第403話 最高の結果
食事をしてから数時間、スギノキ全体の政を司る由緒正しき機関であるこの神皇の塔では、実にまったりとした時間が流れていた。
「はふ〜……オトハぁ、飲み物取っとくれぇ〜」
「これですの〜?」
「いやそっちじゃない……お主の足元にあるやつ……それじゃあ〜」
「…………」
人目がないのをいいことに、盛大にだらける一国のトップとその友人の、何ともだらけきった姿がそこにあった。
力を抜く場面ではしっかりと抜く、たしかに多忙な2人にとっては合理的な姿なのだろうが。
「はい、だらけタイム終わりです終わり。オトハ、もう帰りますよ」
生憎、その時間は終わりだ。
そろそろ帰らないと、居残った人達が心配になる。なにせわたしもオウランも今こっちにいるのだ。
「うえぇ〜?もうですの……?」
「もうです」
「もう帰るのかぁ……?」
「はい。申し訳ございませんが、まだ仕事が残っておりますので」
なんとも緩みきった返事だ。
それともこういうところが同じなのも、瞬時に仲良くなった要因なのだろうか。
仕方ない。魔法の言葉を使おう。
「ほらオトハ」
「んぅ〜」
「ステアみたいな声出すんじゃありません。ほら、早く帰らないとノア様に会えませんよ」
「はっ!」
こう言えばオトハは、ドリルよりも早く手のひらを回転させるだろう。
と、思ったら。
「……チラッ」
「む?」
「分かりましたわ。お嬢様との時間も大切ですから」
……!?
「オ、オトハ?具合、悪い?」
「え、なぜ?」
あの、オトハが……瞬時にノア様という言葉に飛びつかない!?
ノア様全肯定ガチ恋勢オタクの、暇がなくともノア様に飛びつき、ことある事にお嬢様お嬢様とうわ言のように呟く、あのオトハが!?
こ、これが、気が置けない友を持つということなのだろうか。
ノア様を取りはしたものの、ボタンとの時間もまだ過ごしていたいと、そう思ったと?
あの、オトハが!?
「……ボタンさん」
「なんじゃ」
「これからもオトハと仲良くしてあげてください」
「勿論……え、何故にそれほど切実な顔をしておるのじゃ!?」
これはチャンスではないのか。
オトハをイカレグループからマトモグループに引っ張り込む、千載一遇の。
今まではオウランがオトハのようにならないかばかりを心配していたが、わたしは逆もまた然りということを忘れていた。
そう、オトハがマトモになるという未来もまた有りうるのでは?
「どうか、本当に、オトハをよろしくお願い致します」
「え、あ、おう」
「ボタンちゃん、また来ますわ。うちにはとても便利な移動方法がありますので、ちょちょいのちょいです」
「そりゃ俺のことか!なんだお前といいクロといい、俺をアッシー君みたいに言いやがって!」
アッシー君がなにか叫んでいるが、これは素晴らしい機会だ。存分にその魔法を使ってもらおう。
「クロさん、そろそろ行かないと向こうはもう夜中になるよ」
「ですね」
だが、今はそういうわけにもいかない。
何せ向こうに残ってるメンツは3人。
ノア様。
リーフ。
そして那由多。
そこはかとなく心配になる組み合わせだ。本当はもう少し早く帰りたかったが、オトハたちが微笑ましく過ごすものだからなんだか止められず長居してしまった。
ちなみにわたしも参加して花札のようなゲームもやった。勝った。
「オウランよ、お前も行ってしまうのか……」
「し、仕方ないだろ、仕事あるんだよ」
「ワシと仕事どっちが大事なんじゃ!」
「彼女かお前は!」
「そうじゃが!?」
「違うわ!!」
「めお……漫才はその辺にして、早く集まってください」
「……クロさん、今夫婦漫才って言いかけなかった?気のせいだよね?」
「はい気のせいです。いいから早く」
「だ、だよねー。ははっ……」
つい出かけた言葉を抑え、ようやくひっつき虫をやめたステアがルシアスの元へ行くのを確認しつつ、オウランを引っ張った。
「ではボタンさん、またいずれ。近いうちにこの2人は送りますので」
「任せたぞクロ殿。色々と」
「はい」
「なあクロさん、やっぱりおかしくない?なんでクロさんまでそんなにボタンと打ち解けてるの?ひょっとして僕もうかなり」
「ルシアス」
「《転移》」
目の前は一瞬で切り替わり、見慣れた、だけど久しぶりな光景になった。
チラリと見るとオウランが信じられないとでも言いたげな顔をしていたが、気にしないことにする。
「さて」
大書庫への入口に闇魔法を流し、一気に全員で降りていく。
その間もオウランのなんとも言えない顔が横にあった気がするが、見ないようにした。
「ノア様、戻りまし……」
