第405話 魂の分離
わたしとスイの付き合いも、なんだかんだそこそこだ。
時間としては大した長さではないが、24時間身体を共有し続けているのだ。他人よりも繋がりは濃く感じる。
気が合わないところもあるが、今じゃもうこの状態に慣れてきていた。
「分離する……?」
『どういう……』
だが那由多は、それを良しとしないようにわたしたちを分けると言った。
「誤解しないで欲しいけど、久音の身体にスイピアが入ってること自体が嫌なわけではない。……まあそれもちょっとあるか」
『ひうっ』
「あるんですか」
那由多にとってわたしの身体は、1000年以上かけて産み落とされた、待ち望み続けたもの。
そこにスイが入ってるとなれば面白くないというのも分かる。けど、那由多の目的はおそらく別だ。
「一番の理由は、その状態が少々危険だってことだよ」
「危険?一応今までは何も問題ありませんでしたが」
「今はね。けど長期的に見るとヤバい。最たるものは寿命だ」
「え、寿命?」
「1つの身体に2つの魂を宿すっていうのは、君たちが思っている以上に身体に負担をかけるはずだ。ざっと計算してみたけど―――今、久音の身体は常人の1.78倍の速度で成長している」
「!?」
どんな計算式なのかとか、そもそも魂に計算も何もあるのかとか、そんなことを那由多に聞くのは不毛だ。
それよりも、わたしの身体がそんなことに?
いや、2人分生きていると考えればむしろ少ないのか?
ダメだ、わたしでは理解しきれない。
「今は『成長』と言える段階だけど、これが『劣化』、つまりある程度歳を経た後の身体の不調段階に入ると、老化速度はより上がるはずだ。故に2人を早めに分離しないと、この場の誰よりも久音とスイピアの寿命が尽きる」
数秒の沈黙。
その後に口を開いたのは。
「……どれくらいで、2人は、寿命、迎える?」
知的好奇心か、あるいはわたしたちの心配か。
ステアがそう聞くと、那由多は深刻な顔で答えた。
「久音の身体の老化状況が分からないから、詳しいところまでは分からないけど……26〜28年ってところかな」
「てことはクロさんが今17歳だから……」
「このままだと40代半ばでお亡くなりに!?」
「おおぅ……」
この世界は戦争が絶えず、疫病の対策なども科学の遅れによって進んでないから、前の世界に比べて平均寿命は短い。
が、にしても何にも脅かされなければ70前後までは生きられるはずだ。それが30年近く削られるのは流石に嫌だな。
『スイ、時間魔法でどうにかする方法は?』
『それが出来るなら、わざわざ1000年前に魂だけになってないよ……』
『そうですよね』
しかし、引き離すとなると色々問題がある。そもそもそれが出来ないからわたしたちはこんな状態になったわけで。
「仮にスイをクロの身体から分離したとして、スイの魂はどうする気?まさかそのままほっとくなんて言わないわよね」
浮かんだ疑問をノア様が代弁してくれる。
すると那由多はため息をついて答えた。
「だから、そうならないために研究所を貸してくれって交渉してんだよ」
「と、いうと?」
「スイピアを生かす方法は簡単だ」
那由多はピッと人差し指を立てて。
「クローンを作る」
「くろーん?」
「ええっ!?」
案の定、とんでもない提案をしてきた。
クローンって、あのクローン?
「あの、DNAからなんやかんやしてその人のコピーを作るあの……?」
「そう、そのクローン」
「ええ……」
いや、あの那由多だ。それくらいはやるか。
「おい異世界組、2人で完結しなでくれ。なんだクローンって。なんだコピーって」
「端的に説明すれば、生物の身体の一部さえあれば、同じ遺伝子組成を持つ同一個体を作れる」
「はあん……?」
「分かりやすく言えば、君の髪の毛1本あればもう1人君を生み出せるってことだ」
「はあん!?」
かつての世界の科学技術、その全てを記憶し理解している那由多なら、理屈上は出来るんだろうが……。
「出来るんですか?この世界で」
「まあ、多分?」
「多分て」
「やったことがないから言い切れはしないんだよ。久音も分かってると思うけど、この世界と元の世界の人間は、身体の組成が微妙に違うの」
「まあ……前の世界は魔法なんてありませんでしたからね。魔力回路や生まれつき備わった属性術式とか、色々ついてるのは分かります」
「うん。で、その色々がついてるせいで、面倒なこともあるんだ」
「それは?」
「魂だ」
魂。
知ってはいる。永和が魔法で操るし、前の世界でも概念としては存在していた。
存在証明は前の世界では成されていなかった……が、この世界では明確に存在している。
「この世界の人間の組成は、前の世界よりも100倍以上、魂との結びつきが強いんだよ」
「ほう」
「前の世界ならさ、呼吸も心臓も止まってる状態でも蘇生の可能性は一応あったんだ。だからAEDとかがあったわけだし」
「え、ないんですかこの世界」
「ない。一瞬でも身体が死んだ状態になると、魂が死を判定して身体から抜けちゃうから。だからそもそも『蘇生』というのが死者を生き返らせる物語上の神技という意味しかないのさ」
「へぇ」
いくら人間という種が同じでも、世界が違えば細かい部分が変わってくるわけだ。
「故に、この世界の人間は魂がないと動かない。そして、魂を作り出すのは死霊魔術師ではない私には不可能。故にこの世界でクローンを作った場合は、魂のない人形になると推測される」
「てことは、そこにスイの魂を入れることが出来れば……」
「自分の身体のコピーだ、適合もなにもない。問題なく動けるはずだ」
「でも、その遺伝子情報はどうするんです?わたしのを使っても構いませんが」
「いや、こっちを使う」
そう言って那由多が取り出したのは、小さな試験管だった。
中にはよく見ると髪の毛が入っていた。色は……銀?
『……あれ、まさか』
「もしかして、1000年前のスイの髪ですか?」
「そ。手に入れるのは苦労したよ、前の世界と違ってこの世界の住民は意図的じゃない限り髪が抜けないから」
『い、いつの間に!?』
戦っている時に切るなり抜くなりしたんだろうな。
これは推測だけど、万一スイが途中で死んだ時用に、クローンを生み出せるように用意したんだと思う。
その過程があったから、クローンと魂について正確に理解していたってとこかな。
「これがあればスイピアの身体を培養出来る。そこに永和を呼んで魂を分離してクローンに入れてもらえば、理論上は分離可能なはずだ」
「ホルンを呼ぶ気?ルクシアがあいつに指示してスイを殺す可能性もあるじゃない」
「やらないよ、永和は」
「何故?」
「そんなことしたら久音に嫌われるかもしれないから」
「そうですね」
永和が最も恐れていることだ。そんなことをするとは思えない。
「どう?」
「……クロとスイの寿命を縮めてるとなれば、無視出来ないわ。フロム、私からもお願い出来る?」
「うーむ……しかし……」
「ロボットの完成は本当だ。なんなら再現出来ていないであろう、本家本元の強化装甲を再現してもいい」
「ふむ……」
フロムは頭を悩ませるように首を傾げ。
やがて、ゆっくりと頷いた。