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第407話 ラブレター

「なんでここにいるんですか」

「私の仕事はここにいても出来るものでしたので、少しお邪魔していますわ」


 まあ、オトハにはたしかに、毒の調合やら書類やらを任せてはいたが……。


「色々ツッコミ所はありますが、とりあえず『先生』ってなんですか」

「優れた知識を教えてくれる方にはそう付けるべきと判断したのですが、なにか違いました?」

「違いませんが……」


 違わないけども。


「あははは、混乱してるね。オトハは毒の調合で行き詰まって、私に相談してきたんだよ。それでこの1週間、時間を見つけて色々教えてたんだ」

「教えてたって、例えば何を?」

「久音だと曖昧だった化学の知識、元素、あらゆる毒の最適な調合、致死量、かつての世界の毒ガス兵器、その他もろもろ。要領が良くて教えやすいからついね」


 …………。


『これ、いいの?』

『まあ……戦力という意味ではいいですが』


 わたしがオトハに教えた知識は、那由多の言う通り曖昧で、しかも中学の途中で止まっている程度の簡単なものだ。

 記憶を全て思い出した今でも、教えられることはほとんど変わらない。そういう意味では、恐らくあの世界の全ての化学知識が頭に詰まっている那由多ほど、オトハに知識を授けるに適した人はいない。

 今までなんとなくで使っていた毒や薬が、理論と式によって最適化され、強化される。しかもバリエーションも増える。いい事づくめだ。


 ……だが、知識を渡した先がオトハというのが気になる。

 この子は優秀だ。頭の回転が早くて、機転も利く。

 しかしその優秀さと機転は、ノア様が絡むと急に馬鹿になる。


「……ふひっ」

「!?」


 ほら、今の笑い方!

 絶対ろくな事を考えていない。


「ところで先生、そろそろ教えて頂けませんの?例の薬を」

「あー……いいかもね、そろそろ」

「本当ですの!?」


 ダメだ、嫌な予感しかしない。


「一応聞きますが、例の薬とは」

「……クロさんには関係ないものですわ」

「怒らないから言いなさい」

「嫌です」

「那由多」

「一応口止めされてるんだけどなあ」

「ぎゅーってするので」

「本当に効く媚薬を教えてくれって」

「ちょっ!?なんでハグくらいで言っちゃ痛ったあいっ!」


 わたしはオトハの頭をグーで殴った。


「なにを洒落にならないもの作ろうとしてるんですか!」

「だってだって!もうそれくらいしないとお嬢様が私に靡いてくれないんですもの!」

「そんなに好きなら自分の魅力で勝負を仕掛けてください!オウランを見習いなさい!」

「あれはあれで砕け散るのが確定してるではないですの!」

「たしかにそうですけど!」

「酷い言いようだな君たち」


 今までもオトハは、媚薬を作るんだなんだと言って色々とノア様に盛ろうとしていた。

 だが、媚薬なんてものは物語上のものだ。わたしは詳しくないが、あくまでそういう行為に及ぶきっかけになる程度のものでしかないのは分かる。

 だが、今度のは違う。なにせ「那由多が」教えるものだ。おっそろしく効果があるとしか思えない。


「はぁ〜……」

「大変だね久音」

「今回は何割か貴方のせいですよ」


 他人事のように言って近づいてくる那由多を抱きしめた。

 嬉しそうで何より。


「なに、してるの?」

「ステア、聞いてください。オトハがとんでもない事を画策していまして……いややっぱり聞かないでください、あなたにはまだ早い」

「私、もう、大人」

「そんなことはありません。その辺の性事情はいつか教えなければなりませんが、少なくとも……なんでここにいるんですステア」

「ナユタに、色々、教わりに、来た」


 この子もか……。


「おおステアちゃん、前に出した問題の話?」

「最後以外、解けた」

「早いな、まだ5日なのに」


 なんか問題出してもらってる。

 よく見るとステアの目はキラキラと光っていた。知的好奇心が刺激されているのか、難しい問題に挑むのが楽しいのか、両方か。


「最後の、分からない」

「あははは、数日でわかる問題じゃないからね」

「何年も、かかるかも」

「むしろ生きてるうちに分かればとんでもないよ。ヒントが欲しかったら言うといい」

「いらない」

「そりゃそうか」

「いやちょっと待ってください、ステアが一生のうちに分かれば僥倖ってどんな問題ですか」

「3以上の自然数nに対して、x^n + y^n = z^n となる自然数の組は存在しないことを証明するって問題」

「ギリ問題文の意味は理解できますが、そんなに難しいんですか?」

「17世紀、数論の父と呼ばれた男フェルマーが提唱して以降、1995年まで実に300年以上誰も解けなかった難問だよ」

「……解けたらもう怖いですね」


 なんてものを解かせようとしてるのか。


「歓談中申し訳ないが、そろそろ案内してくれないかね」

「これは失礼。じゃあ行こうか」

「ですね。オトハとステアはどうします?」

「ではご一緒しますわ」

「行く」


 オトハと引っ付いてきたステアを連れて、研究所内を回り。

 そのたった1週間での変わりように、フロムが百面相をしていた。




 ***




「ノア様、いらっしゃいますか?」

「…………」

「ノア様?」

「ああクロ、おかえり」

「ただいま戻りました」


 大書庫に戻ると、そこにはノア様とリーフが向かい合って座っていた。

 2人に挟まれた机の上には、謎の分厚いピンク色の封筒が置いてある。


「ナユタはどうだった?」

「随分と研究所の職員に慕われてました。私物化も進んでいたような気がしますが」

「……あいつならそれくらいやるでしょうね」

「苦言、歴史ある帝国の技術研究機関を侵食しないでもらいたい」

「那由多を解放した時点で、起こるべくして起きたことと割り切るしかないと思います」

「……嘆息。君は親友に甘すぎる」

「親友を特別扱いするのは当然です。……それより、それなんですか?」

「ああ」


 ノア様は苦々しい顔をしながら、封筒をわたしに投げて寄越した。

 裏側を見てみると、そこには。


「……『親愛どころではなく大好きな、可愛い美しいノアちゃんへ。貴方の永遠の恋人、ルクシアより』」


 つい反射的に破りたくなる衝動をどうにか抑えた。


「ルクシアからの手紙ですか」

「みたいね」

「中は?」

「見てない」

「見ないんですか?」

「どうせ9割はクソくだらないラブレターだもの。クロ、ちょっと要点だけ見てくれない?」

「ええ……」

「リーフはやってくれないのよ」

「御免」


 わたしだって御免だが……主の頼みでは仕方ない。

 何が来てもいいように深呼吸で心を落ち着け、恐る恐る手紙を取り出す。

 そこにはおそらく100枚はあろうかという紙が入っており。

 目を落とすと―――。



『大好きな大好きなノアちゃんへ


 お元気でしょうか。ワタシはしばらくノアちゃんに会っていないことで心がはりさけそうです。少しだけ会っちゃったからなんか尚更愛情が爆発したというかさ、ね。最近は等身大ノアちゃん人形もちょっとくたびれてきちゃって、新しいものを作ろうかと画策してるの。え、なんでくたびれたのかって?やだ〜も〜ノアちゃんったらぁ!それは勿論、毎晩』



 わたしは前半の10枚をまとめて破いた。

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