第397話 興味のない人
「……引き続きこの子はワタシが預かる。どうでもいいなら文句もないでしょう?」
「どうぞご自由に」
ルクシアはぐったりしたメロッタをひょいと担ぎ上げ、厳しい目で那由多を睨んでから後ろを向いた。
「ケーラ、封印の解除を」
「かしこまりました。ただし先ほどから解析しているのですが、非常に複雑な魔法でして、解除に1日程度かかるかと」
「私が言霊で操って最適化したいところだけど、もうできないからね。待つさ」
全員が各々の感情で那由多を見つめている気がする。
まあ、無理もないが。
「……じゃあ私たちは上にいるわ。ルシアス、転移」
「おう」
「クロ。あなたは?」
「もう少し、ここにいます」
「そ」
「ホルンは?」
「アタシも残ります」
「分かった。リンク、お願い」
「はーい」
全員がその場を去り、残ったのはわたしたち3人だけになった。
少しの静かな時間。沈黙に違和感を感じて後ろを振り返ると。
「っと……どうしたんですか那由多」
「気抜けちゃって……ちょっとね」
「甘えモード?珍しいじゃん」
わたしと永和の腰に両手を回して抱き着いてきた、しおらしい那由多に愛おしさを感じつつ、1つだけ湧いた疑問を聞いてみたくなり。
「那由多、聞いてもいいですか?」
「なに?」
「どうして、嘘をついたんです?」
わたしの言葉に、ぴくりと身体が跳ねた。
わたしは嘘が見抜ける。さっきのメロッタへの発言に、嘘が混じっていることも気が付いていた。
いや、その特技が無くても那由多の嘘くらいは見抜ける自身があるが。
「希少魔術師の書を焼いたのが自分の仕向けたことだなんて、随分と大嘘をつきましたね」
「あ、やっぱそう?なんか違和感あったんだよなー」
「ははっ。2人に嘘はつけないねぇ」
「多分、ノア様とルクシアも気が付いてますよ。貴方にしては嘘が雑すぎです」
たしかに、那由多を封じた希少魔術師を今後生まれないようにするために弾圧するよう仕向けるというのは、辻褄は合っている。
あらゆる可能性を考慮し、事前に潰すのは那由多がよくとっていた手段だ。
だけど今回に限っては、絶対に那由多はそれをしない。断言できる。
「『転生者は必ず希少魔術師として生まれてくる』と自分で言っていたではないですか。希少魔術師の差別を誘発すればわたしたちがそれに巻き込まれる可能性があるのに、那由多がそれを許すわけないでしょう」
「実際ばっちり被害被ったしねぇ」
「うん、我ながら無理があると思ったよ」
苦笑いをする那由多の頬をぷにぷに触る。柔らかい。かわいい。
「てことは、やっぱり希少魔術師弾圧のきっかけはご主人様なの?」
「いや、それも違う」
「……?」
「あの事件が起きたのは、今から約950年前。ハルが死んでから50年近く経った頃だ。つまりハルの晩年の異常な強さと希少魔術師の恐ろしさを知る者たちが老人となり、権力を持つようになった頃で、同時に魔法全盛の時代が終わりかけて希少魔法の有用性の理解が薄れ始めた頃でもあった」
「ふむ」
「権威ある者がハルとあの女率いる希少魔術師の恐怖を知り、そのトラウマによって希少魔術師が今後生まれないように取り計らう。若者はその恐怖を知らないが故に興味も薄いからそれに従う。それが各地で起こった。その結果、100年も経たないうちに劣等髪と呼ばれるほどに蔑視が進んでしまったんだよ。そこまでの集団的な過激行動になると、アマラを使おうとも収束は不可能だった」
人の群れは、凶悪だ。
1人では生きていけないくせに、少数派を嘲る。輪に入れようとせず、蔑み唾を吐く。
それが国・世界単位で行われたとなれば、その矯正はおそらくステアでも不可能だ。
「唯一光魔術師だけは、恐怖の象徴だったハルを討ち取ったルーチェが光魔術師だったこと、治癒の力を持っていたこと等があって特別視された。……その光魔術師が希少魔術師を擁護してしまうと、必ずあの女の意見を取り入れる側と拒否する側で勢力が二分され、戦争が起きる。それが分かっていたからこそ当時のルクシアにはどうにもできなかった。あいつはそれに責任感じてるのか、さっきメロッタに詰め寄られた時に随分困ってたな」
「……誰のせいでもなかったということですね」
「強いて言えばハルが原因ではあるけど、それも結果論だしね」
「なら、そう言えばよかったじゃないですか。正直に。それならルクシアも庇いつつ、メロッタの自分への忠誠もキープできたはずです」
「……」
那由多は「分かっているくせに」とでも言いたげにわたしを目を細めて見ていた。
「ああ言えば、メロッタの信仰を壊せると考えましたね」
「……まあ、ね」
那由多は、メロッタに興味はない。それは本当だ。
だけど本当に芯から利用するだけのつもりなら、「自分はお前に興味がない」という話をする必要すらない。
那由多ならあらゆる方法で人を盲信させられる。なのにそれを自らしていなかったというのは。
「結局優しいんですよ、那由多は」
「ねー」
あれほど強く突き放せば、洗脳でもしていない限りは信仰も忘れる。
それで自殺寸前まで追い込んでいるともなれば、流石の裏切られた側のルクシアたちもメロッタに同情し、「許す理由」になる。
その状況を作るために、那由多は嘘をついたのだ。
「でもメロッタの自殺未遂、あれは予想外だったのでは?失ったことを忘れて言霊魔法を使おうとしてましたし」
「《止まれ》って言おうとしたでしょ。でもちょっと遅かったよね。あの時だけアタシ、那由多より上手く次の展開予測できたよ」
「……仕方ないでしょ、興味なかったのは本当なんだから。それに疲れもあって少しだけ予測がブレてたんだよ」
那由多が愛しているのはわたしと永和だけ。それ以外の人間には基本的に興味を示さない。ステアはかなりのレアケースだ。
なのに、目の前で倒れた人がいたらそれを見て見ぬふりもしない。そういう優しさを持っているとわたしは知っている。
「あれを助けるように指示したのは私だよ。なら私はあれを見守る義務がある。この私が面倒見たんだ、自殺なんて終わり方許さない。ただそれだけ」
「そのくせして、自分とルクシア様の間で苦しんでるメロッタに簡単な『答え』をあげてるじゃん。わざわざ嫌われ役やってまでさー?」
「……うるさいなあ」
恥ずかしそうに眼を逸らす那由多を、永和がニヨニヨしながら見ていた。
「わたし、那由多のそういうとこ好きですよ」
「アタシもー!」
「ああっ、そんなことはいいよもう!」
那由多は手をブンブン振って、わたしたちの手を取る。
「それより……これからについて話そうよ」