第429話 クロvsダレカ
「ダレカの正体はおそらく、第二次世界大戦期に暗躍した名も無き英雄だ」
出立の前、那由多に言われた予測が思い起こされる。
予測と言えど、あの子の頭から出てくるそれは、ほぼ未来予知に近い。故に正しいのだろうという確信を持ちながらも、わたしは聞いた。
「根拠は?」
「ダレカという名乗り、台頭時期や僅かな情報から逆算される大雑把な推定年齢、そしてロボットの破壊跡」
ダレカ、要するに名無しの権兵衛。自ら名乗るにしては空虚な名だと感じてはいたが、”元から名がない”とか”名を捨てた”とかなら得心が行く、というところか。
「1つ目は分かります。残り2つについては?」
「ダレカの年齢は詳しくは不明だが、最低ラインでも20代後半だ。久音より早く生まれているということは、彼女の没年は、前の世界での私の享年から久音の享年までの間、2013年~2017年までの間となる」
ダレカの戦績やその手腕から見ても、間違いなく前世はリンクと同様、生粋の武闘派だ。しかもリンクとは異なり、極めて有用な戦争のやり方を知っている。
仮にダレカが老衰で死んでいたとして、2010年代まで生きていたとすると、戦争を学ぶ機会は第二次世界大戦のみ……か?
歴史の年代までしっかり覚えているわけではないから確信があるわけじゃないが、そんな気がする。
「破壊跡については、やり方は派手でも適確にロボの核を破壊していた。的確に相手の弱点を見抜き、必要に応じた労力を割いて一撃で沈める。その道を極めた達人の動きだ」
「1つ1つの根拠はそこまで強くありませんが、ここまで一致しているとその説が濃厚そうですね」
かつての世界の誰もが知る戦争の裏で暗躍し、その実力はこの世界に”天才”と判定された傑物。
自分から名乗り出たとはいえ、威力偵察に一抹の不安がよぎった。
だが、必要なことだ。
仮に彼彼女の転生特典や希少魔法が、超大規模の破壊をもたらすような力だったら?それが初見殺しの即死技だったりしたら?
その危険性が1%でもある限り、全員で攻め込むなどの選択肢はない。ノア様を連れて行くなどもってのほかだ。
「久音。私は君を止められない。……けど、どうか、無事で帰ってきて」
「分かっています。那由多に貰った命、無駄にする気はありません」
心からの心配の目を向ける親友を抱きしめ、わたしはこの場へと来た。
―――それが、こんなガチの戦いになるとは思っていなかったが。
***
―――ガギィィイイン!!
耳をつんざく金属音と共に、ダレカの斧槍とわたしの仕込み短剣がぶつかり合う。
「はははは!何故止められる!」
接触の直前、短剣の時間を止めることで座標を固定して防いだ。
無論それは口に出さず、靴に闇属性の刃を生成、蹴り上げる。
「ふんっ!」
「ちっ……」
当然のように躱されるが、隙は出来た。
「《連射される暗黒》」
普段より拡散して撃ってみたが、斧槍を軸にして走り高跳びの要領でジャンプされて回避される。
凄まじい身体能力。だが想定内だ。
「《遅延の真球》」
内部の時間が遅くなる球体に閉じ込める。
相手にとっては突如現れる、自分をすっぽり覆うほどの球に、ダレカは反応出来なかったようだ。
「むっ……」
命中確認、すぐに複数の闇魔法を放つ。
曖昧な概念である闇は、時間魔法の影響を受けない。そのため、減速空間でも関係なく望んだ速度で飛ぶ。
初見殺しの絶対コンボ―――だったはず、なのだが。
「!?」
ゾッと悪寒が走り、反射で前方に飛びこむ。
だが避けきれず、背中に熱さのような痛みが走った。
「つうっ!」
「はははは!よく気づいたな!」
血の着いた斧を睨み、闇で牽制しつつ時間操作で傷を治していく。
(何をした……?)
