第384話 親友vs親友2
那由多が圧倒的優勢を取り戻すまで1分を切った。
クロたちにそれを知るすべはないが、それは1秒後に那由多に永久化が戻る可能性もあり得ると認識しているということ。時間が経つごとにギアは上がっていく。
「《魂魄衝波》!」
死霊魔法の数少ない直接攻撃の魔法が飛び、それを予期していた那由多はかがんで回避。
そのままブレイクダンスのように上半身を動かしてホルンを足払いして転ばせ、手のひらを心臓部に置いて心臓マッサージの要領で圧力をかけた。
「うげっ!」
胸骨を圧迫されたことによって呼吸が乱れ、すぐに起き上がれなくなってしまう。
それでも闇人形は動き続けるが、リンクが戦闘不能に追いやられたこととホルンの一瞬の離脱によって隙間が生まれ、危なげなく回避。
連射されたクロの攻撃も同様にいなした。
「くぅっ……!」
言霊魔法と予測の一部を欠落したとはいえ、8対1でも攻撃をほぼ防げる那由多相手に2人で闇魔法を直撃させるのは不可能に近い。
オーバーヒート寸前でも、那由多の絶対的な頭脳は断片的ながら2人の動きを把握し続けている。このままの状況が続けば、那由多が勝つ。
(あと30秒……!どうせ脳なんて後でいくらでも治せる、回し続けろ!)
永久化が戻れば、那由多は言霊魔法でその場の全員を制圧、スイを仮死から元に戻してからホルンを操って自らに宿し、ケーラを使って封印を破壊させ、スギノキへ向かってボタンを殺して交神術を利用、スイの魂と自分の身体を生贄に1000年前へとタイムリープする。
これだけのことをたった1人で行える能力が那由多にはある。
すべては1500年夢見続けてきた世界を実現させるため、那由多は全力で耐え続けた。
「このっ……!」
時間魔法は強力だが、範囲を広げるほど自由度が落ちるため、那由多に作用させるためには範囲を絞って放つしかない。
故に那由多は動き続けて時間魔法を撃つ間を与えず、タイムリミットが遅延させられることを防ぐ。
―――残り20秒。
「!?」
ここで那由多に異変が現れる。
今まで完璧に行っていた移動術が、少しだが崩れ始めた。
(これは……!?)
理由はなんのこともない、疲労。
ここまで恐ろしい密度の攻撃を、身体も頭も回して処理し続けていたため、ここにきてそのツケが来た。
普通の人間なら当たり前に想定している事態。しかし那由多は《保て》の言霊によって全盛の状態を保ち続けていたため、1500年近くの疲れ知らずだった。それをいきなり強制解除されたため、流石の那由多もそれの存在を忘れてしまっていた。
人間はいつまでも同じ動きが出来ないのだという当たり前の事実を。
「ハアッ……ハアッ……!」
ようやく自分の呼吸が荒くなっていることを自覚する。
だが自覚してしまった瞬間、思い出したかのような疲れが体に押し寄せた。
「ちっ……!」
クロが突き出した闇を纏う手を、肘を掴んで押しのけることで回避。
それだけの動作も今の那由多には辛い状態だった。
(焦るな、距離を取って必要最低限の動きで遠距離攻撃を躱せば……!)
―――バチバチッ!
「!!」
何かがはじけるような音と共に、突如空から雷が降り注ぐ。
目線や動きで大体の攻撃位置を予測して何とか回避したが、感電で多少ダメージは負ってしまう。
だがその程度はどうでも良かった。それよりも何が起こったのかを考えることが重要だ。
(リーフ……!?バカな、早すぎる!)
世界中で雷を操る魔法を使えるのはリーフしかいない。
事実、上空に目をやってそこに浮いているのはリーフであり、今も帯電して機を窺っている。
だがその瞳は、何の光も灯していないようで―――。
「っ、死霊魔法で操ったか!」
「ちょっ……永和、わたしの仲間に何を!」
「しゃーないでしょ、2人で那由多止めるのなんて無理なんだからさあ!」
《死ね》の言霊で仮死状態になっていることを利用し、ホルンはあらかじめ疑似魂を生成、宙に浮かせていた。
そして残り時間を稼ぎ続けるのは不可能と断じ、それをリーフに宿らせていたのだ。
(あくまで仮死状態なら死霊魔法で操れないと踏んでいた!実際昔試したのに、まさか出来るとは……!)
魔法の特色は人によって異なる。希少魔術師も例外ではない。
ハルは闇魔法の”消す”力の方が得意だったが、クロは”歪める”方が実は秀でているように。
ホルンの場合、自分の魂を変質させたりすることは苦手だが、”対象に合わせた疑似魂の生成”の才能は歴代の死霊魔術師の中でも上位のレベルだ。
故に仮死状態であり通常とは異なる理論で動かす必要があったとしても、感覚的に疑似魂を改造し、リーフに宿らせることに成功した。
「リーフが目覚めたら自動的に疑似魂が抜けるように設定してるし、害はないよ!」
「……ならいいです!」
「ただごめん、合うように作るのに結構時間かかるんだわこれ!1人分しか作れなかった、これ以上の援軍は無理!」
「構いません!それよりもリーフがいるなら……」
「分かってる!」
ホルンが指示を出す。
それと同時にリーフが動き、魔法を発動した。
「かっ……」
使ったのは、空気操作。
那由多との戦いで風魔法の真髄を掴んだリーフの神速の魔法が那由多を襲う。
(ま、まずい……!今の状態で、空気を奪われるのは……!)
疲労状態で完全に呼吸を潰された。
あまりの苦しさに1秒が永遠にも感じられ、ただでさえ片目だけになっていた視界がさらに狭まっていく。
(仕方が……ない……!)
だが那由多はそれでも抗う。
襟に手を伸ばし、そこに仕込んであった紙をつまんだ。
「!?久音!」
「分かってます!」
クロが止めようとしたが、一歩遅い。
那由多の残存魔力は350。《魔女の宴》で消される分を考慮しても、残り時間で310残っていればいい。
逆に言えば40の分はまだ魔法を発動できる。
だが絶望的な燃費の悪さをしている言霊魔法では、それだけの魔力では簡単な言霊しか使えない。
《速まれ》。
ただ那由多自身を加速させるための言霊。
だがそれでも、リーフの魔法圏内から脱出する程度は容易い速度を出せた。
「くはっ……!はあっ、はあっ……!」
言霊魔法はほぼ無敵だが、続けて同じ言霊を使えないこと、そしてそのインターバルを那由多自身の魔法によって縮めることは出来ないという弱点がある。
故に《速まれ》で永久化復活までの時間を加速させることは出来なかった。
「はっ……はっ……は、はは、あははは……!」
だがそれでも。
「……私の勝ちだ」
那由多が欲しかった数秒を稼ぐことには成功してしまった。
―――永久化が復活する。