第399話 解散と迎え
間違いなく今回の戦いのMVPである子を探そうとした瞬間、脇腹に凄い衝撃が走って変な声が出てしまった。
「ス、ステア?」
「………」
衝撃の正体は案の定探していた当人で、わたしの脇腹辺りに頭を押し付けてぐりぐりしている。若干痛いけど可愛さが勝った。
「ありがとうございます、ステア。あなたがいなかったらこうして親友と和解できませんでした」
「………」
「?どうし」
「心配、した」
外傷はない。だけど那由多との戦いで自分の記憶を破壊するなど、色々と無茶をやった後遺症は残っているのか、私を掴んでいるのになんだかフラフラしている。
それでも蚊の鳴くような声ではあったけど、たしかに「心配した」と言った。
「心配って、何を?那由多はわたしを極力傷つけたりしませんし、ある意味一番安全だったのは」
「そうじゃ、ない」
「……?」
「死ぬって、言った」
……!
「ステア、あの時起きてたんですか?」
「寝てた。でも、聞こえてた」
睡眠学習に近いものだろうか。
天才の脳はどうなっているかわたしには分からないけど、あれだけのダメージを負って眠っていても周囲の状況は把握できていたらしい。
「もう、言わないで」
「……はい。すみません」
「ん」
ステアの頭を撫でて、ああ言ったことを詫びる。
あの台詞を後悔してはいない。だけど、ステアに聞かせる話ではなかった。
どうやらわたしは、想像以上にこの子に懐いてもらっているようだから。
「この子、昨日の夜に起きてから一睡もせずにあなたのこと待ってたのよ」
「そうなんですか?気持ちは嬉しいですがダメですよステア、ちゃんと眠らないと大きくなれません」
「ごめんなさい」
「あと、もうそろそろ痛くなってきたので放してくれませんか?」
「や」
一度アルスシールとスギノキに分かれてから戻った時同様、暫く甘えモードが抜けなさそうだ。
こういうのはこの子の最高に可愛いところだけど、最近成長と共になのか力が強くなってきていて、結構締め付けられると痛い。
まあ耐えられないほどではないし……戒めと思って暫くこのままにするか。
「ノア様、この後いかがなさるんです?」
「そうね。私としてはここに来たのは、そこにいる馬鹿と決着をつけるためだったのだけど」
「人に馬鹿って言っちゃダメよノアちゃん。……あ、ごめんなさい!ワタシに暴言吐いてお仕置きされたいっていう意思表示だった!?も~ノアちゃんってば!ほ・し・が・り・さ・ん♡」
「くたばれ……」
奥にいたルクシアの、久々の変態ぶりにノア様が頭を抱えて暴言を吐く。
わたしも同じ気分だが。
「けど正直、こんな寝ても寝ても治らないくらいの疲れ残した状態でコレの相手したくないわ」
「だろうな」
「てわけで日を改めましょう。色々と仲間内でも整理しなきゃいけないこともあるしね。文句ないでしょう?」
「そうねぇ。ワタシとしては消耗してる今こそノアちゃんを手に入れるチャンスではあるんだけど……」
「なら戦ってみる?」
ノア様は警戒の目でルクシアを見つめた。右手で光魔法を弾けさせ、左手を喉に当てて喉の調子を確かめている。
今のノア様は、わたしたちもその強さが分からない。
光魔法に加えて、那由多から授けられた言霊魔法もある。それがどれほどの強化になっているのか、今の所不明だ。
「やめとくわ。流石に」
「それがいいわ」
ルクシアもその未知を警戒したのか、今回は不戦を選んだ。
「さーて、じゃあ一旦帰りましょうか」
「そうですね。……あれ?」
ルシアスの元へと集まろうとした時、ちょっと違和感があった。
何か忘れているような?
……あっ。
「ノア様、そういえばオトハとオウランは?」
「ああ。迎えにいこうとも思ったんだけど、限りなく疲れた時にオトハの相手するのは面倒だから」
「置き去りにしたんですね。賢明なご判断かと思います」
「オウランには悪いけどね」
たしかに、疲れている時にあの変態のテンションは……うん、想像したくない。
「では一度拠点へ戻った後、わたしが迎えに行ってきます。ボタンさんにもご挨拶しておきたいですし」
「よろしく」
「ステア、一緒に行きますか?」
「ん」
「ではルシアス、3人でお願いします」
「本当は私も行きたいけどね。今回は流石に無理かな」
「那由多?別にわたしは構いませんが」
「いいわけないでしょ。まだ信用できるかも怪しいのに、禁術とボタンがいるスギノキにこいつを送れるわけないじゃない」
「だろうね。というわけで私は留守番してるよ」
「そうですか……」
残念だ。
「じゃあ永和、そろそろ行きますね。近いうちにまた会いましょう」
「ほんとだよ?絶対会いに来てね?アタシだけ別のとこいるんだから忘れないでね?」
「大丈夫ですよ。わたしたちが永和のこと忘れるわけないじゃないですか」
「そうそう」
「……イチャイチャしてないでさっさと行くわよ」
心なしか不機嫌になったノア様とルシアスの所に寄り、リーフと那由多もそれに続く。
「じゃあまたすぐにねー!」
手をブンブン振る可愛い永和にわたしも手を振ると、すぐに場面が切り替わる。
一瞬だけ見慣れた屋敷が見えたが、すぐに見慣れない光景へと変化する。
「ふむ」
噂には聞いていたけど、たしかに「和風」という言葉が合う。どこか懐かしさすら感じる。ここが海洋国家スギノキか。
「さて、あの2人はどこでしょうか」
「大方ボタンのやつが城で匿ってくれてるだろ。特にオウランのやつはそりゃもう丁重にな」
スギノキのトップにあたる地位である神皇、ボタン・スギノキはオウランを溺愛している。
彼を悪いようにはしないだろうが、ちょっと気がかりなのは……、
「オウラン、襲われたりしてないですよね」
「……ないとは言い切れねえな」
「貞操の、危機」
その愛するオウランが、自分の命の危機に駆け付けてくれたとあっては、随分と色々高まることだろう。
そう、色々。
しかもあれから丸1日以上たっていて、最後に連絡したのは昨日。しかも出たのはオトハだけ。
……うん。まあ、ないとは思うが、物事に絶対はない。
「ちょっと、急ぎます?」
「だな」
「ん」
幸いなことに、転移した場所と神皇の塔は目と鼻の先だ。
ステアの認識阻害で姿を隠しつつ、中に入って居場所を探る。
「どうですかステア」
「いた。3人とも、同じとこ、いる」
「エレベーター……よりルシアス使った方が速いですね。わたしたち抱えてジャンプしてください」
「あいよ」
物のように言ったことは特に何も気にされず、ルシアスはひょいっとわたしたちを腕に抱えて地を蹴った。
恐ろしい速度で飛び、あっという間に3人の生体反応が引っ掛かる階層へ。
「ここであってるか?」
「そのようです」
「行こ」
未だわたしにひっついて離れないステアを、念のためいつでも目を覆えるようにしつつ。
「おーいオウラン、オトハ、ボタン、いるかー!?」
ルシアスが大声でふすまを開くと、そこには。
「はい」
バシンッ。
「ふーむ、なかなかやるのうオトハ。ちょっと考えても良いか」
「どうぞどうぞ」
「……ここじゃ!」
「ああっ!?」
「……ふあぁ」
あくびをするオウラン。
そしてオウランそっちのけで将棋のようなゲームで盛り上がっているオトハとボタンの姿が。