第428話 ダレカ
「ふっ……」
今、わたしの目の前には、20を超える屍が転がっていた。ついさっき、わたしが纏めて殺した者たちだ。
この2年、幾度となく戦場に身を投じ、鍛え上げてきた魔法。発動速度も性能も、時間魔法を宿したことによる魔力上昇も相まって、飛躍的に上昇していると自負していた。
……だが、わたし以外で唯一、ピンピンして玉座に座する女がいる。
「……確かに当たったはずなのですが」
「ああ、抵抗したよ。だが、伝え聞いた以上に凶悪な魔法だ。素晴らしい」
―――国力、現在世界第2位。同盟国家アノニマ。
ノア様が予測した月日を経て、徐々に世界を侵食した帝国が、侵攻開始から唯一敗北した最後の国。
「こちらの台詞です。割と本気で放ったんですが、自信なくしますね」
「はははは。そう悲観することはない。余が多少特殊なだけのことよ」
侵入した瞬間《芽吹く終わり》、生き残ったのを確認してすぐに《死》、耐えたのを確認して《収束する終わり》も使ってみたが、耐え切られた。
話に聞いた通りの強さだ。底が見えない。
「……殺そうとしておいてあれですが、我々と共に来ますか?悪い扱いはしませんよ」
「はははは!お断りだ」
「即答ですね」
「かの強欲女とは気が合いそうにないのでな。それに、既に自分が世界の頂点と言わんばかりに動いているのも気に食わん」
女―――アノニマ盟主。
名は知らない。本人は「ダレカ」と名乗る、正体不明の存在。
明確に分かっているのは、わたしたちが世界掌握に動き出したのとほぼ同時期にこの国の盟主となり、帝国に合わせるように周囲の国を攻め落としていったこと。
そして、ダレカが希少魔術師であるということの2つ。
それと、あくまで予測だがもう1つ。
「強欲はお互い様でしょう。前の世界でどれほどの傑物だったか知りませんが、異界に降り立ってまで世界の覇権を求めるとは」
「……ほう?」
わたしの発言に、ダレカの目が細められた。
***
遡ること2ヶ月前。
世界の8割以上を手に入れたわたしたちに、那由多からもたらされたのは、衝撃的な報告だった。
「……ロボット兵が壊滅?」
帝国を元の巨大な軍事国家から、無敗の超巨大軍事国家へと押し上げた、最強の魂なき兵器。
わたしたちの労力を著しく減らしてくれたありがたい存在。
2年も経てば、多少の弱点くらいは見つかる。帝国の進撃を止めるためにそれらは生き残った国々に共有されていき、対策され、それでも止められなかった軍隊。
無敵と見紛うものたち、のはずなのだが。
「同盟国家アノニマの首都に送り込んだ、総数2048体が1つ残らず稼働停止した。確認したところ、敵の人的被害はゼロ。そして、ロボット兵はほぼすべて、修復不能レベルでズタズタに破壊されてた」
那由多は淡々と被害を報告していたが、こちらは心中穏やかではない。
これまで「送り込めば勝てる」状態だったロボットが、ここにきて惨敗という事実は、わたしも少し動揺せざるを得なかった。
「ロボット兵の現在の総数、いくつだったかしら」
「今回破壊されたのを除けば、9322体。ただし素材の問題で、これ以上の量産は少々面倒だ。もう一度送り込むのはおすすめしない」
勿論、その場で対策会議が開かれた。
破壊されたロボット兵を幾つか那由多が回収しておいてくれたおかげで、検分もスムーズに進んだ。
「……しかしなんだこれ。壊し方が滅茶苦茶だぞ」
「貫かれているものもあれば完全に粉々になっているもの、中には溶解しているものまで。なんなんですの、これ?」
「多数の超がつく手練れの仕業と見るべきかな」
仲間たちがそう分析し、わたしもオウランの意見と同じに近かった。
しかし、それに首を振ったのは那由多だ。
「いや、断言するけどそれは違う」
「え?」
「傷跡に共通する痕跡に加え、足跡、毛髪、その他諸々から察するに―――」
「これ、やったの、1人」
「はあ!?」
那由多とステアの結論に、当然ながら全員の顔が驚愕で満ちた。
ロボット兵を2000体、単独で破壊。そんなことが出来るのは、世界でも10人といないだろう。
