第388話 那由多と久音と永和2
我ながら、大きな感情なんてまったくないように平然と言ったと思う。
無理もない。実際、別にそんな特別なことを言ったつもりはわたし自身には微塵もないんだから。
―――だけど、後ろの人たちの反応は違った。
「……は?」
「なっ、にをっ!?」
「クロ……?」
なにか変なものを見るような目と驚愕の声がわたしに降り注ぐ。
わたしはそれを無視して、那由多の顔を覗いた。
「ぇ……?」
蚊の鳴くような声を絞り出した那由多は、わたしの言葉に後ろの仲間たち同様驚愕していた。
わたしが那由多を驚かせたのなんて初めてだ。なんとなく嬉しい。
「那由多に貰った第二の人生で―――わたしは日陰 久音ではなく、”クロ”として生きてきました。敬愛する主も信頼できる仲間も出来た。帰りたいと思う場所も、不俱戴天の敵も、主の夢を叶えるという野望も。……記憶を取り戻した今でも、この思いが色褪せることはありません」
那由多がわたしの言葉を予測できないのも無理はない。
だって今のわたしのこんな思いは、前世では有り得なかったから。
世界で尊く美しいものは、那由多と永和の2人だけ。それ以外は等しく無価値。
そう信じて疑っていなかったあの頃のわたししか知らない那由多に、今のわたしを予測することはきっとできない。
だからこそ、自分の言葉で伝えなきゃならない。
「でもですよ、那由多。わたしは那由多と永和への気持ちも、あの頃からまったく変わっていないんです。わたしは2人の為なら喜んで命を懸けられますし、わたしの出来る範囲ならどんな願いも叶えてあげたい。そう思っています。……けどごめんなさい。那由多にやり直しをさせることだけは出来ません。それはクロとして生きたわたしの否定です。主を守り、仲間たちと共に歩んできた、わたし自身の」
仮に那由多がやり直して、完璧な状態でわたしが転生してきたとしても―――そこにあるのはノア様は転生の習得前に殺され、仲間たちもきっと生まれてこない世界。
そこで生きるわたしは、クロじゃない。
自分でも驚いている。
けど想像以上にわたしは、クロとして生きてきた自分を気に入っていたらしい。
だから失いたくない。今のこの世界を。
だけどそれを、那由多が受け入れられないなら。
「わたしは、今のわたしが大事にしているものを消したくない。……けど那由多も大事です。那由多を邪魔してしまった今が、わたしはどうしようもなく嫌なんです。……だから、わたしがやったことが那由多を死にたいって思わせてしまうくらいまで追い詰めてしまったなら―――わたしも一緒に死にます」
直後。
ゴォッ……という音が聞こえそうなほどの圧が、わたしの背中を撫でた。
「クロ……貴女……自分が、何を言っているか、分かっているの……!」
「……お怒りは重々承知です。わたしが愚かなことを言っていることも理解しています」
『ならやめろよ!!何をふざけてるんだよ!?』
「スイ。わたしが死んだら、この身体は差し上げます。わたしの魂が抜けるので多少魔力は低下するでしょうが、あなたの親和性なら問題なく動かせるはずです。実際、1周目では2年使っても問題なかったとステアが」
『そんな話はしてない!!聞きたくない!!!』
まあ、大方予想通りの反応だ。
「……クロ、お前滅多なこと言うんじゃねえぞ。んなことしようってんなら俺が力づくで止める」
「ふふっ。以前はあなたがわたしを怒らせましたが、今は逆ですね。人を怒らせないように生きてきたので、こういう反応は新鮮です」
「そんな話はしてねぇ!!」
「……そうですね。すみません」
ルシアスは怒鳴り、リーフはそれに反して静かにわたしを睨んでいた。
わたしの意思は尊重するが、それはそれとして気に食わないってところか。リーフらしい。
「ク、ロ……」
ステアが気絶しているのが唯一の救いか。
あの子の涙なんてみようものなら、この平常心も揺らぎかねない。
オトハとオウランは……あの2人は多分何も言わないな。
自分以外の相手に依存する気持ちは、彼らなら分かるだろうから。
「……元々わたしのこの第二の命は、那由多に貰ったものです。なのにわたしは恩を仇で返してしまった―――その償いはしなければなりません」
「……ま、そうだよねー」
わたしの言葉に、普段と何も変わらない雰囲気で賛同してきた声があった。
「―――永和」
「仲間外れにしないでよ。2人だけで逝くなんて許さないからね?」
「永和……まで……」
「アタシも、最後まで那由多と久音と一緒にいるよ。前世ではさ、生まれた日も死んだ日もバラバラだったじゃん?寂しかったよアタシは、1人取り残されてさ」
ああ。
「……もう、おいていかないで。お願い」
永和は本当に悲しそうな声でそう言い、那由多の手を握って。
「ごめんね那由多。ずっと寂しい思いさせて、それを分かってても君に酷いことして。……お詫びに、アタシの命なんかでよければあげるから。どうせ死ぬなら―――3人一緒に死のうよ。那由多が本当にそれを望むなら、アタシは喜んでそうする」
何の曇りもない、わたしの嘘を見抜く力に微塵も反応しない確固たる信念に従った永和の言葉に、わたし以外の全員が気圧されていた。
それは永和の今の主であるルクシアですら、例外ではない。怒り、口を開いたルクシアは、永和の決意を感じ取ったのか1歩下がり、俯く。
「1人で死ぬなんてのはなしだよ。そんなことしたら後追うからね」
「同じくです。もうこれ以上、貴方を1人にさせません」
だって―――。
「わたしは那由多と永和のこと、大好きですから」
「アタシも那由多と久音、大好き」
誰も何も言わなかった。
わたしたちにとっては普通のことでも、他人にとっては別の形に見えているんだろう。
それくらいわたしでも分かる。この世に親友の為に喜んで命を差し出せる人がどれだけいるか。
でもわたしは差し出せる。那由多の為なら。
「だから那由多がどんな選択をしようと、絶対にもう1人にはしません。それだけが、わたしに出来る唯一の貴方へのお礼であり、お詫びであり、償いです」
「アタシ『たち』、ね?」
「そうでした。ごめんなさい」
わたしが抱きしめたままの那由多は、暫く動かなかった。
なんとなく気まずい沈黙がその場に流れる。
無限にも感じられる数秒が流れ。
そして。
「私……は……」