第421話 リーフと大規模魔法
「よっと……」
「ここでいいか?」
「はい。帰りは船で戻るので、迎えはいりません」
「あいよ。じゃ、気を付けてな」
ルシアスに送ってもらった先は、ネフェリ公国。国土面積は大したことないが、複数の国を経由する要所となっている、目下最大の攻略対象国だ。
それ故に、周辺国家から相当数の増援が送られてきており、帝国軍が攻めあぐねているとの報告が入ったので、わたしが手伝いに来た。
「さて……」
帝国兵にも存在を知られるわけにはいかないので、《消える存在》で気配を消して目的の場所に向かう。
暫く歩くとディオティリオ帝国の駐屯地を発見し、その中でもひと際目立つ天幕の中に入った。
中を見渡すと、そこに目的の人物を発見する。
「!」
入った途端、彼女と目が合った気がした。
「リーフ様、いかがなさいましたか?」
「……依頼、少し1人になりたい。外してほしい」
鶴の一声が放たれ、5人の男女がぞろぞろと天幕を出ていった。
「予測。そこにいるはず、クロ」
「……なんで完全に気配を消している筈なのに気づけるんですか」
年々化け物じみていくな、リーフは。
「当然。何年も行動を共にしていれいれば、自然と分かるようになる」
「貴方を常人と一緒にしないでください。普通はそんな山勘で分かるようなものじゃないんですよ理屈的に」
今回の任務はリーフのサポート。
まあこの天才にサポートの必要性なんて皆無だろうとはわたしだって思わなくはない。だが、何やら厄介ごとになっているらしく。
「で、なんでわたしを呼んだんです?」
「回答、これを見てほしい」
手渡されたのは、1枚の絵だった。精巧で、写真と見紛うほどの。
描かれていたのは、森に囲まれた街。だがその街を覆うように、竜巻のようなものが渦巻いていた。
「説明、現在のネフェリ公国首都の様子」
「はい?」
「補足、どうもかなりの数の魔術師が、幾重にもなった結界を張っている。見えているのは竜巻のみだけど―――」
「他の四大魔法による壁が何重にもなって阻んでいるわけですか」
「肯定。理解が早くて助かる」
これはすごいな。即席とは思えないほどに完成された大規模魔法だ。
各国の精鋭が集められているとはいえ、これほどの魔術はこの戦争開始から初めて見る。
「これ、どれほどの代物なんです?」
「解説、ウチが本気で魔法を打ち込み続けても、おそらく穴をあけるまで半日はかかる。更にウチの魔力も9割近く底をつくと思う」
「それは恐ろしい。並の魔術師では10年かけても解けないでしょうね。……なるほど、これがわざわざわたしを呼んだ理由ですか」
「首肯。君なら魔力の厚みに関係なく、魔法を消滅させられる」
わたしの闇魔法はリーフみたいな直接攻撃による強引な破壊ではなく、概念に干渉できる。いくら強固な魔法といえど、一部であれば穴を空けることは出来るだろう。
「しかし、わたしの魔法を使わなくとも、貴方が無理やりぶっ放してしまえば良いではないですか。半日かけて破壊して、あとはロボット軍団流し込めば終わりです」
しかもこれほどの魔術だ、各国精鋭が数十、下手すれば数百人単位で維持しているだろう。おそらく交代制で魔力を注ぎ続けている。
そんな状況だ、破壊出来れば大した抵抗は出来ないだろう。
だがリーフは首を横に振った。
「否定。恐らくこの魔法は、ウチに破られることを前提として作られている。正面から馬鹿正直に破壊すると、思いもよらないしっぺ返しを食らう可能性がある」
「魔力を大きく損耗したところを見計らってカウンターとかってことですか」
「そう」
「ふむ……一理ありますね」
「だからそれをさせないために、クロの闇魔法で2人だけで侵入して一気に攻め落とす」
「えっ」
魔法を破るのを手伝ってほしいってだけの話だったはずなのに、勝手に巻き込まれたのだが……。
「聞いてないんですけど」
「当然。今言った」
「……あなた、なんかノア様に似て来てませんか」
「……苦言、出来れば訂正してほしい。そんなことはない、はず」
「はぁ、まあいいですけど」
オトハ、オウランは魔法的にこう言ったことに向かないだろうし、ステアはこんな些事で手を煩わせている暇があったらもっとやることがある。この場所に行ったことがないルシアスは、空間転移も出来ないので役に立たない。
まあ、わたしが妥当なことは分かるが、にしたって急すぎる。
「じゃあ、さっさと行ってさっさと終わらせましょうよ。わたし一応、今日オフの予定だったんです。さっさと帰って那由多と温泉行くので」
「慰労、お疲れ」
「どの口が言ってんですか。急いで運んでください目的地まで」
リーフに抱えられ、風に乗って移動。
相変わらずの速度で下の景色が変わっていき、数分で絵とそっくりの場所に着いた。
「首都の見取り図は?」
「ん」
「ふむ……構造的に2手に分かれた方が良さそうですね。わたし、城下の兵を制圧しておくので、貴方は城に入って主要人物の首取って来てください」
「了承」
「じゃあ、少し待ってください。流石にこうも複雑に複数の魔術が絡み合っていると10分くらい時間かかるので」
ふむ、一般的な四大魔術師も結構やるものだ。
帝国の四傑、特にリーフがその究極系なので今更ではあるが、それでも少し感心する。わたしたちが相手じゃなければ、侵入不可能の大魔法として歴史書に名を残していたかもしれない。
「《魔術劣化》」
だが、来たのはわたしたちだ。
構造上、消してもすぐ再生するようなのでそれは諦め、一部の魔法の質を劣化させることにした。通る時に多少のダメージは負うが、リーフはノーダメだろうしわたしは時間魔法で治せる。
「はい、どうぞ」
「感謝、助かる」
人1人分くらいの大きさではあるが、明らかに弱まった箇所を見てリーフはほくそ笑んで中に入っていき、わたしもやむなくそれに続いた。