第419話 現況
「これほどの人数が揃うのは久しぶりねぇ」
揃った面々を見て、ノア様は満足そうに頷かれた。
たしかにここ数ヶ月、1人2人と顔を合わせることはあれど、まとめて集まれたことはなかった。
ノア様が招集をかけていなかったこともあるが、単純に全員、各々の役割を全うする為に忙しかったから。
「ノアマリー様の純粋な側近、揃い踏みですね」
「せっかく集まったんだもの。有意義な時間にしましょう」
久々の光景にご機嫌らしいノア様がニコニコしてそう言った。
「けどオウラン、残念ねぇ。リーフは来れないみたいで」
「ふっ……」
するとノア様は、口元をにやつかせながらオウランを煽り始めた。
しかし彼は、なんとそれを一笑に付してしまった。
「ノアマリー様、甘いですね。もはや僕が、そんな煽りで騒ぎ立てるとでも?」
「煽り耐性爆上げしてる暇があったら、さっさと告白すればいいじゃないですか」
「3年もあってほとんど進展してないくせになんで偉そうなのよ」
「何回お前の恋愛相談に乗らされたと思ってんだ。いいから告れ馬鹿」
「ふふっ……」
またも不敵な笑みを浮かべたオウラン。
しかしさっきまでと違い、ゆっくりと膝が折れていく。
気のせいか、目尻には涙が浮かんでいた。
「分かってるもん……効かないもん……」
「もん、じゃありませんよ。もう面倒くさいんでわたしが代わりに言いましょうか」
「やめてぇ……」
「ここ数年、ずーっとあなたのうじうじに付き合わされてる私の身にもなりなさいな。いい加減砕け散って楽になりなさいと何度言ったら分かるんですの」
「わたしが言うのもあれですけど、姉の発言とは思えない辛辣ぶりですね」
この片思いマン、ずるずるとリーフへの思いを引きずって早3年。
いい加減わたしも面倒くさくなってきた。
ステアにどちらかを操らせようかと思ったことも1度や2度ではないが、一応は甘酸っぱい後輩の恋路、精神操作を用いるのは無粋だろうと我慢してきた。
しかしこの様子を見ていると、いっそのこと、というのを考えてしまう。
「はいはい、これくらいにしましょう。今日はそのリーフの話もしなきゃならないしね」
「リーフの話?」
「ほら、座って」
各々席に着くと、ノア様はぐるりと辺りを見渡してからわたしに視線を止めた。
「じゃあまずルシアス、報告を」
「南部の島国の攻略は7割がた終わったってとこだな。まだ残ってるが、俺がいなくてもロボと帝国兵の物量で圧倒出来ると思うぜ」
「上々。オトハとオウランは?」
「北大陸の制圧、半分程度といったところです。まだ油断は出来ませんが」
「スギノキを経由して、北側から回り込めたのが大きいですわね。死角から攻撃できたお陰で、通常よりも楽に包囲戦を仕掛けられていますわ」
さすがといったところか。
わたし、ステアもスイ、オトハとオウラン、ルシアスで手分けして、帝国から東西南北の大陸や島国をそれぞれ担当していたが、手回しが早い。
「いいわね。次、ステアとスイ」
「アルスシール周辺、11ヶ国、制圧完了」
「え!?もう!?」
しかしこっちに、その早さを遥かに上回る天才がいた。
ここ1年で過去一背が伸びたが、それでも150cmにギリ届かない身長。相変わらずポヤポヤした雰囲気。
しかし、他の側近を束にしてもおそらく敵わない天賦の極み。
「まあ、ボクも少し手伝いはしたけど……ほとんどステアが、全部都合が良くなるように人を操って終わりだったね」
「スイは、いるだけで、元気出る。精神魔法に必須」
「そうかなぁ」
腑に落ちてなさそうなスイを未だ抱え続けるステアに対して、ノア様は拍手を送った。
「素晴らしい。素晴らしいわステア」
「いえい」
「次のステアの派遣先は後で決めるとして……最後にクロ、お願い」
「はい。フロムさんとノア様からの指令、それぞれ同時にこなしましたので多少時間はかかりましたが、ご命令通りチェスカー帝国、氏族国家ジャルカン、ファルマ王国を落としました。現在は次に着手する国の候補をピックアップ中です」
「どれも大国じゃないですの」
「すげ」
わたしの報告にノア様は満足したようで、ニコニコしながらわたしの肩を叩いた。
「流石よクロ、私が右腕としただけあるわ」
「身に余るお言葉です」
「ただ―――」
しかしそこで一旦、上機嫌はなりを潜め、面白くなさそうに口を尖らせた。
「フロムのやつ、最近ちょっとクロを利用しすぎじゃないかしら。ある程度は動かしていいと言ったとはいえ、やりすぎじゃない?」
「それは問題ございません。ご安心を」
「でも、この頻度はちょっとねぇ」
「大丈夫です。結果的にノア様の為となっていますし、それに」
「?」
「毎回報酬を提示してくれたり、気遣ってタイミングを調整してくれたりするあたり、ノア様のブラックワガママと比べれば屁でもありませんから」
………。
辺りが静かになった。
「邪魔する、ぞ……この静けさは何事かね」
しばらくそうしていると、扉の方から声がする。
振り向くとそこには、フロムが立っていた。
「フロムさん。気になさらないでください」
「いや……さっきからずっと、ノアマリー殿に睨まれているのだが」
「大丈夫です。問題なしです」
「大ありなのだけど。ねぇクロ、元々あなた口は良い方では無いけど、最近すっごい私に対して言うようになってないかしら。別に嫌いじゃないけど、たまにエグいのが何気なしに出てくるからびっくりするんだけれど」
「それは失礼。次からは予告致します」
「そういうことじゃなくて」
ノア様を甘やかすのはもうやめようと決めてから、言うべきことはしっかり言うようにしただけなのだが。
つまり別にここ数年で口が悪くなったのではなく、遠慮なしに胸の内を言葉にするようになっただけだ。
「まあ、この件は後で問い質すとして……何か用、フロム?」
「ああ、リーフから連絡があってな。目標国の1つを、首都陥落目前まで攻め込んでいるそうだ。そこでリーフの今後の動きのために、ワシも参加させてもらおうかと」
「なるほどね。どうぞ」
「うむ。よいせっと……」
フロムはいつの間にかルシアスが用意していた椅子に腰掛け、ふーっと息を吐いた。
疲れもあるのだろうが、これは……。
「フロム」
「……」
「ねえフロム」
「……む?ああ、なにかね」
やはり、か。
「あなた……身体、そんなに悪いの?」