第417話 3年後の世界
少し耳を澄ませると、剣戟と魔法がぶつかり合う音が聞こえる。
ここ暫くで聞きなれた音だ。今更そこまで気にはならないが、すぐ横で人が殺し合っているというのは、やはり少しだけ気が重くなる。
「はぁ……」
だけど、これも主の為だ。
わたしに出来るのは、わたしの仕事をするのみ。
「よいせ、っと」
城の外壁を気配を消してよじ登り、適当な窓を見つけて中へ入る。
今回はステアが別のことで忙しかった故に、内部構造を把握できなかったが、これくらいの高さまでくればある程度は最上階への道くらい分かるだろう。
途中にいた複数人の衛兵は無視し、先へ先へと進む。
流石に世界第9位の大国、城の内部は手練れが多い。一度に相手するのは面倒だ。
さっさと目的だけ果たして帰ろう。
***
那由多との再会、ルクシアとの休戦、スイのロリ化。
あれから3年の月日が経ち、わたしは20歳になった。
思い返すと本当に……本当に色々あった3年だった。
まず、那由多のロボット兵器が完全に完成し、実践に有効であると判断された直後、フロムは海を隔てた隣国に向けて侵攻を開始した。
その隣国もまた、当時世界第7位の国土面積を持つ大国。20年前まで戦争を続けていたこともあり、その備えも万全に近かった……が、実に2ヶ月でかの国は攻め落とされることになる。
わたしたちは一切手を出さず、ごくたまにリーフが士気のために出るくらいだったのだが、これが面白いほどうまくいった。
強化装甲こそ失ったものの、那由多の頭脳によってその分火力と機動性を増した無数の兵器は、普通の街くらいなら一切人を使わずに制圧できるほどの利便性を有し、帝国側の戦死者0という恐ろしい結果すら何度か残した。
その重量による運用の難しさは、スギノキの海運技術を結集した帆船である程度カバーし、どうしても投入が難しい地形や環境の場合はアルスシールから供給された銃火器を装備した帝国兵を投入。
もっと言えば、ハイラント全神国の息がかかった狂信者によって情報が集められ、それを念じるだけでアマラにその情報が届くようになっているため、相手の意識外から内部の情報も収集し放題。
はっきりいってヌルゲーと化した帝国と他国の戦争は、瞬く間に帝国がその国土を広げることになっていった。
ここ、ファルマ王国も、今まさに帝国に飲まれようとしている国だ。
既にここは首都。ここが陥落すれば帝国の勝利。
なのだが。
「押せええええ!!」
ここは四方を山に囲まれた土地で、ロボを投入できなかった。
更に厄介なことに、帝国の進軍を止めようとする各国から、帝国から鹵獲した銃火器がファルマに流されてしまったらしい。
地形的不利とアドバンテージの喪失。帝国軍は攻めあぐねていた。
そこでわたしに白羽の矢が立ったのだ。
『というわけだ。ファルマの王族を1人残らず暗殺してきてくれ』
『そんな軽い口調で言われましても。単身で城に潜入してこいって言ってるんですか?』
『そうだ。君なら出来るだろう』
『……フロムさん、ここ数年でわたしをもしものときに1発で片を付けるチートアイテムみたいに使い始めたの、やめてもらえませんか』
『良いではないか。君の主人の野望にもつながることであるし、これが一番早いのは事実だ。リーフは抵抗を続けている小国を一気に攻め落としている最中であるし、君にしか頼めんのだよ』
『はぁ……分かりました。報酬は……那由多の研究資金増額してあげてください』
『相変わらず物欲のない女だな。いいだろう』
最後の門の前にようやくたどり着き、わたしはため息をつく。
「……もしかして、こういうことを『出来てしまう』から頼まれるんですかね」
