第432話 クロvsダレカ4
「ふー……」
ダレカの転生特典が“不発”と気づいた時からの思いつきの一手だったが、想像以上に上手くいってくれた。
「き、貴様……!」
「とどめ、です」
わたしの言葉と胸辺りで見せた闇魔法。それをダレカは睨んだ。
しかし、闇が消えるとほぼ同時、飛んでいたわたしの両腕が戻ってきてくっつき、更にその他の斬られた部分も再生する。
「なっ……!」
「やはり不発の対象に出来る現象は1つだけですか。極限状態とはいえ、容易に敵の言葉を信じると痛い目をみますよ」
認識した様子から、ダレカは『自分に関わる現象』にしか不発を発動できない。故にわたしからの攻撃でも、ダレカの攻撃に対する防御でもないわたしの再生を、ダレカが不発に出来るかどうかは賭けだった。
だが結果的には可能だった。彼女が勝ちを確信してくれたというのがそれを物語っている。
おそらく『自分が当てた攻撃』限定で治癒の阻害が出来るのだろう。そう、出来てくれたおかげで、わたしは隙を突けた。
「かはっ……」
「領域内といえど、流石に治癒能力は備わっていませんか。まあ当然ですね」
「な、ぜだ……!どうなっている……!」
「並の術師相手ならネタばらししてあげてもいいですが、相手が相手ですからね。地獄で考えておいてください。しばらくしたらわたしも行きますので」
原理的に相手の行動を不発させる転生特典。
①一度に不発させられる現象は1つ。
②不発させられるのは自分、あるいは自分の行った行動に対して害を与える行動のみ。
③『自分への攻撃』『再生』など、かなり大雑把な条件でも不発は可能。ただし、①の理由から2属性の魔法を同時に不発させることは出来ない。
この条件の予測がある程度正しかったから。わたしが髪色を変えずに時間魔法を使えたから。
幾つもの偶然が重なって、格上に致命的な一撃を与えられた。
しかし危ないにも程がある。『魔法』という概念のそのものを不発させられるなら本当に詰みだった。
「くっ……は、はははは……!」
「?」
「認めよう!余の死は確定した!……だが最後に、死に花くらいは咲かせてもらうぞ!」
わたしが多少安堵していると、ダレカはそう叫んだ。
彼女が手で丸を作ると、そこに透明な、しかし明確にそこにあると分かる何かが生まれた。
「余の《領域魔法》は、自分を中心とした範囲内を空間から隔絶させ、余の許可がない限り出入りを禁止する。更に、領域内では時間が経つにつれて、余に有利な能力が解禁されていくのだ」
……!
能力の解禁。その中に、『領域の中に領域を作る』能力が含まれているとしたら。
領域魔法は、魔術師本人が許可しない限り出入り不可。その中に領域を生み出されれば―――!
