第391話 譲渡の儀式
「お前が私の要求を飲んでくれるなら―――私の《言霊魔法》の運用権利を渡してやる」
「……はい?」
何を言われているのか一瞬分からず、ノアは固まった。
「詳しく話しなさい」
「偉そうに言われなくてもそうするよ。……さっき戦った時にもやったけど、私は自分の魔法の使用権利を《渡れ》《与えろ》などの言霊で他人に譲渡できる。さっきは永和を少し操らせてもらったうえで私が代理で魔力編纂して使ったが、完全にその使い手を移行させることも可能だ」
「……へぇ?」
「だが言霊魔法は燃費が悪い。今のお前の魔力では使いこなせないだろう。だから私の魔力の半分―――数値にして800も追加でお前に与え、その上で言霊魔法を付与する。それを永久化で固定すれば、実質お前に私の魔法の力が宿ることになる」
言霊魔法―――ノアが過去に見てきた中で、使いこなせれば間違いなく最強の魔法。
1000年前のハルは、光魔法ではなく言霊魔法を得て転生することも考えていた。
だがやらなかった。『口にした命令を現実にする』という反則級の魔法が、何のデメリットも抱えていないわけがないと思っていたから。
「あの時の私の判断は正しかったわね」
永久化が切れてからの那由多の劣勢を思い出し、ノアは呟く。
「言霊魔法を貴方ほどに使いこなし、ほぼ無敵の魔法へと昇華させるには、転生特典である永久化の存在が不可欠。だけどおそらく」
「ああ、転生特典は絶対に譲渡不可能だ。やるやらないの話ではなく、出来ないんだよ。転生特典は自分の未練の具現化―――その未練を抱えた本人の身体にしか宿らない。故に他人に渡せない。言霊魔法を使ったとしてもね」
実際に那由多は、《奪え》の言霊で転生者から転生特典を略奪しようとしたことがあった。
だがどう理解を深めても使うどころか奪うことすら出来ず、結果的に諦めた。那由多ですらも転生特典は自分の物しか使えない、それがルール。
「唯一の方法は永和がやったように、転生者本人を乗っ取るくらいだけど……生憎私の身体にお前を入れるとか、生理的に受け付けないから無理」
「こっちから願い下げだわ。でもそれじゃ大した意味がないでしょう?魔力量が増えるのは魅力だけど、貴方を解き放つほどのものじゃない」
「ああ。私のように運用すれば、そうだ」
「……?」
「私の言霊魔法の使い方は、滅茶苦茶に間違ってるってことだよ」
「どういうこと?」
「言霊魔法は他の魔法とは違い、魔法の種類が存在しない。言葉そのものが現象となるからね。だから仮に私が言霊魔法の魔導書を執筆し、後世の言霊魔術師に残したとしてもあまり意味がない」
例えば闇魔法なら《死》《歪む空間》などの魔法にそれぞれ魔法術式が用意されており、それを構築して魔力を流すことで魔法を成立させる。
しかし言霊魔法は命令の枕詞に現象が左右されるため、同じ種類の言葉でも魔法術式がまったく異なる。
「でしょうね。それが?」
「だから本来は、時間をかけて自分がよく使う言霊を選定し、それ専用の魔法術式を1から構築してから使うのが正しい言霊魔法の運用だ」
「だけどあなたの場合、そのルールを無視してどんな現象も乱発していた……」
「ああ。私の場合、その場で瞬時に簡単な魔法術式を構築することで魔法を使っていたからね」
「さらっと意味わからないこと言ってくれるわね……」
つまり本来の言霊魔法は、自分で魔法術式を作ることによって自分の好きな魔法を発動できる、『命令をキーワードにして特定の現象を起こす』魔法。
だが那由多の場合、その術式をその場で簡素に構築し、それを膨大な魔力と超人的頭脳で無理やり成立させていた。
初代の言霊魔術師でありながらその枠組みを破壊し、本来は通常の希少魔法と大して変わらない性能であるはずの言霊魔法を、無敵の魔法へと昇華させた。人の道理を外れた頭脳と才能を持つ、那由多だけが使えた手段。
「つまり言霊魔法は恐ろしく燃費が悪いのではなく、貴方の使い方が頭おかしかったからあんなことになってたわけね。いくら貴方でも瞬時に術式を構築するなんて困難のはず、だからどうしても術式は発動と望む現象を起こすことに集中させ、魔力効率は無視せざるを得ない。その弱点を無限の魔力で補ってたってことか」
「そういうこと。だから本来の使い方をすれば、お前でも問題なく運用できるはずだ」
「ふぅん……」
ノアは頭を回した。
条件を飲むメリット、那由多の強さ、何より自分のやりたいこと。
そのすべてを、那由多の解放と天秤にかけ―――。
「……いいわ」
決心したようにうなずいた。
「『双方の口約束を遵守させる』言霊魔法の能力と、私に譲渡する分の魔力が回復したら教えなさい」
「言われずとも」
「ああ、1つだけ。言霊魔法を得る場合、ルクシアの染色魔法のように髪色を入れ替える必要性は出てくるの?それともクロが時間魔法を使えたように変化しない?」
「後者だ。研究の副産物で分かったことだけど、髪色っていうのは『その人物の極端に高い才能』を表している。つまり理論上は誰でもすべての魔法が使用できるんだ。ただ、髪色が表す属性以外は才能が限りなくゼロに近いから習得できないだけ。つまり水魔術師でも何千年と修業すれば、爪先に火を灯す炎魔法くらいは使えるようになるはずだ」
「使用不能ってわけではないから、髪色を入れ替えなくても魔法そのものを経験ごと譲渡すれば、いちいち髪色を切り替えなくても使えるのね」
「久音が時間魔法を使用出来たのも同じ理論だ。勿論、才能がないから成長させることは不可能だけどね」
「はー……何でもないようにこの世のルールを語ってくれるわほんと」
「望むなら色々と答えてやるよ」
「それはどうも」
ノアは面白くなさそうに、那由多の反対側の壁へと腰を下ろした。
「……ねえ」
「なによ」
「ハル。ノアマリー・ティアライト。私はお前が嫌いだ。大嫌いだ私の可愛い可愛い久音を篭絡し、あれほどに心酔させたことは腸が煮えくり返る思いだよ」
「奇遇ね、私も貴方が嫌いだわ」
「……でもお前は、あの子の主人であり、大切な人だ」
「みたいね」
「……お前は……いや、なんでもない。忘れろ」
「ふんっ」
その後、那由多の魔力がギリギリ回復するまでの数時間。
2人は1度も目を合わせず、会話もしなかった。