第404話 フロムへの報告
「では、ことの顛末を聞こうか」
神妙な顔で腕を組むのは、ディオティリオ帝国の事実上現トップ、炎魔術師フロム・エリュトロン。
「あー……何から話せばいいかしらね」
珍しくばつが悪そうな顔で言い悩んでいるのは、わたしの主にして光・言霊魔術師ノアマリー・ティアライト様。
「別に、順をおって話せばいいんじゃない」
興味なさげに爪をいじっているのは、今回の問題の中心的存在でありわたしの親友、春秋 那由多。
フロムとわたしたち側近がこの場には揃っているが、今回話さなければならないのは間違いなくこの3人だろう。
なにせ、色々あった。わたしたちはあれから2日ほど開け、泥のように眠り疲れを癒し、ようやくフロムにその「色々」を話すためにこの会合を設けたのだ。
「あー、それは勿論聞きたいことは山ほどあるのだが……まず1つ聞かせてくれ」
「何かしら」
「そちらの白い髪のお嬢さんは誰だね?」
「……どっから話すかしらね」
「そこでも言い淀むのか……」
ノア様は頭を悩ませている。
しかし、考えてみよう。本来わたしたちは、ルクシアとその一派と決着をつけるために、あの島へと向かったのだ。
ところが蓋を開けてみれば。
わたしとスイと永和が地下へと落下、それで互いが休戦してわたしたちの捜索に。
一方わたしと永和は互いを思い出せないままに手を組み、そのまま最深部へ。
そこで那由多と再会し記憶を取り戻してハッピーかと思えば、ノア様ルクシア那由多の因縁が明らかになり。
わたしとノア様が交戦後和解、永和もリンクと戦って同じように。
意思を伝えに行ったらメロッタはスパイで那由多は最強でしかもボタンが大ピンチ。
でもステアが頑張ってくれて那由多を弱らせ、なんとリンクは転生者。
その後も切り札を切りまくって追い詰めてなんとか那由多を打倒、説得で那由多と戦わなくてよくなったと思ったらノア様に言霊魔法が渡される。
……うん。
こう表現しては何だが、ルクシア討伐だけだったはずの話が、1500年の計画と1000年越しの因縁まで混じった大事件へと発展していたのだ。
たしかに那由多のこと1つ話すだけでもどこから手を付けるべきか分からないな。
「リーフ、端的に言ってくれんか。彼女は何者か」
「回答、クロの親友でノアの仇敵、そして史上最強の魔術師のナユタ」
「……うむ、分からん」
「でしょう。だから頑張って言語化するからちょっと待って」
「こんなことで余計な時間を使わないでほしいね。私が説明しようか」
「なんで今回の黒幕とも言うべきあなたが自ら説明なんて意味わからない状況にしなきゃいけないのよ」
「黒幕とは心外な。私はお前たちに奪われた2人を取り戻そうと躍起になっただけで、最初に話をややこしくしたのはお前とルクシアだ」
「そもそも1000年前、貴方がもう少し手段を選んでればよかったでしょう。ややこしくしたのはどっちよ」
「はぁー、これだから支配中毒の愚か者は。私は」
「ええいやめろ!ワシが分からん話を分からんやつとした挙句に喧嘩までするな!話が進まん!」
ド正論出た。
「……とりあえず、待つ。待つから話をまとめてくれ」
「つか、ステアに情報送ってもらえばいいんじゃねえのか?」
「その場合、那由多との戦いで自分が脳に受けたダメージまで共有してしまう危険性があるので、推奨しないとのことです。リセットされたとはいえ、その時の苦痛は覚えているから無意識で転送してしまうかもしれないとか」
「ステア君がそれほどのダメージを負うとは本当に何があったんだ……」
そしてノア様は、その身に起こった出来事をたっぷり1時間かけて語った。
途中、スギノキの事情をオトハとオウランが交えたりもして、出来るだけ詳細に。
「……なるほど」
「てわけで、ルクシアたちは仕留められなかったわ」
フロムは複雑そうな顔で、わたしと那由多を交互に見た。
何を考えているのかは大体わかるが、ここでそれを言語化すると少々まずいこともわかる。ここは黙秘だ。
