第39話 オウガ・ギフト
「そろそろね」
わたしたちは今、屋敷にいる全員で正門の前に陣取っていた。
これから、隣国であるディオティリオ帝国から貴族―――しかもノア様の許嫁が来るのだ。これくらいの歓待の用意はしておかなければ、ということだろう。
「しかし、意外だったぞノアマリー。お前がこの私の話に乗ってくるとは」
そう言うのは、ノア様の御父上、ゴードン・ティアライト伯爵。
この縁談話を持ってきた張本人だ。
「不思議なことではないわ、お父様。私だって今の王国が不味い状況なのは把握してる。このまま帝国と繋がりを持って、あっちにつくのが得策という考えは私も同じだったから」
「ああ、今の王国では近いうちに帝国に攻め込まれる。お前というイレギュラーがあるために今はあちらも大人しくしているが、ならばお前をあちらの手土産にすれば、私を悪いようにはしないだろう」
「娘を利用する気満々ねお父様。でもいいわ、今回は思惑に乗ってあげる。利害も一致するしね」
「何を企んでいるか知らないが、目的のためならば自分の身すら利用するか。我が娘ながら恐ろしいな、ノアマリー」
「ふふっ、そうでしょう?でも大丈夫よお父様、あなたが私を裏切ったりせず、互いにこの関係を保ち続けるなら、あなたの身の安全は保障するわ。手始めに帝国で良いポストに就くなんてどうかしら?」
「まったく、孝行者の良い娘を持ったものだな!」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
「はははははは!!」
「うふふふふふふふ」
何これ怖い。
だから関わりたくないんだ、この親子関係。
互いに利用し合い、親を親とも子を子とも思わない関係。
我が主とその父ながら恐ろしい。
周りのみんなもドン引きだ。
しかもノア様に関してはほとんど本当のこと言ってない。
「お前は見てくれだけは美しいから、あちらもその気になってくれるだろう。ちゃんと媚びを売るんだぞ」
「心配ないわお父様、嘘をつくのも演技するのも得意分野よ」
「ノア様、そろそろその悪お顔おやめください、本当にもうすぐ来ますので、笑顔のモードチェンジを」
「こんな感じ?」
「違います、そんな含みのある笑い方ではなく、もっとこう、自然な感じで」
「こう?」
「もう一声。もっとこう、何の努力もせずに人生舐めて色々失敗した女性が、必死に異性に取り入ろうとするような、きゃぴっとした顔で」
「こう?」
「それです。それなら馬鹿な男は簡単に落ちます」
「私が言うのもなんだけど、あなたも結構悪い意味で策士よね、クロ」
まあ、どのような考えを持っていようが構わない。
わたしたちの目的はその許嫁とやらを利用し、希少魔法の才覚を持つ者たちを見つけ出し、帝国からこちらに引き抜くことだ。
「来た」
ステアの呟きで全員が振り向く。
前を見ると、凄まじくムキムキな、小さい頃に電気屋のテレビで見たばんえい競馬のような二頭の馬に引かれた馬車がこちらに三台向かってきていた。
ドリフトを決めるように減速した馬車は土煙を上げて、しかし絶妙にこちらまでは届かないよう完璧な操縦を経て停止した。
御者、練習したんだろうか。だとしたらなんて時間の無駄なんだろう。
馬車からは続々と人が降りてきて、やがて一人の中年の背が高い男がこちらに来た。
「失礼、ゴードン・ティアライト伯爵とお見受けする。私はディオティリオ帝国がギフト領の領主、オウラス・ギフト伯爵だ」
「これは遠路はるばるよくいらっしゃった。いかにも、私がエードラム王国がティアライト領の領主、ゴードン・ティアライト伯爵だ」
似たような挨拶を交わし、握手をする二人。
「ところで、もしやそちらの可愛らしいお嬢さんが?」
「ええ、こっちが我が娘の―――」
その二人に近づき、ぺこりと完璧な所作で頭を下げるノア様。
