第380話 闇×時間
那由多と戦い、全員が薙ぎ払われている時、わたしにスイが話しかけてきた。
『クロ、そのまま聞いて』
『なんです?……うわっ!集中したいので手短に!』
『大切なことなんだ。ごめん』
意を決したようなスイの声に、わたしは魔法の出力は止めずに耳を傾けることにする。
『どうしたんですか?』
『君なら分かると思うけど―――ボクは、ナユタがこのままジリ貧で終わるとは思えない』
『当たり前です』
『え、あ、うん。……那由多は死霊魔術師同様、魂の存在を理解して観測している。現にさっき《代われ》の言霊でクロの魂を強制的に引っ張り出していた』
『それがなに、か!』
『それはつまり、君に一切影響を与えず、ボクだけ狙い撃ちで危害を加えることも可能ってことだ』
一瞬、魔法を止めてしまった。
『……どういうことです?』
『あいつの狙いはボクだ。だからボクを殺すような真似はしないし、そもそもクロの身体を傷つけない。そう思うのが自然だよね。けど、そう高を括っていたらナユタに付け入られる。そんな気がする』
『勘ですか』
『勘だね』
『なるほど。つまり那由多があなたを殺すかもしれないと』
『うん。言霊魔法の特性、覚えてる?』
生物に対して、恒久的効果を与えられない。
『この特性がある以上、ナユタ自身が直接攻撃しない限り、永久化がない今ボクを魔法だけで殺すことはナユタには不可能だ。けど裏を返せば』
那由多は今、スイに死なれるわけにはいかない。計画の要だからだ。
だけど言霊魔法を使えば、僅かな間だけスイを殺せる。
『ですが言霊魔法は意思の力ではじけますよ』
『その対策をナユタが持っていないとは思えない』
『随分那由多を高く評価してくれているんですね』
『当たり前だよ……ボクが1000年前、どれだけあいつにトラウマ植え付けられたか分からないでしょ……』
頭を抱えるスイが脳裏に浮かんできた。
ノア様の最高位魔法によって強化された闇魔法を連射し続けながら、わたしは会話を続ける。
『論点がずれています。早く結論を』
『ああ、うん。つまり、ナユタがボクを殺した時の対策をしておきたいんだ』
『具体的に、は!』
『クロ、どうしてボクが1000年もの間、魂だけの状態を維持できたと思う?』
『質量がほぼ存在しない魂のみを時間停止したからでしょう?』
『それだと50点なんだ。時間停止は使っているだけでも維持に魔力を使う。魔力が半減した状態で1000年キープするのは流石に無理なんだよ』
魔力は魂と肉体に半々で宿る。
わたしの元々の魔力が400、そこからスイが宿ったことで840になったってことは、スイの魂の状態での魔力は440だろう。
時間停止は高位魔法。いくら質量が小さい魂に対して時間停止をかけ、かつ自分自身だけは「自由度が質量と魔力に反比例する」時間魔法の特性のうち「魔力」が対象外になるといっても、高位魔法を1000年維持するのは確かに困難なように思える。
『ではどうやったんですか』
『禁術を使った時点で、ボクは多分肉体的な死を迎える。時間停止を使うとすればその前だ』
『というと?』
『時間魔法は毒劇魔法や封印魔法と同じく、死後も魔法が持続するんだよ』
『……なるほど』
封印魔法と同じく、死を迎えた後に特定の魔法が周囲の魔力を吸って強化されていくのであれば、今の話も頷ける。
時間停止を使った後で禁術を使えば、肉体は死ぬことでスイは死者判定される。それによって魂だけの状態になった後、その魂が49日後に輪廻転生の輪に入らないように日にちのカウントだけを止めていれば、意識や移動能力は保ったまま1000年過ごせるわけだ。
かなり高度な魔法の運用だろうが、数秒維持できればいい。後は死後に自動的に動いてくれるんだから。
『これも那由多の入れ知恵かもしれませんね』
『そうだね。それが今回の鍵だ』
『……?』
『さっきのナユタの話、覚えてる?なんでクロが時間魔法を使えないのかって』
覚えている。
たしか―――、
「身体を共有している時点で、その2つの魂は同一人物として扱われる。その時点で身体には2人分の素質が備わるわけだから、理屈上では時間魔法を使えないわけはないんだ。なのに久音はスイピアと完全に入れ替わらないければ時間操作を行使できない。何故か?これは無意識に魂の境界に線引きをしているからだよ」
と言っていた筈だ。
『たしか、スイと魂を完全に分けているからという話でしたね』
『そう。そしてナユタはこうも言っていた』
―――魂の存在を知覚出来ない人間なら、これは当然のことだ。要するに自分という存在に他人が混じるみたいなもんだしね、どんなに親しい間柄だろうと生理的嫌悪感から拒否するに決まってる。だけど私みたいに魂を知覚し、かつそれにある程度干渉できる場合は違う。スイピアを宿して僅かに魂を混ぜれば、私の自我を残したまま時間魔法が行使できる。
『それが……?』
『クロはもう既に、時間魔法を使うだけの素質が備わっている。けどボクがいるからそれを使うことが出来ない。……じゃあ、もしボクが死んだら?』
『……い、いやいや、流石にあなたと共に時間魔法ごと消えるでしょう。死後も魔法が残留するといっても、それはあくまで魔法の結果が残るだけであって魔法そのものは無くなるはずです』
『ならもし―――時間魔法そのものに時間停止を使っておけば?』
『……あ』
スイの魂が那由多の言霊によって一時的に死んだ場合、時間魔法がそこに残っていれば、スイと魂を混ぜる必要がなくなったわたしはおそらく時間魔法を使用できるようになる。
『ボクは君の身体で時間魔法を使っている。だからその運用方法は君の深い所に刻まれていて、感覚的に使用できるはずだ。少なくとも今までボクが使ったことがある魔法ならね』
『……なるほど。興味深い話です』
『保険として既に時間停止はかけてある。ついでにボクの魔力にも』
『あなたの魂が消えたら、わたしは増えた魔力を失いますからね』
『そういうこと。……まあこれは本当にあくまで保険だ。可能性としてはそこまで高くないと思うから』
『はい、分かっています』
***
(……それで、本当にこんなことになるとは)
時間魔法と闇魔法を併用しながら、わたしは少し恐怖する。
スイが、おそらくルクシアやノア様ですら考えつかなかった那由多の奥の手を読んでいた。きっと1000年前、誰よりも那由多を恐れたスイだからこそ、最後最後があることが分かったんだろう。
「……那由多、本当にどれだけスイを怖がらせたんですか」
「うーん、まあ1000年経ってもトラウマ払拭できなかったくらいには?」
……それはそうだ。
スイの応答は引き続きない。だけどわたしは時間魔法を使用できている。
彼女の言う通り、使ったことがある魔法のみ感覚的に再現できた。それでも出力はスイほどじゃないけど、ないよりは余程マシだ。それに今まで出来なかった、複雑な2つの魔法の組み合わせも可能になっている。
嬉しい誤算は、魔法を併用しているにも関わらずルクシアのように髪色が変化するタイムラグが無かったことだ。どういう理屈か、黒髪のまま時間魔法を使える。
「うるさい同居人でしたが……いなくなるとそれはそれで……」
加速させた永和の攻撃が那由多に掠る。
わたしは再びそこに闇魔法を放った。