第35話 異世界の知識
「隠していること、ですか」
「ええ」
「何故いきなりそのようなことを?」
「いきなりというか、あなた出会った時から大人びすぎなのよ。奴隷商の所で教育は受けていたとはいえ、それにしたって語彙が豊富すぎ、頭の回転も速い、子供なのに常識的すぎ、どう考えたっておかしいわ」
「まあ、はい。ですよね」
「転生した記憶がある私と対等に話せる子供なんて、それこそ同じ転生者くらいよ」
「そこまでわかっているんですか。まあその、隠していたわけではないんですよ。ただ話すタイミングを失ったというか」
ノア様のような、魔法を使って自らの意思で記憶を持ったまま転生したわけではなく、正真正銘のイレギュラー。
異世界からの転生者。信じてもらえないだろうな、だけど話すべきかなと悩み続けた結果、三年もの月日が経っていた。
「じゃあ今話しなさい」
「荒唐無稽と思われるようなお話かもしれないですが、よろしいですか?」
「構わないわ、あなたは私に嘘はつかないでしょう?」
ステアが夢中でホットケーキにありつく中、わたしはノア様に向き直った。
「たしかに、わたしはノア様と同じく、前世の記憶を持った転生者です。だけどノア様と違う点は、わたしの前世は過去のこの世界で生まれ育ったわけではない、ということです」
「つまり、こことは別の世界………異世界からの来訪者であると、そう言いたいのかしら」
「その通りです。魔法も無く、代わりに科学というものが発展した、黒髪や金髪が地毛として当たり前の世界でわたしは十四年育ちました」
「非常に興味深いわね。続けて?」
「―――お世辞にも、良い人生だったなんて言えません。加えて、虫食いみたいに記憶が途切れ途切れで、忘れていることも多いですが」
「話すのが辛くなったら、いつでもやめていいわ」
ノア様に促され、わたしは思い出すように努力しながら話し始めた。
地球という、こことは全く別の世界。
科学が発展し、世界中と繋がることが出来る世界。
そこでわたしは育った。
両親からは虐待され、学校でも孤立し、崩壊した日常で死んだように生きる毎日。
この世界で過ごした日々以上に辛く、逃げ場のない日々だった。
最後は両親に売られそうになり、両親を追い詰めるために包丁を腹に突き立て、わたしは自害した。
そんな聞いていて気分が沈むだけのつまらない話を、わたしはノア様に余すことなく伝えた。
すると。
「―――あははははははは!!」
この反応である。
いや、その反応は絶対におかしい。
「何がそんなに面白かったのかわからないんですが」
「ぷふふっ………ああ、気を悪くしたならごめんなさいね?別にあなたの過去を笑ったわけではないのよ。ただ、そんなおかしな世界を想像したらつい、ね」
「そんなにおかしい世界ですか?」
「そりゃおかしいわよ!肌の色が違うだけで人を差別するって、どこの世界でも人間って変わらないな、とか!魔法がない世界なんて不便かと思いきや、こんなせかいよりよっぽど発展してるな、とか!なにその支離滅裂な世界!笑わなくてどうするっていうのよっ………あははは!!」
どこかの笑いのツボに入ったようだけど、ノア様が楽しそうだから別にいいか。
「はーっ、笑った笑った。しかしあなた、想像以上に凄まじい人生歩んできてるのね。前世では売られそうになって、今は本当に売られてるとか。今世の両親のことは恨んでないの?」
「恨むも何も、そもそも顔すら覚えてませんし。それに、売ってくれなければノア様に見つけていただくことも出来なかったわけですから。結果オーライです」
「そう、でも前世の両親は嫌いだったみたいね」
「当時は、嫌いとかそういう感情すら抜け落ちてたんですけどね。ただ怖くて、ずっと震えてました。挙句売られそうになったからたまりませんよ。あの世界じゃ、売られて死んだことにされて、人権剥奪でもされようものなら、こっちの世界よりもひどい目に合うのは確実でしたから」
一生体を売り続けなければならなかったかもしれない。バラされて内臓取り出されてたかも。
いずれにしろ、碌でもない目に合うことは確定だった。だからあの時、自分で命を絶ったことに関しては後悔していない。
結果的にだけど、今こうして、この御方の傍にいることが出来ているから。
「これですべてお話させていただきました」
「なかなか面白かったわ。長年の謎が解けてスッキリした気分よ」
「それは良かったです」
わたしも、ノア様に話せていなかったことが一気に解決してすっきりした。
そしてそんな話がされている中、ステアはというと。
「ごちそうさま、でした」
「え?………ちょっ、全部食べちゃったんですか!?あの量のホットケーキを!?」
「うすうす感じてはいたけど、この子胃袋がブラックホールなタイプね」
「ん、おいしかった」
満足げな顔でお腹をポンポン叩き、可愛くげっぷをしていた。
そしてテーブルの上はわたしたちの前に盛り付けられた物を残し、きれいさっぱり食べ物が消えている。
「おなかくるしい………」
「当たり前でしょう、それだけその体に詰め込めば。ほら、ベルト緩めていいですから」
「ん。………くるしくなくなった。まだたべられるきがする」
「やめなさい。ほら、食べたら眠くなるんですから、ちゃんと歯磨きしてきなさい」
「ん」
ステアはゴラスケを抱えて、洗面所の方へ向かった。
まああの子の誕生日だし、これくらいはいいか。
「話を戻すけど、クロ。あなたのその異世界の知識は役立つわ。覚えている限りで私の力になりそうなことを書き出しておきなさい」
「はい。わたしの拙い知識があなたのお役に立つのであれば、いかようにも」
ノア様がこの世界を征服されるその日まで、全身全霊でこの御方の力になるのがわたしの務め。
それがわたしの生まれてきた意味。
だから、わたしはどんなことでもする。この御方のためなら、わたしは全身を血に染めようが、どんなに揶揄されようが構わない。
「世界征服だもの。取れる手段は何だって使わないとね」
「はい。それに加えて、引き続きステア以外の希少魔法の才を持つ者の捜索も並行して進めるべきかと」
「そうねえ。闇魔法、光魔法、そして精神魔法。それぞれ長所はあるけど、足りない部分も多いわ。けどステアが私のものになったから、捜索も多少はしやすくなったわね」
「………?どういう意味でしょうか」
「ステアの精神魔法は、他人の記憶を読み取る。往来の人間の記憶をステアに覗かせて、そこに珍しい髪色がいればしめたものってこと」
「ああ、なるほど。たしかに効率はぐっと良くなりますね」
問題は、ステアは未だに簡単な魔法しか使えないということか。
寝ている生物の夢に干渉したり、簡単に情報を誤認させる程度しか出来ない。
あと数ヶ月あればまた違うんだろうけど。
「そもそも、既にこの国にいないという可能性も大きいわ。そうなると捜索の範囲を外国まで広げなくてはならなくなるのだけれど」
「目標の人数まであと三人。たった一人見つけるのに三年かかったのに、あつめるまでこのままだと十年はかかりますよ」
予想以上に、劣等髪と揶揄される者たちは少ない。
ノア様は希少魔術師が五人はほしいと言っていた。
わたしとステアで二人。残りを簡単に埋める方法はない。
地道に探すしかないか。
「あら、ならあなただけでも抜けるかしら、クロ」
「ご冗談を。この命尽きるまで、あなたにお仕えしますよ、ノア様」
ふふっと微笑み、満足そうにするノア様を見ながら、わたしは用意されていた紅茶をすすった。
次回から時系列が飛びます。