第410話 最後の敵
「話が早くて助かるわ。期間はそうねー、何年って感じで決められるものでもないしねー……」
「それ以前に、貴方が約束の期間を守るかどうかが怪しいですが」
「あら酷い。こう見えてもワタシ、約束は守る女よ?」
「ノア様、言霊魔法で縛れませんか?」
「やっておく」
「お願い致します」
口約束で、この女が取り決めを遵守するとは思えない。
ノア様のためなら名誉も地位もどうだっていい女だ。破ることにデメリットがない。
だが言霊魔法の「口約束を絶対遵守させる」魔法を使えば、それも可能だ。
「ちぇー」
「なにがちぇーよ。そう来ることくらい分かってたでしょう?」
「そうだけどぉ。ノアちゃんはちっともワタシを信用してくれなくなっちゃったなって」
「当たり前でしょうが。1000年前から、信用や信頼なんてとっくの昔に無に等しくなったわよ」
「でしょうねぇー」
心底残念そうに、しかしどこか納得したように、ルクシアはノア様を1点に見つめながらため息をついた。
……信用されてない自覚はあったのか。盲目すぎて分かってないと思っていた。
「で、期間は?」
「うーーーーん」
具体的な期間を決めておかないと、揚げ足取られて付け入られる。
仮に「10年」と定めたとしても、「いつから10年」と定めていなければ期間を向こうがコントロール出来てしまう。
一切意思が介入できないよう、細心の注意を払わなければ。
「あ、そうだ」
何かを思いついたらしいルクシアは、ポンと手を付き。
「ノアちゃんが世界征服するまで、っていうのはどう?」
「なるほどね」
……そう来たか。
「なんか、意外だな。あんたは姫さんの野望にゃ反対なのかと思ってた」
そう言ったのは、今まで空気を読んでいたのか沈黙していたルシアスだ。
「そういう訳じゃないかなぁ。ワタシの夢と相容れないってだけで、ノアちゃんのことは尊重してあげたいって思ってるのよ?」
この女の語る「夢」は、ノア様の身も心も全てを手に入れることだからな。そこには一方的な主従関係がある。
「世界で最も偉い地位を得る」と思っているノア様とは、どう足掻いても両立しない。
それがこの女がわたしたちの不倶戴天の敵たる、最大の理由だ。
「だから、一瞬だけその頂点の景色を見せてあげる。一瞬だけね?その後はぁ……でゅふっ♡」
「キモい。臭い。死ね」
「待ってノアちゃん、キモいと死ねはいいけど臭いは傷つく」
どうやら本気で傷ついたらしいルクシアは、胸を抑えて俯いた。
「ねえケーラ、大丈夫よね?ワタシ臭くないよね?」
「はい、問題ございません。今朝振ったマリーゴールドの香水の香りがします」
「まさかノアマリー様のマリーがつくからじゃないよね?」
「絶対そうですわ。私にはわかります」
「……おいオトハ、お前マリーゴールドの匂いしねえか?」
「ルシアス、シャラップ」
「クロ、なんで私を好く女はこんな変態ばかりなの?」
「業かと」
そういえばオトハの机に香水があったな。
彼女も普通の女の子のようなことを気にするものだなと微笑ましく思っていたんだけど、あれはそういうことだったか。
今更その程度で驚きも引きもしないが、あとで取り換えておこう。
「それで、何をもって私が世界征服したと判別するわけ?」
「スンスン……」
「大丈夫ですってご主人様。ただの口撃ですから」
「仮に何かがにおったとしても、絶対ホルンの死体臭なので大丈夫ですお姉様!」
「ああん!?」
ああん!?
「永和がそんな匂いするわけないでしょうが!いつも野原のような爽やかな香りです!」
「お前まで参戦するな」
「だよね~久音♡一緒にこのクソツインテぶっ殺そう!」
「やあってみなさいよお!存在ごとリセットしてやるわ!!」
「うおああっぶねええ!?転生特典は反則だろぉ!」
「クロ、お前も構えんな!おいリーフ手伝え!」
「懇願、貴方だけは常識的でいて!」
あの女、永和を馬鹿にしたな!
わたしの目の前でこの子の悪口とはいい度胸だ、ぶっ飛ばしてやる!
「……ステア」
「え?」
「やって」
「でも、お嬢。相手、クロ。オトハじゃ、ない」
「もうしかたないでしょこれ」
「……《神経寄生》」
「ぐえっ」
『おぶっ』
わたしの身体は唐突に自分の意思で動かせなくなり、いきなり椅子に座らせられた。頭の中では同じく困惑するスイの声が。
わ、わたしがステアに魔法をかけられる日が来るとは。
「クロ、ステイ」
「……はい」
「で、質問に答えて」
「ああ、うん。何をもって、かあ……じゃあノアちゃんが宣言したらっていうのは?」
「私が何も言わなければずっと休戦できるじゃない。それでいいわけ?」
「うん。だってそんなことしないでしょう?ノアちゃんは。自分の思い通りになる世界を手に入れたのに、思い通りにならない私たちは邪魔だものね?」
「………」
「だからノアちゃんが『私が世界の王様だー』って言ったら、その時にまた来るね。―――ノアちゃんの、最後の敵として」
「……はっ。1000年経っても、執念深さも気色悪さも、何もかも変わらない。ある意味ナユタより厄介だわ」
「ふふふっ。負けないように頑張るんだよ?もしその時にノアちゃんが負けちゃったら、世界がどうなるかわからないもの♪」