッとすることもしばしばだ。
まあ、わかる。何せ人生初告白があれだ。ギクシャクこそ今はないとはいえ、あのどこぞの雷娘に植え付けられたトラウマは割と根深い。
しかし今度の相手はあのボタンさんだ。一途で器量もよく、強くて頭も回り、更に可愛いし慈母のような一面も持ち合わせている。
わたしもここ数年で仲良くさせてもらい、ちょくちょくオトハと共にお茶をする仲だ。
あの核弾頭みたいな戦闘狂とは違う。
それを何度も言ったのだが、未だに『女友達』から出られずにいる。
「いや、分かるんだ。ボタンに告白しても、あの時の僕の告白(泣)みたいないことにはならないって」
「あの告白(虐)は異常事態です。色々な意味で相手が悪かったんです」
「うん……そうなんだけど、ね……」
う、うっとおしい。
草食系にもほどがある。ボタンさんはこれのどこがいいんだろうか。
「なんならわたしから言いましょうか」
「そ、それはダメ!」
「はぁー……」
ここまで奥手とは。
しかし、ここの双子はどうなってる。片や主のためなら全裸を晒すことも厭わないポンコツ、片やほぼ勝ち確の告白すら満足にできないポンコツ。
絶対羞恥心のバランス間違えて生まれてきているだろう。
こうなると可哀想なのはボタンさんだ。あんなそうそういない乙女な良い人が、これにいつまでも放ったらかしにされている。
わたしは数日前の茶番の打ち合わせの時、ポツリと彼女が『ワシ、魅力ないのかのう……?』と、少し寂しげに零したのを思い出していた。
「はぁ……」
仕方ない。少し荒療治といくか。
本来、人の恋愛に首を突っ込む趣味はないが、お互い想いあってるのに片方のヘタレのせいでどうにもならない、こんな可哀想な状況なら話が別だ。
「え、なにクロさん……おぐぇっ!?」
オウランの首筋を掴んでマストから飛び降り、甲板に降り立つ。
そこにはスイに馬乗りになったオトハと、見下げ果てるような目でスイの乳を揉むステアがいたが、構わず通り過ぎ、彼の服だけ掴んであとは海に投げ出した。
「うおおおおああああ!?な、なに、なにいい!?」
「いいですか、耳かっぽじってよく聞きなさい。まさかとは思いますが貴方、『こっちが言わなくてもボタンが言ってくれるかも』とか心のどこかで思っていないでしょうね」
「えっ……い、いや……」
「想い人がいたにもかかわらず、傷ついた女の子に『君を幸せにする』と王子様ムーブをかまし、死にそうなところを助太刀に入って助け、リーフにフラれたときは慰めてもらい(まあ打算はあったけど)。ここまで思わせぶりなことをして、最後が『告白待ち』?」
それはない。
もう一度言おう。それは、ない。
「そんなこと、天が許しても我々が許しません」
「……ん。責任、とって」
「そこまでフラグ立てたなら、お姫様をちゃんと迎えに行くのが男としての義務だよ」
「これ以上御託並べたら、その口縫いつけますわよ」
「何今日の女性陣怖い!!」
わたしがここまでやるのには、もう1つ理由がある。
あの国の発展の源となっている《重力魔法》。その発端はわたしの親友、那由多が残した交神術という魔法技術の賜物だ。
だがそれのせいで、ボタンさんは家族、視覚と味覚、更にスギノキから未来永劫出られないという制約を背負って生き続けなければならなくなってしまった。
那由多のせいではない。どんな物も使い方次第だ。
それは分かっているが、やはり少し負い目は感じてしまう。
そんな彼女を幸福に導けるのは、この男しかいない。この男が正面から拒否してるならいざ知らず、お互いに恋心があるなら結びつけない手はない。
「オウラン」
だからわたしは、少しエールを送ることにした。
服を掴んでいた手を離し、自由落下していく彼を魔法で止めてくるりと回し、足をガッと掴んで逆さまの状態で。
ニッコリと、満面の笑みを浮かべた。
「サメの餌になりたいか?」
「言う!!ちゃんと言います!!任せてよクロさん、僕が漢ってやつを見せてやる!!いやあ僕の力を見くびってもらっちゃ困るよだからごめんなさい助けてええええええええ!!!」