わたしやルシアスでギリ。ノア様、ルクシア、リーフなら余裕。あとは詳しくは知らないが、リンクやメロッタも入るかもしれないくらいだ。
「……いるってことかよ。俺らと伯仲する強さ持ったやつが」
「……喜色。楽しそう」
戦闘狂共が唸っていたが、そんな場合じゃなかった。
「同盟国家アノ二マは、私たちが世界侵攻に乗り出したのとほぼ同時期にその勢力を拡大し始めた謎の国家。今までも帝国が潰した国の土地を掠めとるとか、姑息な手段はあったけど」
「そこまでの戦力を有しているとは、流石に想定外ですね」
ここまでが順調すぎて、わたしたちはどこか慢心していた。
まだいたようだ。この世界の王となれるような強さを持つ存在が。
「アノ二マって、たしか盟主が不明の国でしたわよね?」
「うむ。『ダレカ』と名乗る者だが、その外見、性格、性別すらも判明していない謎の人物だ。幾度となく内偵を送ったがすべて返り討ちにされてしまった。今回の件を受けてステア君に探ってもらったのだが」
「……分からなかった」
ステアが、その存在を知ることが出来ない。
何より最悪の事実だ。しかし、それ故に1つ、予測は立てられる。
「那由多、もしかして―――」
「ああ。ステアちゃんが分からないというのが、何よりの証拠だ。……盟主ダレカは、転生者だろうね」
「では、ステアの諜報能力すらも遮断出来ると力というのは」
「転生特典か、もしくは未知の魔法。それしかない」
既存の魔法で、ステアの干渉を防げるのは言霊魔法くらい。
それにしたって那由多が運用することが前提で、実質的には存在しない。わたしたちの最強のワイルドカードだ。
それすら弾くとなると、可能性としてはこの世界にとってのイレギュラー、すなわち転生者しか考えられなかった。
***
そして今、私の前に立ちふさがる者こそ『ナニカ』。
すなわち、那由多やリンクと同じ、この世界における正常なる異常。
「……ふむ。もしかして、君は同輩かな?」
「間違ってはいませんね」
「なるほど、なるほど。転生者が余だけというのもおかしな話と思っていたが。そうか、ここ数年の帝国の大躍進は、転生者によるものか」
「そちらもまあ、合ってはいます」
確信を得られたこと、そしてわたしの魔法が通用しないことが分かっただけでも収穫だ。
威力偵察はここまでだな。
「ではどうする?同郷同士で殺し合うというのも、余はおつなものと思うがね」
「いえ、帰ります」
「……ふむ」
ルシアスやリーフも来たがっていたが、ここは汎用性に優れる2属性の魔法があるわたしが名乗り出た。
だがこれ以上は危険だ。転生特典も魔法も分からない以上、挑むのは自殺行為に近い。
「近いうちにまた、お会いする機会もあるでしょう。ではこれで」
長居は無用。さっさと逃げよう。
そう思い、時間操作による位置調整で離脱しようと試み―――、
「え?」
失敗した。
いや、戻ることには戻れるのだが、この部屋より外へ行けない。
まるで、この玉座の間より外が存在しないかのように、そこで時間の概念ごとぶっつりと切り離されていた。
「すまないなあ。下僕を殺され、ここまで我が国と野望を踏み荒らされ、黙ってそれを見送るほど余は趣味が良くない」
「……何をしたんですか」
「それを見破るのも君の仕事だろう?ノアマリー・ティアライトの右腕、"死神"クロ殿」
「……すみません、本当にその呼び名だけはやめてください」
勘弁してほしい、22歳の凡庸な女に付けるようなあだ名じゃない。
「おや、気に入っていないのか?かっこいいと思うがな」
「……それはどうも」
ダレカは、いつのまにか斧槍を構えていた。
試しに勢いよく出口にダッシュしてみたが、やはり出られない。完全に閉じ込められている。
魔法ないしは転生特典のルールが分からない以上、今の状態では脱出は不可能。
……やむを得ない、か。
「やる気になってくれたか?」
「不本意ながら」
「はははっ!まさかこんなにもはやくナンバー2がお出ましとは思わなかった!君を殺し、首を晒し上げると、きっと何か面白いことになるだろうな!」
「どうでしょうね……」
まったくもって望んでいない、転生者相手の一騎打ちが始まろうとしていた。