第390話 那由多とノア
「取引、ですって?」
最大限警戒しながらも、ノアは那由多の言葉に耳を傾け続ける。
「私はもう、この世界で何かをする気はない。ただ親友と遊んだり話したりして、前世で失った時間を取り戻せればそれでいい。……だけど、お前たちはそれで納得しない。違う?」
「まあ、しないわね。当たり前でしょう」
「だろうね」
クロとホルンは言わずもがな、ステアやルシアスたちも那由多に対してはそこまで大きな悪感情は持っていない。このまま親友たちが手綱を握ってくれるなら解放しても構わない―――そう考えている。
だが、ノアとルクシアは違う。
「1000年前の所業が、すべてホルンとうちのクロのためのものだってことは分かった。けどだからって、貴方がやってきた数々の悪行が消えることはないわ。あんなことをまたやる可能性が少しでもある限り、封印を消すわけにはいかない」
「……相変わらずこっちの神経を逆なでする言葉選びが上手い女だよ」
たしかにノアは、クロに那由多の封印を解除することを約束した。
だが那由多がこちらに襲い掛かってきた以上、このまま何もせず即解放というわけにはいかない。
たとえクロの意思に背こうとも、世界にとっての脅威である那由多をここから出すのは抵抗がある。
それがノアの本音だった。
「クロとの約束だから、1000年前に私の可愛い部下を何人も殺したことには1000歩譲って目を瞑る。だけど私の目的のため、世界のバランスのため、何の縛りもなくあなたを解き放つのは無理よ。それは貴方が一番よく分かっているでしょう?」
「ああ」
那由多は自分が話す内容を全て予測している。
それを承知の上で、はっきりと口に出す。
「だからこその取引だ」
「……?」
「1つだけある。私を無害化し、更にお前にも莫大なメリットがある手が」
「ふぅん。聞かせてもらおうじゃない」
停止した時間の中、ノアは警戒しつつもどこか興味をそそられたように那由多に問う。
那由多は苦虫を嚙み潰したような顔をしつつ、やがて息を吐いて、
「ノアマリー・ティアライト。お前は現状の自分をどう思う」
そう聞いた。
ノアは眉を吊り上げ、少し考え。
「質問の意味が分からないわね」
「全盛期の自分と比べてどうかってことだよ」
そういうことか、と納得し、再び考えつつ言葉を続ける。
「まあ……正直、弱くなったなとは思うわよそりゃ」
「だろうね。1000年前、お前の闇魔法は芸術的かつ破滅的に洗練されていた。ただでさえ生成もコントロールも難しい闇を広範囲に展開し、それを手足以上に複雑に扱う姿は恐怖そのものだった。……だけど今のお前はどうだ。ルクシアどころかルーチェにすら遠く及ばない光魔法を振るう姿は、かつてのお前を知る者にとっては滑稽にすら見える。あの魔女がここまで弱体化するかとね」
「喧嘩売ってる?」
「そうじゃない。だが事実として、お前は弱くなった。全盛期のお前なら、リーフとルシアスが同時にかかってきても恐らく勝てるだろうに」
「………」
「全員と戦った私から言わせてもらえば―――お前はもう、リーフには超えられている。遠からずルシアスと、時間魔法を宿した久音にも追いつかれ、抜かれていく。それが光魔術師としてのお前の限界だ」
「っさいわね……!」
ノアは苛立ち、憤る。
何故なら那由多の煽るような言葉の数々は、すべてノア自身が感じていたことだったからだ。
確かに本気のリーフとクロに勝ったことはある。
だがそれはあの2人が那由多と戦う前だ。圧倒的な最強である那由多を相手したことで、2人の経験値は戦う前とは比較にならないほどに高まっている。
ルシアスも同様だろう。
一方で、自分は何も変わっていない。何故なら1000年前に1度、那由多と戦ってその強化は終えてしまった。
このままでは、これ以上強くなることは出来ない。
その事実に、ノアは内心辟易としていた。
「そこで提案だ」
「……?」
「私の要求を飲んでくれるなら―――」
***
「那由多……?」
那由多が札を取り出したと思ったら、瞬きの間にその札が消えていた。
何が起こった?何をした?
「那由多?なに、したの?」
「大丈夫だよ2人とも。特に害があることをしたわけじゃない」
「……?」
辺りを見渡してみるけど、何か変化が起こった様子はない。
誰がが倒れるとか、何かが止まってるとか、なにも。
ただ、1つだけ―――ノア様が俯いているのが、気になった。
「ノア様……?」
「んーー……」
やがて顔をあげ、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。
やがて、すたすたとルシアスの傍まで歩いていき。
「ルシアスちょっと」
「あん?なんだこんな時に」
「ひれ伏せ」
「……は?」
ん?
「あら……意外と難しいわね」
「当たり前だ、誰に備わったものだと思ってる」
「ふん」
「おい、一体何の話―――」
「《ひれ伏せ》」
「……は?」
「え?」
直後、その場の全員が凍り付いたように固まった。
ただ2人―――命令通りにひれ伏したルシアスと、命令したノア様を除いて。
「ノア……ちゃん?」
「《砕けろ》」
更に近くに会った石にノア様が命令すると。
石は、音を立てて砕け散った。
「ちょっ……!」
ルシアスに対する命令だけなら、主に仕えている身としてルシアスがポーズをとったと見ることも出来た。
だが、石の方は違う。光魔法でも闇魔法でもない力で、粉砕された。
「……!那由多、まさかっ!?」
ただ命令しただけで現象を起こす―――こんなことが出来る魔法を、わたしは1つだけ知っている。
「そうだ」
那由多は面白くなさそうな顔で、
「くれてやったんだよ。私の《言霊魔法》を」
ため息をつきながらそう言った。
Q.今後これ以上強いキャラは出てきますか?
A.出てきません。那由多が最強です。