第394話 ケーラvsメロッタ
遡ること、約15分前。
「《空間封印》……!」
「……舞え」
ケーラが空間を断絶し、そこにメロッタの攻撃が着弾する。
概念防御である封印魔法の防御は、物理である金属魔法では突破できない。
「そこか」
「くぅっ!?」
だがそれは、メロッタが今までと同じように金属魔法を運用していた場合だ。
高速振動する砂鉄が封印を飲み込むように侵食していき、やがて穴を見つけ出す。
入り込まれれば最悪の状況で、ケーラは魔法を解除するしかない。
「《自己封印》!」
意思を持っているかのように動く砂鉄がケーラを飲み込む直前、自らに魔法をかけて離脱する。
「あぐっ……」
だが勢い余ったかのように壁に激突し、呻き声を上げた。
「自分自身に封印を施す魔法……それで自らに働く“慣性”を一瞬だけ封印し、星の自転から切り離すことで緊急移動する、だったか?相変わらず器用だな」
「お褒めに預かり、どうも」
2人の戦いは、激戦だった。
しかし終始―――メロッタがケーラを、圧倒していた。
「貴方こそ……そのような魔法が使えるとは聞いておりませんでしたが」
「忘れていたのだ。だが今となっては、昨日までの自分の戦い方の下手さに苛立ちすら覚える。これが本来の私の戦い方だ」
メロッタの金属魔法は、金属の生成と操作を基本とする。今までのメロッタの戦闘法は、それを用いて周囲の武器を操り、更に自分で金属の塊を生み出して質量で押しつぶすなどのシンプルな運用に限定されていた。
だが那由多によってその才能を見抜かれ、最適な修業を行った記憶を取り戻した今の金属魔法は、その規模も操作もまるで別物。
「……もう諦めろケーラ。お前では私に勝てん」
金属を生成するのではなく、周囲にいくらでもある微細な金属を支配。
そのすべてに対して秒間100回以上の振動を与えながら自在操作することにより、全てを抉り捻じる凶悪な武器となる。
更に操っている物の質量自体は少なく、緻密な魔力操作によって必要最低限の魔力消費で振動を加え、極限まで燃費を抑えて発動をする。これによりメロッタの平均的な希少魔術師に少し毛の生えた程度の魔力でも長時間の魔法維持が可能となる。
無数の極小金属の群はまさしく攻防一体。あらゆるものを砕く手足が10本以上あるようなもの。それを自在に操る彼女の強さは、クロやルシアスと比較してもまったく引けを取らない。
「はっ……はっ……」
防御系の魔術師であるケーラが必死に防御し続けて、それでも尚防ぎきれない。
「よせ。もう立つな」
ケーラは出来るだけ凄むように、だがどこか労わるように声をかけた。
「お前の魂胆は分かっている。私の魔法を封印するつもりだろう?最大魔力量が倍以上違う私の魔法抵抗力では、お前の封印魔法を完全に防御することは出来ないからな」
だが、とメロッタは前置き。
「この数年、仲間としてお前を見続け、戦い続け、その強靭な封印能力と弱点は把握しているつもりだ。お前の魔力封印は格上相手でも瞬時に意識的に魔力抵抗をしなければ対処できないほどに強い。だが裏を返せば、強靭な意思と魔力を常に両立させていれば―――封印は届かない」
封印魔法、特に魔力封印は対人戦における数少ない攻撃転用できる魔法であるため、ケーラはこれを特に重視していた。
それによって彼女の魔力封印術は、完全に意識外かつ近距離からの発動であればリーフにすら通用するレベルと化している。実際「1周目」でリーフは不意を突かれて封印を施された。
だが封印魔法はその性質上、事前に「来る」と分かっていれば対処が容易になってしまう。
「……お前の強さは知っている。故に全力で潰させてもらう」
メロッタの強靭な意思と、那由多への忠誠心。
狂気的とも取れるそれを感じ、ケーラは説得は不可能と踏んだ。
(あわよくば、心を揺さぶってもう1度仲間に出来ないかと思いましたが……自分の拙い頭ではやり方を思いつきませんね)
そしてケーラは、決意した。
自分の最後の切り札を切る事を。
すくっと立ち上がり、身体の埃を払い、身を正す。
それは切り札の準備。
「……?覚悟したのか。ではナユタ様を封じるこの忌々しい封印を」
「メロッタ、好きです」
「そうか。では時間はかかるだろうが解除し、ナユタ様を………………はえ?」
「好きです」
切り札を切られたメロッタは一瞬何を言われたか分からず、過去最高の間抜けな声を漏らした。
「な、んだ、それ、は?わわ、私を油断させるための嘘か?そんな手にこの私が乗るとでも」
「油断させるためであることは否定致しませんが、あなたのことが好きなことは本当です。疑われるのであればいつ、どこで、どのように、どこを好きになったのかまで詳細に語りましょうか」
「お、あ、は……?」
メロッタとケーラは長い付き合いだ。
だからメロッタは、ケーラが嘘をつく時、少しだけ目線を逸らすクセがあることも知っている。
だがいつ逸らすのかと見続けたケーラの瞳は、まっすぐと自分の目を覗き続けていた。
メロッタの意思は揺れに揺れまくっている。
「い、いや……その……そんなこと、言われても……」
今まで那由多、ルクシアと主君に仕え続け、忠誠心だけで戦い続けていたメロッタに、人生初の真っ直ぐな告白は効果覿面だった。
「出力最大―――《魔力封印》!」
その隙をつく。
封印魔法は大書庫や那由多を封印するこの場のものと同じように「設置」が出来る。
それを応用し、極小の封印を起点として周囲に張っておき、それらを1つの魔法へと集約する。
あらかじめ設置していたそれらがケーラの封印と同時に起動し、メロッタを包む鎖となる。
「しまっ……!」
「ナユタ氏の野望が達成されてしまえば、自分もルクシア様も、そして好きなあなたも消えてしまうかもしれませんので。手段は選びません」
メロッタは切り替えて抵抗しようとするが、それより一瞬早くケーラの封印が内に入ってきた。
そうなれば後は魔法抵抗力の問題だ。魔力で劣るメロッタに防ぐすべは無い。
「く……そ……!」
完全に封印された。
メロッタはその場で膝をつき、天を仰ぐ。
「バカな……」
「いかがでしたか、自分の切り札」
「はっ……まさかそんな手を取れるとはな。筆頭殿を見くびっていた」
「お褒めに預かり光栄です、ただ」
悔しそうにケーラを睨むメロッタの視線。
だがケーラの一言に、
「話したことはすべて真実ですよ。こんな状況でも勇気を振り絞ったのですから少しは考えてください」
キャパオーバーしたかのように惚けてしまった。