第418話 3年後の面々
「ただいま戻りました」
「おかえり~」
帝国城の一室に入ると、脱ぎ散らかされた服やらなんやらに囲まれ、下着姿でソファに寝っ転がって果物をつついている、自堕落の極みのような女がわたしを出迎えた。
……これが主人の姿か。
「ノア様、わたしの報告の前に言いたいことが3つほどございますので、1つずつ申し上げます。まず、わたしは3日前にここを片付けたばかりのはずですが」
「3日も経てばこうもなるわよ」
「そうですか。では、何故そんな格好でいらっしゃるのです?」
「暑いし服着るの面倒くさいし。お風呂入った後って服着るの億劫にならない?」
「ふむ。では最後に。わたしは行儀が悪いから寝そべって食べ物を食べるのはやめなさいと、散々口を酸っぱくして申し上げた筈ですが、何故言うことを聞かないのです?」
「誰も見てないしいいかなって」
「今はわたしが見ています」
「……わ、分かったわよ」
どうやらわたしの思いを察してくれたようで、少し早めに起き上がったノア様。
しかし、それを差し引いても乱れた部屋と乱れた服装は残っている。
「ひとまず服着てください。これから男たちも来るんですよ」
「えー……あの子たちに今更見られたって別にいいけど」
「ご自身の美貌をお忘れですか。そのいくら食っちゃ寝しても衰えないチート級のプロポーションと、どれだけ救いようのないほどの遅寝遅起きを繰り返しても、腹立たしいことに皺の1つも出来やしない御顔が合わさってしまえば、大抵の男は100年の恋も忘れて貴方に飛びつきますよ」
「ねえ、褒めるか貶すかどっちかにしてくれないかしら。ていうか貴方、最近わたしに対する口撃の火力が心なしか上がってる気がするのだけれど」
何とも言えない表情でわたしを見つめるノア様に、わたしは自らの思いを告げる。
「ノア様、わたしは反省したのです」
「はあ」
「今までは、なんだかんだ言ってわたしはノア様を甘やかしていたと。どれだけ注意をしても、根本的に改善させようとはしなかったと」
「え、あ、はい」
「ですが、これからは違います。貴方様の夢が叶おうとしている今、そのままのただ美しくて強いだけのニート予備軍でいさせるわけにはいかないのです」
「クロ、私のことニート予備軍だと思ってたの?」
「思われていないと思われていたことに驚きです。肝心な仕事はわたしたちに任せ、貴方は簡単な指示だけ出して食べては寝て笑っては飲んで……実際に偉いという立場を考えるとそんじょそこらのニートより厄介です」
「…………」
思ったより高めの口撃力をしていたらしく、ノア様の顔は盛大に引きつっていた。
「い、いや……私、一応帝国の捕虜ってことになってるから……動くとまずいっていうか……」
「そうやって帝国に居続けていたとしても、那由多の兵器開発の助力、より効率の良い侵略に関するフロムさんとの相談、帝国内の政治情勢への関与、出来ることは山ほどあるはずです。違いますか?」
「あー、えーっと……」
溜まりに溜まったわたしの正論爆撃は、ノア様を次第に追い詰めていく。
「以上、なにか『自分が自堕落すぎました』以外に反論等ございましたらどうぞ」
「……ない、です」
「では改めましょう」
「はい」
「よろしい。では、服を着てください」
わたしは荒れた部屋の中から着替えの入った箱を取り出し、下着以外の服を揃えてノア様の後ろに立った。
てきぱきと服を着せ、やがてそこには赤色のドレスに身を包んだ世界一の美女が現れた。
「これでよし。下着姿など、男衆はまだいいとして若干1名即死しますからね」
「ねえ、クロ。1つ思うのだけれど」
「なんでしょう?」
「いや貴方、今ナチュラルに私に服着せたじゃない」
「はい」
「……自分で言うのもなんだけど、なんで私に色々やれって言った後に私の世話を焼いちゃうのよ」
……あ。
***
「おーう」
「ルシアス。他の面子は?」
「もうじき来るぜ。オウランとオトハはちょいと遅れるみたいだが」
「どうせオトハが『ハァ……ハァ……に、2週間ぶりの、お嬢様……!あ、ああ……瞼の裏にしかいなかった貴方様が、ついに私の網膜にぃ!!』とか言って鼻血出して、それをオウランが介抱でもしているのでしょう?」
「なんで一言一句違わず全部当てられたんだ今?」
「時間魔法とか……?」
ただの想像だが。
「リーフはまだ時間かかるってよ。まあ翡翠兵団だけで国相手取ってるんだから、しゃーねぇわな」
「じゃあ彼女は欠席ですね。あと、那由多は新たな研究で少し目が離せないそうです」
ということは来るのはあと4人か。
少し待つと、間もなく扉が開き―――。
「お嬢、クロ、ただいま」
「おかえり~ステア」
「おかえりなさい。首尾は?」
「ばっちり」
「それはよかった」
16歳となり、立派に成長したステアが、何かを2つ抱えて入ってきた。
1つは言わずもがな。彼女の宝物であるゴラスケ。そしてもう1つは。
「スイもおかえりなさい」
「ああ、うん、ただいま……ねえステア、そろそろ離してくれないかな」
「や」
「ああ、そう……」
3年経ってもまだ見た目は子供。
11歳~12歳くらいのスイだった。
自分より小さい子が入ってすっかりスイを気に入ったステアは、この3年間、ゴラスケと同じくらいにスイにぴったり張り付いている。
スイもステア相手だと強く出れず、なすがまま。最近はこんな風にスイを抱っこするのがマイブームとなってしまっているらしい。
「ステア。まあ気持ちは分からなくもありませんが、そろそろ離してあげては?」
「ダメ。スイは身体がまだ未熟で、弱っちい。私が守る」
「ボク、もう割と魔法使えるんだけど」
「それでも、私より弱い」
「多分、ボクは一生かかっても君の強さには追い付けないと思う……」
至福の表情を浮かべるステアに、わたしも強く言えない。末っ子がお姉さんに目覚めるというのも考えものか。
「で、あとの2人は」
「おー」
ん?
「じょー、うー、さー」
……ああ、アレか。
「まあああああああああああああ!!」
「かめ○め波のリズム……」
だが飛んできたのは、残念なことに凝縮された気ではなく、凝縮された変態だった。
ピンクの……いや、所々赤いな。鼻血飛び散りすぎだろう。
もはや様式美のようにすら感じる、オトハの神速の飛びつき。
それにノア様は。
「《飛ばせ》」
「ぶえっふ!?」
言霊によって空間をすっ飛ばしてオトハをワープさせていた。
その先は、自分の後ろの壁だ。
「オウラン、おかえり。どうだった?」
「抜かりなく」
「そ。流石ね」
必死に頭を引き抜こうとしているオトハを他所に、オウランはまったく姉を気にかけることもなく報告を進めている。
いやはや、19歳になった彼は立派に成長してくれた。姉のようにおかしくなることもなく。
「あの、ちょっ……誰か助け……」
「じゃ、他に足りないのはいないわね?なら始めるわよー。オウラン、議事録とって後でリーフに渡してきなさい」
「はい!」
「良い返事してる暇あったらお姉ちゃんを助けなさいな!ちょっと!抜けませんわ!誰かー!」
うるさいな……。