「領域と領域でわたしを圧殺するつもりですか!」
「そういうことだ!」
闇魔法で攻撃……は、やはり不発を受けるか。
「これで終わり―――!」
だが、問題ない。
間に合った。
―――カチッ。
「―――――――――」
「ふう……」
ようやく発動したか。領域の広さが思った以上だったのと、ダレカを弱らせるのに手間取ったというのもあるが、何より魔法の発動が遅すぎる。
彼女の魔法が、空間に作用すると察した直後から準備して、それが完了したのがつい数秒前。
遅い。いっそ笑えるレベルの遅さだ。
「だから好きじゃないんですよ、これ」
ダレカは、動かない。
掌から領域を出現させ、一気に大玉転がしの玉くらいに大きくしたところで、完全に停止している。
「《死》《無数の暗黒》《収束する終わり》《宵闇這う蛇》《時間加速》」
意識的に発動しないと使えない不発は、現在は一切使用できない。
数々の魔法をあらかじめ放っておき、万が一にも避けられないように加速させる。
「はあ……とことん相性が良かったですね」
自分以外の時間を停止させる魔法《時間停止》。わたしが使ったのはそれだ。
だが本来はこの魔法、広範囲対象の時はまったく役に立たない。何故なら時間魔法の自由度は、質量と魔力に反比例する。そして時間魔法は“時間”という必ずどこにでも流れているものを操る都合上、範囲選択が異常に難しいのだ。
だから局所的に1つの対象を操るか、ごく狭い範囲の空間に限定した運用か、もしくはこの世界全体にかけるか、この3つの選択肢しかない。
世界全体の時間停止など、わたしの魔力を全開にしたって0.00001秒くらいが関の山だ。故に普段は、範囲を広げた瞬間に産廃魔法へ成り下がる。
だが、1つだけ例外がある。それが空間魔法や封印魔法といった、空間に直接作用する魔法の空間内に、時間魔法を仕込む場合だ。
「1周目」のスイはこれを利用し、大書庫の時間の流れを限界まで遅くすることで、短期間でステアを最強に成らせた。
そして《領域魔法》は空間を断絶し、他者を閉じこめる。この条件下なら、時間魔法の範囲を最大まで広げてもある程度の停止時間を確保出来ると踏んだ。
「……あと7秒」
空間そのものの時間を停止させれば、いかにダレカと言えど動けない。
……しかし本当にうっとおしい。空間操作が可能な魔法に乗じるとかいう、超レアケース限定の反則級運用方法にも関わらず、発動まで約20分。それで止められる時間が僅か25秒とは。
しかも、保険として用意はしたものの、使うつもりはなかったのに。
「5、4……」
これは、彼女の領域魔法に対して、時間魔法が相性良すぎたのが勝因だ。
わたしの目的では、この魔法は使えない。
なのに使ってしまった。予行演習に出来なかった。
自分の弱さを痛感しただけだ。
「3、2、1……0」
反省しつつ時計を見続け、再びカチッという音とともに時が動き出す。
「だ……ぐぎゃああああ!??」
全ての魔法が着弾、その瞬間何かが割れるような音がした。領域が解けたか。
「ふー……」
流石に闇魔法の多段攻撃を時間魔法の加速込みで全方位から叩き込めば、魔法抵抗力がいかに高くても殺せるか。
念の為確認してみるが、やはり即死している。
「ふぅーーーー……」
ようやく安堵のため息が出てきた。
……戦いが終わった途端、身体が痛み出した。腕や致命傷は巻き戻したとはいえ、魔力節約のために最低限しか戻さなかったから、命に別状がない傷は残っている。
痛いし苦しい。なんでうちの戦闘狂どもは、こんなダメージを受けても笑ってるんだろうか。理解に苦しむ。
とにかく戻る……ああダメだ、フラフラする。血が足りない。というか立てない。
懐から通信機のボールを取り出し、ぎゅっと握った。
『ほいよ』
「ルシアスですか?すみません、ちょっと迎えに来てください」
『おお、偵察終わったのか?お前にしちゃ随分かかったな』
「成り行きでダレカと戦わざるを得なくなったので。ですが殺したので問題ありません」
『……悪い、もう1回言ってくれ』
「成り行きでダレカと戦わざるを得なくなったので。ですが殺したので問題ありません」
『……はあああっ!?』
「うるさいです頭に響きます。とりあえず動けないので助けに来てください。説明はノア様の前でします」
『え、ああ、はい……』
通信を切り、再び動かなくなったダレカを見た。
……本名くらい聞いておけばよかったか?いや、無粋だな。
とにかく、ナユタとルクシアのような規格外を除けば、間違いなく過去最強の敵だった。
「……ま、それを殺せただけでも、今日はよしとしましょう」
相性が良かったとはいえ、転生者を殺せるほどの力量がついていると知れただけでも収穫だ。
砕けた柱に寄りかかり、ズルズルと落ちるように座り込んだ瞬間、飛んでいく意識に身を任せながら、最後にわたしはそう思った。