確実に時間遅延空間に封じたはずだ。
しかし瞬きした途端、ダレカの姿が掻き消え、わたしの背後に回られていた。
「ほう、傷を癒せるのか?闇魔法とやらの使い手と聞いていたが、先程の球体といい、どういう魔法だ」
「話す必要性を感じません」
正体が分からないなら、検証していくしかない。
「《影縫い》」
空間ごとではなく、本人を直接拘束したらどうだ。
「はっ」
期待はしていなかったが、やはり瞬時に目の前から消え、抜けられた。
間違いなく瞬間移動の類だが、彼女の髪色はマゼンタ。空間魔法の橙色ではない。
というか、マゼンタの髪色なんてわたしの知る限りはない。やはり予想通り、未知の魔法か?
いや、空間移動が転生特典の可能性も―――
「ボンッ」
「!?」
突如わたしの目の前が発光、轟音と共に爆裂した。
「終わりか?……むっ」
「まさか」
危なかった。
未来視で察知していなければ、全身がバラバラになっていた。
「無傷とはな。かの悪逆聖女の右腕、侮ったつもりはなかったが。予想以上だ」
「それはどうも。貴方も凄まじいですね」
そこそこ強くなった自負はあったのだが、やはり上には上がいるか。
だが、格上だろうと上手く嵌れば殺せるのがわたしの魔法だ。
「ですが、終わりです」
「?……むうっ!?」
ダレカを中心に、蜘蛛の巣のような闇が展開される。
この部屋に入った瞬間から準備していたが、こんなに早く使うことになるとは。
360度、相手の体に張り付いた蜘蛛の巣は、1つ1つがわたしの闇魔法だ。
《真なる死》や《豊穣黒める闇》のような、1発それっきりの死の力ではなく、幾度となく闇魔法の消す力を流し込む。
更にくっついた蜘蛛の巣は、わたしが触れている状態とほぼ同じだけの出力を出せるため、抵抗もされづらい。
「流石にここまでやれば、抵抗できないでしょう」
部屋全体に張り巡らせた。
わたしが閉じ込められているこの空間は、闇魔法でも消せない未知のものだった。
だが、闇魔法を無効化できるほどの出力の魔法なんてそう簡単には編み出せない。
それほど性能なら、術者本人が内部に存在し、わたしの魔法がぶつかる度に相殺と調整を行う必要がある。これは那由多ですらそうらしいから間違いない。
(瞬間移動で部屋外に回避すれば、わたしもすぐに外へ飛び出して逃げ、リーフを連れて再度挑む。そうしないなら、この魔法で終わりだ)
最近習得した、魔術書に記載されている中では最後の魔法だ。こういう時にこそぶっぱなさなければ。
「《死蟲の呪殺》」
私が呟いた瞬間、蜘蛛の巣から死の魔力が一斉にダレカに注がれ―――。
「……は?」
「ちっ」
何が起きたか分からなかった。
1秒経ち、ようやく魔法が効かなかったことを悟った。
いや、効かなかったとかではない。
「……今のを見られた以上、いよいよ生かして返す訳にはいかなくなったな」
魔法を、消された。
完全に。綺麗さっぱり。
ありえない。
《死蟲の呪殺》は最高位魔法だ。ちょっとやそっとで無効化できるものじゃないし、まして一瞬のうちに消しされるものではない。
1度試したが、ノア様の光魔法ですら、最高位魔法をぶつけ合わない限りは消されなかった。当たりさえすればほぼ確殺の魔法のはずだ。
「これが……」
この世界の魔法は、上手くできている。
秀でた魔法、優遇された性能を持つ魔法は勿論あるが、それらは尽く使い方と本人の才覚次第。「持っているだけで最強の魔法」なんて存在しない。
那由多の言霊魔法すら、那由多が使っていたからこそ最強だっただけ。それ自体は飛び抜けて強力な魔法ではない。
だがこの世界は、その平等に対して、極わずかだが不平等を強いる力がある。
魔法ではない、文字通り選ばれた者のみが使える力。
「それが、貴方の転生特典ですか」