第385話 親友vs親友3
ステアに使わされたとはいえ、自分の言霊の効果時間を把握できないわけはない。間違いなく那由多に永久化が戻ってきていた。
思わず浮かべた笑みに、ホルンとクロはその事実を察してしまう。
「まさか……!」
「クソッ……」
咄嗟に魔法を放つが、那由多はそれを容易に回避する。
(まずは《限るな》で魔力の際限を消し、魔力を無限にする。《治れ》で身体を癒し、禁術の代償に払った左目も《改めろ》で過去を改変して禁術を使わなかったことにして治せば、ステアちゃん以外全員復活しても尽く言霊で蹂躙できる。それで終わりだ)
《死ね》の言霊の効果時間は短い。
更に復活時に脳の状態もリセットされるため、効果が切れた途端に強制的な集中に陥れられた状態から戻って来られる可能性を考慮し、ステアは《死ね》の対象外にしていた。
そのため禁術を使った事実を無くすことで全員が早期覚醒しても、ステアだけは戻ってこない。絶対的強者である那由多に唯一辛うじて対抗できるステアが落ちた状態で戦えば、5分もかからずに全員倒せる。
そう判断した。
(1500年以上生きてきて最も追い詰められたが……それでも私の方が上手だ)
息を吸い、一気に言霊を紡ぐ準備をする。
リーフの空気操作を考慮し、速筆で言霊も用意しつつ、言葉を発した。
「《―――》」
だが。
「……!なに……!?」
発せない。
空気操作が間に合ったのかと疑ったが、呼吸は出来ているしその後の言葉は問題なく発音できる。
ただ、何度試しても、
「《―――》《―――》っ、どうなって……!?」
命令だけが発することが出来ない。
「《時間の縛鎖》!!」
一瞬の混乱の隙にクロの時間魔法が飛んだ。
僅かに判断が遅れ、それを左脚に食らった那由多は忌々しげにある方向を向いた。
時間魔法で何かをしたクロではない。そちらにいるのは。
「いくら弱体化していようと……他の魔法と、勝手が異なる言霊魔法を、完全に封じることは、自分には困難です」
淡々とそう語る、ボロボロの姿の女性。
「ですが、言霊魔法の発動条件が『命令形で言葉を発すること』ならば―――命令形を”封印”すれば、封じられます。その程度の局所的な封印であれば、流石に通るようですね」
「ケーラ……!」
ルクシアの側近筆頭、封印魔術師ケーラだった。
確かに彼女の言う通り、魔法そのものではなくその起点となる言葉、それも命令形という限定的な条件であれば、今のケーラ以下まで魔力が減衰した那由多相手ならば封印できる。
だが、那由多は腑に落ちない。当然だ。
「……メロッタァ!何している!止めておけと言ったはずだ!!」
ケーラは子飼いの希少魔術師最強であるメロッタが止めていた筈。
万全の状態で演算をしたが、メロッタがケーラに敗北する確率は0.04%。ほぼ確実に勝利できると断言してもいいレベルだった。
何故ならメロッタはルクシアに手の内を晒さないよう、那由多自らの手で記憶を改竄してその強みを忘れさせていた。
だが記憶が戻った今、その実力は戻っている。おそらく以前手も足も出なかったフロム・エリュトロンとすら互角に戦えるであろうその才能と強さが。
その強さの差異と、何より長く連れ添った友人としての躊躇があると那由多は踏み、メロッタならばケーラを殺さずに完全な戦闘不能に追い込めると判断していた。
にも関わらず、こうしてケーラが立ちふさがり、自分の邪魔をしている。
「ちっ……!」
ケーラの更に奥に目をむけると、そこには膝を折って項垂れ、まったく反応を示さないメロッタの姿が見えた。
(私の言葉に反応しないとは……私の支配は完璧だったはずなのに、何をした……!?)
それを考えている余裕はない。
魔法を食らった左足が動かなくなっている。いや、正確には動きはするが、遅い。
(脳の信号伝達を遅らせる魔法……!)
左脚が動かなくなろうと、那由多なら少しの間時間を稼ぐ程度は出来る。
だが今はさっきまでと違い、時間稼ぎをする時ではない。
(ま、まずい……このままじゃ、《黒染の宴》の影響で、魔力が……!)
《速まれ》の言霊を使ってしまったため、那由多の魔力はギリギリまで減少している。
そこに魔力消去を食らっている影響で今や那由多に残された時間は数秒となっていた。
あともう少しで《限るな》を使う魔力量が捻出できず、那由多の敗北が確定する。
「こっ……のおお!!」
それを打開するため、右脚を軸にして攻撃を受け流しつつ、かけられた封印を解析する。
那由多ならば常時発動している魔法を解析し、無効化できる。ほぼすべての魔法を完全理解している那由多だからこそ成せる神業。
「……よし」
命令形の封印は比較的簡素なものだった。メロッタとの戦いで魔力がギリギリだったのだろう。
落ち着いてそれを破壊。更に同時に繰り出されたリーフの細剣を掴んで壁に背中を預け、思い切り蹴とばした。
そして。
「―――《限るな》!」
残存魔力301。
那由多が、言霊を発動する。
「しまっ……」
「《荒れろ》」
突如クロたちの周囲に突風が吹き荒れ、全員が飛ばされ、叩きつけられる。
「がっ……」
「ぐえっ!」
「ううっ……!」
絶望。
まさに今の状況はそれだった。
史上最強の魔術師の最強の魔法と無限の魔力が戻ってしまった。更に仲間はこれ以上いない。切り札もない。
詰みとしか思えない。
「《治れ》」
蓄積した脳への負荷を含む全ダメージを、一気に回復。
痛みが引いていくのと共に、思考もクリアになっていく。
「終わり……かなあ……」
「永和、諦めちゃ……ダメです……」
励まそうとするクロの言葉にも覇気はない。
この場の全員、とっくに限界など超えている。そこに絶望的な強さが戻ってきてしまった今、なにもなすすべがないとクロも分かっていた。
「………ぇ」
終わりを覚悟し、いっそ目を瞑ろうかと思ったクロの耳に届いたのは―――那由多が発した吐息のような声。
だけどそこには、凄まじい感情……困惑と焦燥が込められているのを感じた。
「な……ん、で……?」
彼女の頭の中は、?でいっぱいになっていた。
生まれて初めて、那由多は人並みの焦りと疑問を浮かべている。
(《限るな》が……発動していない……!?)
無限の魔力のトリガーとなる肝心な言霊が、使えていない。
そんなはずはない、私はちゃんと使った。
魔力が無限になった感覚は確かにあった。なのに”永久化”が作動した気配がない。
それどころか、その感覚すらも今は失っている。
《限るな》を使わずに魔法を使ってしまったことで。
那由多の魔力は、既に枯渇寸前となっていた。
「《闇纏う暗弓》!」
「!?ぐっ……!」
更に、うろたえたことで隙が生まれた。
その隙を見逃さず、《黒染の宴》を解除して闇魔法を取り戻したノアの技を肩にもろに食らってしまう。
(なにが……一体、なにが……!)
それでも困惑は止まらない。
治った頭脳で原因を探っていく。
混乱していても、神がかった頭脳は高速で回転して答えを検索し。
そして―――。
「……ステアアアアアア!!」
自らが戦闘不能にしたはずの少女の名前を叫んだ。
それにはっとしたクロたちは、ばっと振り返る。
そこには、口から血を流し、目は充血し、フラフラしながらも確かに那由多を見る、ステアの姿があった。