「一度共闘したからといって、このままルクシアを仲間として迎え入れるという話ではあるまいな?」
「ないから安心なさい。しばらく不干渉くらいはあるかもしれないけど、あの女と手組むのは私だってもうごめんだわ」
「それを聞いて安心した。ならばワシから言うことはないな」
フロムはため息をつき、天を仰いだ。
一気に話を聞いて疲れたか、話の内容に辟易としたか。
いや、両方か。
「ルクシアたちの足取りは」
「分からないけど、向こうは私たちの居場所を知っているしいずれコンタクトを取るでしょう。どうせ―――」
ノア様はわたしをチラリと見た。
「親友3人組が会いたい会いたいと駄々こねるし」
「否定はしません」
「まあね」
「ちょっとは立場考えなさいよ……敵同士よ……」
「それ以前に親友なので」
ノア様に大きくため息をつかせてしまったが、これは譲れない。
永和はたしかに、このディオティリオ帝国を立て直し不可直前まで追い込んだ悪党であり、わたしたちにとっては敵方だが、今となっては大切で可愛い、かけがえのない存在だ。
敵対なんてありえない。殺すなんてもってのほか。
そんなことをするくらいならわたしが死ぬ。
「こんなに頭を抱えている君は初めて見たな」
「告白、那由多と会ってからずっとこんな感じ。正確にはクロが親友を選びかけた辺りから」
「ああ、それでずっと不機嫌なのか君は。主人第一主義であったクロ殿が急に目移りするもので面白くないのだな」
「あ、そういうことか?」
ピクリとノア様の身体が動いた。
いや、そんなことは無いと思うんだけど。わたしが親友と楽しく会話している程度で嫉妬するような人ではないと思うんだが。
『あー……そういえば君がナユタと話してる時、横から視線が痛かった気がしたんだけどもしかして』
『え?』
―――ボキッ。
妙な音につられて全員が一方向を見た。
音の発生源は、ノア様の手。割と硬い部類のはずのペンを握りつぶした音だった。
「…………なに?」
「あ、いえ、なんでもないです」
ドスの利いた声に全員が押し黙る。
笑顔が更に怖さに拍車をかけていた。
「とにかく、近日中に多分向こうからコンタクトがあるわ。それまでは全神国の現況調査を中心として進めるつもり」
「な、成程。了解した」
「私たち側から話せることはなくなったけど、そっちは?」
「特には……と、いや。少しの間リーフをこちらに返してくれ。体制も整いつつあり、再び他国侵略を開始する予定でな。その先陣を頼みたい」
「いいわ」
「了承。がんばる」
「他に、誰か何かある?」
ノア様はそう聞くが、別に何も―――。
いや、手上がった。那由多だった。
「……なに?」
「いや、相談なんだけどフロム」
「ワシにか?なんだ」
「単刀直入に。取引しよう。こっちの要求は、少し帝国の技術が集中する研究所の運用権を貸してほしい」
「馬鹿を言うな、同盟を組んでいる相手とはいえそうやすやすとみせられるものではない」
「だから取引だって言うんだ。もし飲んでくれるなら、帝国で研究しているテスラのロボット兵、あれの最大効率運用の方法と設計書、更に量産体制まで整えて完璧に仕上げてあげる」
「……なんだと?」
フロムは一蹴しようとしたが、直後に食いついた。
ロボット兵というのは、二コラ・テスラ謹製の、例のアルスシールからわたしが持ってきたあれのことだろう。
たしかにあれの火力と硬さは凄まじい。それが那由多の力で強化された上で大量に作られるとなれば、わたしたちならいざ知らず、並の戦争なら投入するだけでヌルゲーになる。ノーリスクハイリターンの出来上がりだ。
だが那由多の意図が分からない。研究所を使わせてほしい?
「それに、使わせてほしいと言っても1度だけだ。自分で研究材料を揃えているとどうしても時間がかかるから、その手間を省きたい」
「何に使う気?」
―――それから那由多の口から飛び出したのは、とんでもない一言だった。
「久音とスイピアを分離する」