第423話 オトハの成長
「戻りました」
少し休んだ後、ルシアスに連絡を取って帰ってきた。
「おかえり、クロさん」
「おかえりなさい。首尾はどうですの?」
「まあぼちぼち。貴方たちもいるとは」
大書庫に戻ると、そこにいたのはオトハとオウラン。
最近はせわしなく各国を飛び回っているうちのメンバーが、2人もここにいるとは、少し寂しいことにとても珍しいことになっていた。
「計画が思ったより早く終わってね。明後日には発つよ」
「そうですか。ノア様は帝国ですか?」
「ええ、フロムさんと話があるとかで向こうへ行ってますわ。クロさんが帰ったら来るように伝えてとも言われてます」
「でしょうね。あー、今度はどこへ飛ばされるやら……」
少し休んだとはいえ、身体が全力で疲労を訴えていることには変わりない。
とりあえず座ると、尻が接着剤でも塗られているかのように動かなくなってしまった。
「ね、ねぇクロさん」
「はい?」
「その、リーフは一緒じゃないの、かなぁって」
「彼女は翡翠兵団を率いて念入りに首都を潰した後で自力で戻るって言うので、おいてきました。明後日には帰ってくると思います」
「そ、そうか……明後日……ギリギリ会えるかな……」
普段のわたしなら、ここでオウランに「さっさと告れ」的なことを言っていたように思う。
だが疲れて頭が回っておらず、更にそこにオウランのもじもじした姿も相まって、思わず口をついてしまった。
「ああ、そういえば……リーフにプロポーズされましたね」
「!!!?」
「え?」
反応はもう、予想通りだった。
オトハは「何言ってるんだこの人」みたいな顔でわたしを見てきて、当のオウランは声にならない叫び声と共に、椅子を吹っ飛ばす勢いで立ち上がった。
「ど、ど、ど、どどどどどういうこと?」
努めて冷静になろうとしているようだが、狼狽と嫉妬が丸見えだ。
わたしはもう、ほとんど暇つぶしに近い感覚で、その姿を見つめていた。
「どういうことと言われましても、言った通りですが」
「その!!言った通りの!!詳しい説明を求めているんだけど!?」
「近い近い近い」
詰め寄ってきたオウランを抑え、チラリとオトハを見ると、案の定呆れたような目でこっちを見ていた。
きっとリーフが、純粋な恋慕でわたしに告白したわけではないことくらい察しているのだろう。そりゃそうだ、ちょっと考えれば分かりそうなものだ。だってリーフだし。
ところが血走った目でわたしをガン見してきているこの男の方は、どうやら頭が回っていないらしく、そんなことは気づきもしないわけで。
「……落ち着きなさいなオウラン」
「落ち着いてられるか!僕は今、とおおおっても重要な話をしてるんだ、邪魔するな!」
「ええー……?」
なんか、こうしてみるとやっぱり姉弟なんだなぁと思う。自分の恋愛が絡むと人の話を聞かなくなるところとか。
「……で?」
「で、とは」
「プロポーズされました。どうした?」
「大喜利?」
「違う!」
やかましいな。
まあ、素直に答えておくか。
「断りましたよ。全力で」
「そうか……ふぅー……」
心の底から安堵したらしいオウランは、全力で息を吐いて再び席に着いた。
そんなに心配するならさっさと……。
「……オウラン。ちょっとそこ座りなさいな」
「座ってるけど。目ついてる?」
「お黙り」
ん?
突如オトハが読んでいた本を閉じ、かつてない真剣な顔でオウランをじっと見つめている。
「な、なんだよ」
「オウラン。お姉ちゃんは情けないですわ」
「あん?」
頭を抑え、深く溜息をつきながらそう言うオトハに、オウランは勿論、わたしも怪訝な顔を向けた。
「貴方がリーフに恋焦がれてから早3年。どう背中を押しても暖簾に腕押し、糠に釘……私が何を言っても、聞き流すような仕草をする始末」
「それはお前の話が参考にならないからだ」
「貴方が焚き付けたせいで、1度彼はリーフに嫌われかけたじゃないですか」
「ああ嘆かわしい!この世に愛を伝える方法は無数にあるというのに、何故!」
ダメだ聞いちゃいない。
「もう騙されないからな。恋愛に関してお前を頼るのは、表情筋の動かし方をステアに聞くより不毛だ」
「言わんとすることはわかりますけど」
完全にこっちを無視して話していたオトハは、そこでピタリと動きを止めた。
「本当にそれでいいんですの?」
「あん?」
「私のアドバイスが参考にならないと言うならそれで結構。しかし、だからといって完全に言っていることが全て虚言であると言いきれます?」
「そ……それは」
「ええ、確かに私が極めて特殊な例であることは認めましょう。恋焦がれた相手も、己が癖も、普段の行動も……」
……。
……!!???!?
「あなた、ついに気づいたんですか!?自分が特殊でポンコツで馬鹿なことばかり言う、アホなことする度にこっちに尻拭いを押し付けてくる、何度しばき倒してやろうかと思ったか分からない、どうしようもない迷惑系ドMだと!!」
「そこまで言ってませんわよ!!迷惑をかけていた自覚あるので強く言えませんが、せめて小出しにしてもらえます!?お嬢様以外では別にMじゃないのですから、強い言葉立て続けにかけられると泣きますわよ!?」
な、なんという事だ。
あのオトハの辞書に、『自覚』という文字があったとは。
自ら気づき、口に出すことが出来たとは!
「これが……成長……」
「私とてもう19、それくらい……泣いてます?嘘でしょう!?」
あまりの衝撃と感動に目頭が熱くなり、上を向いて堪えたが、一筋の涙が零れてしまった。
「と、とにかく!私は確かにちょっとおかしいところがありますが、それでもお嬢様への深い愛情を、幾度となくお伝えしてますわ!」
「ちょっと?」
「ちょっとって言いました?」
「いちいちうるさいですわねこの弟と上司!」
相変わらずギャアギャアうるさいのは変わりないが、今ではそれすら心地良い。
長年の肩の荷を少し下ろせた気分だった。
「……見ろオトハ、あの笑顔。怒ってるんじゃないぞ、嬉しいんだ。お前が少しだけまともに近づいたことが」
「……私、あんな慈愛の目を向けられるくらいやばいんですの?」
「ふふっ、話を続けて構いませんよオトハ。幾度となくノア様への愛をお伝えして、なんですって?」
「え、ああ、はい……」
可愛い後輩はゴホンと1つ咳払いをした。
「私の言動行動を参考にしろとは言いません。しかし、ちゃんと伝えることは大事ですわよ」
「そりゃ前も言われたけどさ」
「今回のことでわかったのでは無いですの?リーフは恋愛感情などへその緒と共にぶちぎった、闘争と殺戮しか頭にない女ですが」
「酷い言いようだなお前!弟の想い人に!」
「話を聞きなさい愚弟。……しかし、そんな彼女でも、相応の理由があれば結婚してしまうかもしれないのですわよ?」
「はっ……」
まあ、本気のわたしとずっと殺し合いたいとかいうふざけた理由で結婚迫ってきた女だし、そうだろうな。
「オウラン、時間は有限なのです。今まではリーフの性格上、告白やらなんやらは先延ばしに出来ました。しかし、それもここまでです」
「う、あ……」
今日のオトハはどうしたというんだ。
言っていることがずっとマトモだ。明日は隕石並みの大きさの雹でも降るのだろうか?
それとも、本当にこっち側に来てくれたのか?
作者「絶対違う」