第425話 オウランとリーフ
「……なあ、クロよぉ。これは流石に下世話ってもんじゃねえのか?」
双眼鏡を覗いていると、左から聞こえてきた声に対し、わたしは口だけ動かして答えた。
「わたしはこれでも、ノア様より貴方たちのリーダーを仰せつかった身。仲間の状態や関係は全て把握しておかなければなりません」
「いや、限度ってあるだろ。恋愛云々にまで首突っ込むもんか普通?オウランからもついてくるなって言われてんだろ」
「だからついてはいってません。これはたまたまバードウォッチングをしていたら、たまたま仲間の告白シーンが見えてしまっただけの事故です」
「お前史上最高の屁理屈出たぞ今……」
わたしの目には今、氷雪魔法でも食らったかと錯覚するほどカチンコチンになって動かないオウランと、それに近づいていくリーフの姿がしっかりと映っていた。
「まあ良いではないかルシアス君。彼女の言うことにも一理なくもない」
「今回はあんたもそっち側かよ、フロムの爺さん」
「クロ君ほどではないが、あの青年も中々の優良物件ではあるからな。リーフと思いあってくれるのならばまあ合格ラインだ。しかしやはり1番は」
「いい加減諦めてください。不労所得と引替えでもごめんこうむります」
現場から6キロほど離れた崩れた城の上で、わたし、フロム、ルシアスが世紀の瞬間を目撃しようとしていた。
ちなみにオトハは、ノア様の許可を得た上でのわたしの本気折檻が相当応えたのか、後で結果だけ教えて欲しいとぐったりしていた。
姉としてそれでいいと思わなくもなかったが、姉弟の関係なんてそんなものなのかもしれない。
「……お、オウランが喋り始めたぞ。しかしこんなに離れてっと流石に聞き取りづれーな」
「それでも音は拾えてるのがイカれてますね。ちょっと待ってください、わたしが読唇術で」
頑張って双眼鏡を固定し、2人の唇にピントを合わせてそれを見守った。
オウランが今までの思い出のようなことを語り、リーフが時々それを懐かしむようなことを言っている。今のところ雰囲気は悪くない。
「……あ、来ますねこれ」
「お、風がやんで聞こえるようになってきたぞ!」
「おい君たち、ワシにもちゃんと教えてくれ」
顔を真っ赤にしたオウランは、やがて決心したような顔つきとなり、そして――――。
***
「ひっぐ……ふぐ……えっぐ……ぐすっ……」
「「「…………」」」
10分後、恐る恐る転移してきてみると、そこにはオウランがただ1人、ズタボロの姿でさめざめと泣いていた。
「……う、ううう……」
「……あの、なんと言ったらいいのか」
「……その、とりあえず……ワシの身内が失礼した」
正直になろう。
わたしとてこれでも女子。仲間の色恋沙汰が気にならなかったと言えば嘘になる。見守るべきだろうという責任感があったことは事実だが、そこにルシアスの言う通り、下世話な気持ちがあったことは否定しない。
……なんというか、そんな自分に自己嫌悪を覚えるほど、惨憺たる状況だった。
「あ、あの、オウラン。生きてますか?」
「…………」
「……ただの屍のようですね」
負って間もない怪我だったため、身体はわたしの時間魔法で戻せたが、彼の心中はいかがなものか。
「とりあえず、ノア様たちと合流しましょうか」
「……だな」
「う、うむ」
***
「……で、これは一体何があったの」
「オウラン、だいじょぶそ?」
「ちょっとステア、そっち持って。ボクこっち行くから。布団連れてってあげよ」
大書庫に連れて行ってからノア様たちを連れてこようと思っていたが、その必要はなく、たまたまタイミングが被って皆が揃っていた。
完全に死んだオウランをツンツンとつつくステアと、親切に布団を敷いたスイが、協力して彼を布団に乗せた。
「あー、なんつーか」
「さすがにあれは同情せざるを得ないと申しますか……」
「大体察したけど、一応聞かせてもらえます??」
その様子を哀れむような目で見ていたノア様と、オウランの隣に敷かれた布団で寝ていたオトハに、わたしは事の顛末を説明した。
「まず、オウランはかっこよく告白を決めました。ストレートに『僕と恋人になってください!』と。付き合ってくださいと言っても通じないというアドバイスを見事に生かしていましたね」
「そう言えばあのトンチンカンでも分かるでしょうね。それで?」
「リーフは目をぱちくりさせた後、フッと微笑みました」
「あら、脈ありな感じ」
「オウランもそれを見て『来た!』とでも思ったのでしょう、目を輝かせてました。ですが直後、リーフが一言」
『……受諾。ならばかかってこい』
「いや、脈絡……」
「あいつの思考回路が分かってないと頭おかしくなったかと思う発言ね」
まあ、考えてみれば当たり前のことだ。
リーフが相手に求める条件は『自分と延々と戦える強者』だから、発言に対して理解は出来る。納得できるかはさておき。
「しかしオウランもある程度は予想していたのか、なんと一瞬で切り替えて風耐性と雷耐性を自らに付与したのです」
「あら」
「やるじゃないですの」
そうなってほしくはないと思っていたのだろうが、やはり惚れた相手が相手だ。
その展開を一瞬で自分の中で整理し、戦いに切り替えていた。あれは中々よかった。
「それで?」
「えっと……」
「?」
だが、ここから始まったのはまさに地獄絵図だった。
「初手で雷を防がれたのが嬉しかったんでしょうね、あの女。まるで的当てゲームかのように、嬉々としてオウランに魔法をぶっ放しはじめまして」
「え?」
「それでその、効かないとはいえ天変地異かってくらいの魔法をうん百発撃たれて、流石のオウランも怖かったらしく」
オウランの魔法は純防御系、応用によって攻撃もできるが、その威力は到底リーフを突破できるものではない。
だからオウランはひたすら耐え続けて隙を伺おうとしたようだが、残念ながらあの化け物に隙なんてものはそうそうありはしない。
哀れな青年は、ひたすらに自分に向かって撃たれる魔法の雨あられに晒され続けることとなったのだ。
「なんと9分強もの間耐えたのですが、耐性魔法って時間制限があるので」
「切れた瞬間を突かれて食らっちゃったわけね」
リーフ相手に10分近く立ってられるというのは、彼の成長と魔法の優秀さを物語っている。
しかしリーフはその結果が不満だったらしく。
「リーフはこう言いました。『残念、まだ弱すぎる。あと10年修行して出直すといい。ごめんなさい』と言い残し、それでも思いっきり魔法が撃てたのは気持ちよかったのか、ルンルンで帰っていきました」
「「…………」」
あまりに惨い話に、ノア様とオトハすらも心からの同情の目をオウランに向けた。
彼が寝かされた枕が少し濡れていた。