ふと、ちょっと手を抜いてみようかという思いがよぎったが……ダメだな、それではノア様が舐められる。
「まったく、難儀なことです。《消却》」
気配殺しを解除し、消去の魔法で門を消して中に入る。
内部には20人余りの人間が警戒していたが、流石に今の状況を飲み込めないようで目を白黒させていた。
「なっ……」
「ダイナミックにお邪魔します。ファルマの王は……あああちらの方ですね。不躾な訪問であることをお詫び申し上げます。では早速」
わたしが言いかけると、2人の男がわたしに飛び掛かってきた。
赤と青の髪。話にあった王国の双剣、帝国で言うところの皇衛四傑か。
「《死》」
わたしの魔法に2人は一瞬ぐらついた―――が、踏ん張った。
流石にこのレベルになると効きづらいか。
「《火炎放射》」
「《水圧打撃》!」
双方から襲い掛かってきた魔法。
リーフに会ったばかりの辺りのわたしなら、1人相手でも苦戦必至だっただろう。
だが今は違う。
その未来はもう見えている。
「《時間停止》」
炎熱の音、激流の音、全てが止まった。
「なっ……」
「貴様!」
しかし流石は歴戦の2強だ。それを見るや否や、武器を持ってわたしに襲い掛かってきた。
だがそれは悪手。
「《位置逆行》」
事前に編んでおいた、自分の座標を過去に戻す魔法で移動。
わたしを襲った武器が空を切ったのを見計らい、時間停止を解除。
「ぐあっ!」
「セイド!!」
1人がギリギリで脱出したが、ジャンプしていた方が反応が遅れて直撃した。
それを見逃さず、空間を歪めて相手と至近距離に接続、一瞬で背後に回って肩に触れる。
「このっ」
「《死》」
高位魔法直撃直後の弱った状態で、更に接触して直接魔力を注ぎ込んだ。
流石に耐えきれなかった男は、その場で崩れ落ちて絶命する。
「この女あああああ!!」
怒り狂った声を出したもう片方が、炎の槍をこちらに投擲してきた。
「《魔法解除》」
大抵の人間はこれで焼き払えるのだろうが、わたし相手ではそうもいかない。
余裕を持って消し、驚愕した顔の男の前に再びワープ、勢いよく顔面に拳を叩きこむ。
「がっ……」
遠距離タイプだと思っていたらしい相手は反応が遅れ、受け身こそとったものの浅くないダメージを負った。
だがそれでも、すぐに立ち直って火炎を無数に投擲してくる。良い精神力だ、戦力に欲しいくらいだが。
「《黒大楯》」
生憎今日の目的は殲滅だ。
「《炎熱……」
「《時間停止》」
時間停止を対象そのものにかけ、動きを停止させた。
魔力と質量的に10秒もあれば動けるだろうが、その10秒は致命以外の何物でもない。
「《収束する終わり》」
あらかじめ魔法を放っておき、10秒ジャストで到達するように仕込んでおけば。
「!?ぐあ、がっ……」
これで厄介な敵は殺した。
「ば、馬鹿な……」
王は唖然とし、横にいた王妃や王子らしき人物も口をパクパクさせていた。
今の男たちの強さに余程の信頼があったのだろう。しかし悲しきかな、この程度じゃ今の帝国は止められない。
どのみちこういう運命、それがわたしによって少し早まっただけだ。
「《蒔かれる終わり》」
魔法を仕込み、通信魔道具を握って後ろを向く。
「な、何を」
その魔法が炸裂したのと同時に、魔道具の相手が出た。
『クロ?』
「はい。ただいまファルマ王国での作戦が終了いたしました。王の首でも吊るしておけば、戦意喪失は必死かと」
『貴方にしてはちょっと遅かったわね。もう10分早く終わると思ってたわ』
「申し訳ございません。少々道に迷ったのと、思ったより面倒なのが2人ほどいたもので」
『そう。まあ問題はないわ、ご苦労様。ルシアスを迎えに行かせるわね』
「お願い致します」
さて、吊るすためのロープ……は、いいか。ルシアスにやらせよう。