「お初にお目にかかりますわ、ギフト伯爵。ノアマリー・ティアライトと申します。本日はよく来てくださいました。今だ未熟な身ではございますが、精一杯おもてなしさせていただきますので、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
違った、誰だこれ。
「はっはっは、これは素晴らしく教育の行き届いた娘さんだ。しかも金髪、光魔法の使い手とは。全く将来が楽しみですなゴードン殿」
「え、ええそうなのです」
ノア様のあまりの変貌ぶりに、わたしは勿論、横にいるステアすら目をぱちくりさせている。
そんな「クロ、あれ誰?」みたいな目でこっち見ないでほしい。笑いそうになる。
「それでオウラス殿。今回の顔合わせは、両家の繋がりを持つためのもの。肝心の息子殿の姿がないようですが―――?」
「ああ、少々お待ちを。………オウガ、まだか!!」
オウラスという伯爵は、二つ目の馬車に向かって怒鳴った。
すると、扉がバァンと開き。
中から、すごいのが出てきた。
年齢はおそらく十三歳か十四歳ほど。そう、全人類が一番頭が悪い時期だ。
金色で装飾された鎧で身を包み、首には青色の高そうなネックレス。しかし首にかけるところは金。
さらにピアス、指輪も金色で、なのに髪色は炎属性を示す赤。
一応美形の類いなのだろうが、なんというか、こう、日常的に「美しい」という言葉の類義語のような存在であるノア様を見ているわたしには、「なにこいつ眩しい」以上の感想は出てこなかった。
「へい、ダディ。この僕の花嫁となる、麗しき金の乙女というのはどちらかな?」
なんか言い出した。
余りの存在の面白さにその場で吹き出しそうになるが、全神経を集中させて耐える。
こんな時は常にポーカーフェイスのステアが羨ましい。
「オウガ、その前にご挨拶をしろ。この方がお前の妻となる方の父君、ゴードン殿だ」
「お、お初にお目にかかる、将来の婿殿」
「そのようなよそよそしい言い方はよしてください義父様。僕があなたの大切な娘さんを助ける騎士、オウガ・ギフトです」
「………うむ」
我慢だわたし!我慢しろ!
絶対に顔に出すな、内心で爆笑してても悟られないようにするんだ!
ていうか、なんでここにいるみんなはこれを見て誰一人笑わないの?わたしの感性がおかしいの?
「まあ!あなたがわたしの夫となる御方ですね!」
「ほう。ではあなたがもしや?」
「ええ、ノアマリー・ティアライトです。お会いできて光栄ですわ、オウガ様!」
「ははは、様だなんてよそよそしい。オウガで結構ですよノアマリーさん」
ノア様も平然としてるし、やっぱり異世界出身者特有のツボなのこれ?
まず、いちいち仕草が面白い。
髪をかき上げたり、変な歩き方したり、「俺かっこいいだろ」的な雰囲気をプンプン振りまいている。
これをネタではなく素でやっているらしいというのがまずヤバい。
加えて。
「どうだい、この鎧や装飾品?君の髪色だと聞いていた金色に合わせてきたんだ。似合うだろう?」
「………とってもお似合いですわ!こんな方が将来の夫だなんて、ノアマリーは幸せ者です!」
この理由。
素で女の子が喜ぶと思ってやったんだろうか。
もはやギャグとしか思えない格好に、定期的に目をそらさないと空気が口から漏れ出す。
しかも、それに合わせてきゃぴきゃぴするノア様の普段とのギャップもまた、わたしの腹筋をダイレクトに攻撃してくる。
誰あれ。いつもの面影どこ行った?
「さて、ずっと立ち話というわけにもいかないでしょう。屋敷へお入りください、温かい飲み物をご用意していますので」
「おお、それは助かりますな」
なんとか耐えきったわたしは、ステアを連れて中に入ろうと、
「待ってくれダディ」
「む、どうした?」
おもしろ男―――もとい、オウガがわたしたちを見て足を止めた。
「どうやら、この場にふさわしくない者たちがいるようだ」