第402話 クロの良いところ
「美味し、かった……」
「お粗末さまです」
ゴラスケを脇に抱えてお腹をさするステアの頭を撫でながら、わたしは完全に空になった皿の数々を見渡した。
あまり時間をかけるのも悪かったのでささっと作ったのだが、お気に召したようで何よりだ。
前世から親の食事を作り、リーフの初襲撃辺りから再開した料理だったが、なんだかいつもより上手く出来た気がする。
「なんだかいつもより美味しかったですわ。いえ、いつも美味しいのですが」
「ああ、なんかすっげえ俺好みの味付けだった。あー食った食った」
「めちゃくちゃ美味しかったよ、ありがとうクロさん」
「…………」
「クロさん?」
「え、あ、はい。どういたしまして」
ああ……そうか。
前世を思い出したからだ。
昔のわたしは、料理している時間が一番好きだった。
正しく作れば、自分が思い描いた通りに完成してくれる素直さが、わたしにとっての癒しだった。
いや、もう1つ理由はあったか。料理してる間だけは、絶対に殴られなかったからだ。
子供の頃から女中のように扱われ、料理も年齢1桁の頃から覚えろと言われた。
最初は味が気に入らないと殴られていたけど、才能があったのか始めて数ヶ月で親の好みをなんとなく把握し、そのうち何も言われなくなった。
「……あの時の経験が無意識で生きたんですね」
「え?」
「なんでもありません」
どうやら記憶を取り戻した影響で、その時に培った技術が戻ったらしい。
相手に合わせて料理をする。そこまで特別ではないが貴重な能力。
『久音の作るご飯は本当に美味しいね』
そして、那由多に褒められてしまったことで、大切な思い出となって忘れていた力だ。
「ボタンはどう……」
「おい馬鹿!」
「あん?……あ」
だが、この技術を持ってしても、どうにもならない人がいる。
ルシアスの馬鹿が忘れ、それをオウランが制止したが既に遅し。
「すまぬな、ワシは味覚がなくてのう。匂いで味を想像するくらいしか出来ん」
「……わ、悪い」
禁術の影響で、重力魔法の強化と引き換えに視覚と味覚を失っているボタンは、だがカラカラと笑っていた。
「気にするな。こうして食卓を囲むこと自体は嫌いではないのじゃ。神皇となってからは1度もなかったからのう」
嘘はついていない。
優しい人だ。こんな良い人にうちのオウランは惚れられているのか。
しかも、聞いた限り凄まじい身の上で、尚も腐ることなく民を導こうとしている。
…………。
「む、どうした?」
「いえ、なんでも」
一瞬、「オウラン持ってっていいですよ」と言いかけた。
わたしが言うことではない。それは分かっているが、そうでもしないと彼女が報われない気がする。
「…………」
「クロさん、どうした?」
「別に……」
「え、なにその含みのある感じ!?」
これはまずいな。
オウランは「外堀を埋められている」と語っていたが、中立でいなくてはいけないはずのわたしまでもがボタンに傾いてきた。
ただでさえ彼女には、那由多の残したもので迷惑をかけてしまっている。そこにこのいい人ぶりと一途さだ、仲間とか政治云々以前に、同性として応援したくなる。
相手がオウランというのもいい。ルシアスだったら逆に止めていたかもしれない。
「ふむ。しかしなんじゃろうな、いつもの料理よりも『食事をしている』と感じたぞ」
「失礼ながら、味覚を失われているというのはお伺いしていましたので、ボタンさんのものは栄養と食感を重視して作りました。加えて辛味も少々。辛いというのは味覚ではなく痛覚なので、少しは刺激になるかと。辛いものが大丈夫を聞き忘れたために、だいぶ控え目になってしまいましたが」
1人1人に合わせて作ったが、厨房が広かったおかげで同時並行で出来たのが大きかった。
おかげで素早く提供出来た。
「…………」
「なにか?」
「いや、お主、もうノア殿の側近やめて我が国に来ぬか。ワシに次ぐ地位やるから」
……貴族の従者から一国のナンバー2か。夢のある話だが。
「申し訳ございませんが、ノア様に忠誠を誓った身ですのでご容赦を」
「なんであの者の周りはこんな有能な人材が集まるのじゃ……カリスマというやつなのか……?」
「わたしなどステアやリーフに比べればまだまだです」
「いや、強さとか頭の良さは置いといて、有能さで言ったらお前がぶっちぎりだろ」
「うんうん」
「クロの方が、すごい」
「いやいや……」
わたしはたまたま、誰よりも早くあの御方に出会っただけ。
そう、そのはずだ。
「あのお嬢様が、付き合いの長さ程度で自分の右腕を決めると思いますの?」
……。
「謙遜は良いですが、過ぎると嫌味に聞こえますわよクロさん。自己肯定感もう少し上げたらどうです?」
「正論じゃな。この少しの間でも、主の優秀さは伝わってくるぞ」
「……と言いますと」
「まず視野が広い。360度音を拾えるワシよりも早く仲間の異変や行動に気づくじゃろ」
「それは、一応取りまとめる立場として……」
「そこから的確に指示をする状況判断力も高い。動きも静かで隙がないな、強者でありながら自分より強い者がいることを自覚している、驕らない人間特有の動作じゃ。更にこれだけの量の料理を1時間強で作ってしまうとは、並行処理能力も高い」
「いえ、あの」
「手先も器用だよな。裁縫とかめちゃくちゃ綺麗だしよ。あとカードゲームで負けたとこ見たことねぇ」
「それはイカサマしてるからです」
「そりゃ知ってるよ、何度身ぐるみ剥がされたと思ってんだ。それを俺の目でも見えないくらいの速さでやるのが器用だって話だ」
「……まあ、はい」
「本当になんでもそつなくこなすよね。ノアマリー様の無茶ぶりに全部応えられてるの、多分クロさんだけだよ。いや、応えられちゃってるから無茶ぶりされてるってことなのかな」
「ちょ、あの」
「人に媚びない、ヒステリックにならない、いばらない、人によって態度を変えない。まあ他にも色々ありますが」
「……めてください」
「ん。クロ、かっこいい。大好き」
顔が熱い。
何だこの感覚。
今までも、「流石」とか「すごい」とか言われるくらいのことはあった。それは慣れている。わたしとしても努力が報われたような思いで、悪い気はしなかった。
だけど、こう。面と向かって色々と褒めちぎられると。
「あの、本当に……やめて……」
自分が知らない自分を知られているような気がして……意味がわからない感覚が襲ってくる。
「……あと可愛い」
「不意に出るこういうの、ずるいと思いますわ」
「お前には無いものだもんな」
「ちょっと!」
「クロ、顔赤い」
「脈拍が早くなっておるぞ。風邪かそれとも」
「やめてくださいって言ってるでしょうが!」
いたたまれなさ過ぎて、思わずその場を飛び出した。
……ステアはまだ引っ付いてきた。
この話入れるか迷ったんですが、単にクロが褒めちぎられるところを作者が書きたかったためだけに入れてしまいました。
ちなみにクロのコンセプトは「女性に嫌われない女性」です。なるべくそうなるように書いてるんですが、正しくあってほしい。
また、次回更新で長らく続いたこの章が終わり、最終章へと移らせて頂きます。よろしくお願いします。