「…………」
「…………」
「……あ、あう」
たどり着き、降りた先にあったのは―――なんとも重苦しい空気。
一言も発さないノア様と、同じく何も言わず、目にも止まらぬスピードで目の前に並べた本を速読している那由多。
そして、なんだか居心地が悪そうなリーフ。
那由多が本を捲る音と、ノア様がお茶を啜る音しか聞こえない。
なんというか……うん。まあ、仲の悪い2人を放って行ってしまったんだならこうもなるか。
「あら、おかえり」
「期待、クロが帰ってきた……!」
「え、あ、はい」
だがわたしたちが入ってきたことで多少マシになったようだ。
特にリーフ、流石の彼女もこういう空気をなんとかする方法はなかったのか、ぱあっと顔が明るくなった。オウランが横で変な声を出したが、叩くか迷う。……やめとくか。
「久音」
「ただいまです、那由多。何かありましたか?」
「いや、何もなかったよ。だからこそリーフが借りてきた猫みたいになってたけど」
「分かってたなら何とかしてあげてくださいよ」
「久音がそう言うなら、次からそうする」
那由多はわたしが近づいた途端、無表情から笑顔に切り替わった。その瞬間、少し残っていた重い空気がさあっと流れた音がした気がする。
那由多はわたしの手を取り、意味もなくニギニギし始めた。可愛い。
『ひうっ』
『慣れてください』
スイが変な声を出したが、これに関しては慣れて欲しい。
わたしのパーソナルスペースに那由多と永和は遠慮なく入り込んでるし、わたしもそれを受け入れている。となれば、こういう機会は自然に増える。
那由多へのトラウマは分かるが、これを止める気はわたしにはさらさらない。
なのでそのまま握らせていると。
「それで」
心なしか不機嫌そうなノア様の声が聞こえてきたので振り向いた。
「ボタンは無事だったの?」
「はい。時間魔法で傷も癒してきましたので、問題はないかと」
「そ」
「あともう1つ、お耳に入れておきたいことが」
「なに?」
「オトハとボタンさんなんですが」
「おっ」
2人のくだりを話そうとした時、なんだか嫌な気配が横からした。
「嬢っ」
振り向いた時はもう遅かった。
ボタンと楽しい時を過ごしていたから少し麻痺していたようだが、1日ぶりに見たノア様にキャパオーバーした変態が。
「様ああああああああああああああ!!!」
いつもの如く、いやいつもより素早くノア様に抱きつきにかかった。
……わたしはいつかオウランが言っていた、「腐った肉は元に戻らない」という言葉を思い出していた。
「《隔てろ》」
「ぶへぇっ!?」
しかしノア様は、それを新たに得た力で阻んだ。
見えない壁にぶつかったオトハは、ビターン!という大きな音と共に落下し、ぶつかった衝撃なのかノア様にぞんざいに扱われた興奮なのか分からない鼻血を垂れ流している。
「……これが少しでもマトモになるんじゃないかと期待したわたしが馬鹿でした」
「当たり前じゃない、オトハのコレはもう治らないわよ。遠慮ってものをどこかに吹っ飛ばしてきてるんだから」
「んふぅっ」
血流しながら悶え始めたこの気持ち悪い生物をどうしようか。
……しかしなんだろう。いつもより気分が重くないな。
ああ、そうか。
「おいオトハ、生きてるか?」
「ほっといていいよ、もうこれは……」
「詰問、なぜ早く帰ってこなかった」
「あー、色々あってな」
「……眠い」
「クロー、ステアが眠いって」
「なんでわたしに振るんですかそれを……ほらステア、寝るなら手洗って歯磨いてからです」
「ん」
帰ってきたからだ。
捨てることすら覚悟した、ここに。
そして、さらに。
「久音、いつもこんなに大変なの?」
「まあそうですね」
「なるほどね……」
「大丈夫ですよ。こういうの、嫌いじゃないので」
「変なところでお人好しだね。昔から」
那由多を、思い出せた。
命よりも大事な、一度はもう会えないと思った、親友が一緒にいる。
本命の目的、ルクシア討伐はなし得なかった。
けど、わたしにとっては。
「ちょっとクロ!」
「はいはい……」
ここまで読んでいただいている皆様、ありがとうございます。
ここでようやく、第10章「那由多の邂逅編」は終了します。
……いや、本当に長いな。100話以上、1年以上やってたのか。
入れたい話とかがありすぎて、めっちゃ冗長に……本当にすみません……次からはもっとコンパクトにまとめます。
次といっても、これでラストなのですが。
さて、本題です。
次回からいよいよ、最終章「混色の征服編」がスタートします。
ここまで読み進めていただいた皆様、是非最後までお付き合い下さい!