第396話 信じていた者
「では……我々の忠誠は……腐り果てた世界から救って頂いたと思っていた、我々の思いは……!」
「救った?それは君らがそう思ってただけだ。というか私はそういう思い込みを軽減してやるために、最初から『君らには興味ない、利用するだけ』と話したはずだけど?そのために衣食住を与えて育てさせはしたが、それに勝手に恩義を感じて勝手に私を崇め、勝手に命をかけだしたのはそっちだろう。そうやって何故か私の手札になった連中を、言葉通りに利用した。それだけの話のはずだ」
―――那由多がそういう状況になるのは、珍しくない。
かつての世界でも、那由多は畏怖されていた。だが同時に、崇め尊ぶ者もいた。
その異常な才覚に、神を幻視した人だ。そういう連中が毎日のように那由多の家に押しかけてくる時期もあった。
ただそこに存在するだけで人を惹きつけてしまう、彼女自身が最も煩わしく思っていると語った才能。
現人神のように人を平伏させ、魅了してしまう才能。
「そもそも勝手に私を崇め、宗教まで作って、私に理想を押し付け続けてきたのはそっちだ。何度そんなことしても無駄だ、私はお前らを救うつもりも世界を変えるつもりもないと説いても聞きやしない。だからほっといたらそれがずーっと現代まで続いての今だ、勘弁してほしいのはこっちだよ」
だけど那由多は、わたしたち以外に興味がない。対等な友人が必要なのであって、自分の下に人間が欲しいなんて露ほども思っていない。
なぜならそんな連中がいなくても、自分1人ですべて何とかできるから。
「最終的にアマラの馬鹿から300年くらい前、人数が増えてきて統制が取れなくなってきたとか言われて。知ったこっちゃなかったから放っとこうと思ったけど、当時のルクシアが宗教国家を樹立したって話を聞いてたから嫌がらせがてら乗っ取れるように仕組んでみたら思った以上の馬鹿国家になるし。それでも国として成立したからようやく私なしでも何とかできるだろうと思ったのに、まーだ私を頼り続ける。やめろって何千回も言ったのに。うっとおしいことこの上な」
「……もういい」
愚痴のようになってきた那由多の言葉を、メロッタが遮った。
「貴方様が、我々の思いを快く思っていないことは、分かっていました。ですがそれでも―――貴方は、我々の希望だったのです。虐げられ、この世界全てを恨んだ、劣等髪と呼ばれ蔑まれてきた我々の、最後の心の拠り所でした」
「そ。常々言っていた通り、私は君らに興味ない」
「……そのようですね」
メロッタは一筋の涙を流し、身体を震わせ。
それでも尚毅然と立ち。
「今まで貴方様に理想像を押し付け、ご迷惑をおかけしました」
「別に」
「同胞もおそらく、アマラ殿を除き全員、スギノキで散ったことでしょう。貴方が自分たちへの弾圧の根源だという事実を知らず」
「だろうね」
手に、小さなナイフを生み出したメロッタは―――。
「貴方の言う通り、崇め奉ったのは我々が勝手に行ったこと。だから貴方を恨みはしません。……ですが、私は今、生きる意味と定めていたものをすべて失ってしまった」
そのナイフを、自分の首にあてがい。
「記憶すらも貴方に捧げ、共に笑い合った友を貴方のために裏切り―――こんなことになってから現実を突きつけられては、もう生きる価値を見出せません」
「……!《止ま」
「御免!」
血が噴き出る瞬間を予想し、思わず一度、強く瞬きをした。
そうして再び目を開いた瞬間には。
「……馬鹿ね」
「馬鹿っ!あんた今、ホルンより馬鹿だから!」
光線でナイフを焼き切ったルクシア。
ナイフを握った腕を掴むケーラ。
手首を捻じり、半分溶けたナイフを放させたリンク。
土人形で脇をがっちりと固定した永和。
「な、ぜ……」
「馬鹿ですか?裏切られたとはいえ、何年も共に生きた仲間が目の前で自決しようとすれば止めるに決まっています」
「そうだよ。させてもらえるとか思ったら大間違いだから。馬鹿なの?」
―――ケーラの顔が一瞬、綻んだ気がした。
でもすぐに引き締められ。
「邪魔をしないでくれ。私はお前たちを裏切ったんだ。リンクを刺し、ケーラを傷つけた。そんな私を庇う道理などないはずだ」
「あるわよ」
つかつかと、ルクシアがメロッタの前へと迫る。
「やめなさい。主君命令」
「……貴方は私の主君ではなかった」
「そうね。裏切っていたものね」
「ええ。だからその責任を取りたい。だからぐふぅっ!?」
「えっ」
なにか感動的なことを言って、メロッタを思いとどまらせる。そう思ったのだが。
気付いたらルクシアの超高速の拳がメロッタの鳩尾に突き刺さっていた。
「な……にを……」
「それだけ感情的になってる愚か者に、説得もなにもないわ。だから1回眠りなさい」
あまりの衝撃に背中の土人形にひびが入るほどの威力だ。落ちないわけがない。
唐突すぎて受け流すこともまったく出来なかったようで、メロッタはその場でがくりと気絶した。
「帰って、起きたらケーラのご飯食べて。貴方の処遇はそれから決めるわ」