第409話 双方の思惑
「……クロ、時間は?」
「あと10秒です。本当に来るでしょうか」
「あの女は正午以降なら約束の時間を破ることはないわ。どうせ本当に時間ピッタリに来るわよ」
ノア様が苦々しい顔をしてそう言った直後。
「ノアちゃん、久しぶり。会えてうれしいわ」
「私は欠片も嬉しくないけどね」
始めからそこにいたかのように、彼女たちが移動してきた。
おそらくリンクの伸縮魔法による距離短縮か。相変わらず便利な力だ。
「けど意外だわ、どうせ飛びついてくるだろうと身構えていたのに」
「ふふっ、ワタシだって時と場合くらいは考えるわ。今後のワタシたちの関係について語る大事な日なのにそんな―――」
「久音~!」
「永和、2週間ぶりですね。元気でしたか?身体は壊していませんか?」
「だいじょぶ!」
「それはよかった」
「「………」」
邂逅して早くもわたしに飛びついてきた永和を抱きしめてあげると、嬉しそうな顔ですりすりしてきた。可愛い。
そのまま抱きしめたが―――なんだろう、周りの目がおかしいような?
「どうかしましたか?」
「いや……一応今日は敵としての関係をどうするかって時なんだけど」
「ホルン、離れなさい。ワタシすらセーブしてるのよ?」
「ええ~」
「ええ~じゃないの!」
渋々といった感じで、永和が離れてしまった。
「クロ、貴方も残念そうな顔をしない!」
「……はい」
「不貞腐れないの!」
せっかく癒されていたのに。
「……とにかく中入って」
「あ、うん」
まあいい、今は気を引き締めるか。
なにせ、あのルクシアとの会合だ。
***
あらかじめ用意しておいた会議室は、円を半分にした形状の机が2つあり、それを離して設置してある。
集まったメンバーは、ノア様のサイドからはリーフを含む側近全員。
向こうも同じく、ルクシアと側近全員。
那由多やフロムには今回は遠慮してもらった。話がややこしくなる。
「じゃあ、始めましょうか?」
「そうだねー」
改めてよく見ると、なんて人畜無害そうな姿をしているのか。
ぽやぽやした雰囲気におしとやかそうな顔立ち、そして青色の髪。とても那由多が魔法を失った今、世界最強へと返り咲いた女とは思えない。
だが実際、わたしたちはこの女に全滅させられそうになり、ずっとその存在を意識せざるを得なかった。
こうして話し合う場を設けられたのは奇跡に近い。
「ふー……ふー……」
「……ステア、気持ちは分かりますが暴れないでくださいね」
「……努力、する」
特にステアを説得するのに随分苦労した。
細胞の一片に至るまでルクシアの存在を許せないと、誰よりも思っている子だ。仕方ないことではあるが。
「そちらから話し合いを持ちかけられるのは想定していたけど、何か要求でもあるんでしょう?まどろっこしいのは嫌いだからさっさと言って」
「ふふっ、変なところでせっかちさんなのは変わってないねえ。じゃあ単刀直入に。……実はね、少しの間休戦できないかなーって思ってて」
私が淹れたお茶を一気に飲み干して息を吐き、ノア様はルクシアを睨んだ。
「勝手な言い分ね。そっちが私を狙ってくるから応戦してるだけなのに、その騒動の元凶の貴方が休戦?何様のつもりよ」
「それを言われると言い返しにくいんだけどねー。勿論、ずっとそのままのつもりはないよ。必ずノアちゃんはワタシのものにする。それは変わらないから安心して?」
「なんでそれが私の安心材料だと思ったの?ぶっ殺すわよマジで」
「あ~あ、またそんな言葉遣いしちゃって」
「……クロ、私もう疲れた。パス」
「えっ!?」
早くないか!?
わたし、まだ傍観者の気分だったのに。
「え、あ~……とりあえず、そう思うにあたった経緯を聞いても?」
「ノアちゃんが良いんだけど……まあ話進まないし仕方ないか」
「話が進まないように話してるのは貴方ですけどね」
「あはは」
「別に面白いこと言ったつもりはないんですが」
話が進まん。
永和を見て癒されよう。……あ、小さく手を振っている。可愛いな。
「でも聞いてほしいんだけど、この話は貴方たちにもメリットがあると思わない?」
「と、いいますと」
「当の本人であるワタシが言うのもあれだけど、今までは着実に侵略行為を行っていたとしても、ワタシの侵攻の可能性を考慮しながらでないといけなかったわけでしょう?けどワタシがそれをしないって言ったら?」
「……まあ、幾分か楽にはなるでしょうね。しかしどういう心境の変化です?まさか、那由多相手に共闘して戦友のような感情が芽生えた、とか気色の悪いことを言うつもりではありませんよね」
「言わない言わない。あの時、あともう少しでも体力と魔力が残ってれば、さっさとノアちゃん以外皆殺しにでもしちゃおうかなーって思ってたくらいだもの」
「ノア様、やっぱりこの人ここで仕留めましょう」
「そうね」
「ま、待って?冗談だから。ね?」
なんて危ない女だ、本当に永和をこれの傍に置いていていいのか?
もう一度こっちに来る気がないか、後で永和に話そう。
「色々と状況が変わっちゃったからねー。今この場で、貴方たちをワタシが殺すことは出来るけど……」
「………」
「こんな感じで、それやるとワタシのこと裏切っちゃう子がいるのよね。だから最低でもクロさんは生かして捕らえる必要があるんだけど……今の彼女の力量だと、ワタシが本気でやったとしても難しいのよね、それ」
「今のクロは、闇魔法と時間魔法をノータイムで切り替えて運用できる。闇と光は打ち消し合うし、時間に氷は通用しにくい。力量の違いはあれど、相性は最悪ね」
「加えて、ノアちゃんに言霊魔法が渡っちゃったのがねー……那由多ほど使いこなすのは不可能としても、どこからどこまで出来るのかが把握できない以上、今挑みたくはないのよ」
以前戦った時と比べて、わたし、ノア様、ルシアスの3人の実力は飛躍的に上昇している。
加えて才能の塊のリーフも日を重ねるごとに強くなり、双子も同様だ。ステアは言わずもがな。
ただ、向こうもそれは同じことが言える。
実力を隠していた―――今どういう精神状態なのか見当つかないが―――メロッタを筆頭に、転生者であるリンク、更には土を死体と無理やり定義して自在に操るという恐ろしくも素晴らしい魔法を開発した永和もいる。
ぶつかり合った時、どちらが勝つかは完全に分からない。だが、双方の火力が上がった分、受ける被害も大きくなる。もう一度本気でぶつかり合って、誰も死なずに完全勝利というのは非常に難しい。
だが、ノア様もルクシアもその完全勝利を目指している以上、双方に未知が多い状態でぶつかり合うのは得策ではない。それはわたしでも理解できる。
フロムは納得しないかもしれないが、そこは上手くリーフを交えて抑えるしかないかもしれない。
「いかがいたしますか、ノア様」
「分かるでしょ?」
「はい、まあ。……分かりました、その話お受けいたします。具体的な休戦期間等を取り決めなければならないため、このまま話に移っても?」