第378話 最後の切り札
1500年、ただの1度も破られなかった永久化の強制解除と、それに伴う弱体化。
この世界に生きるすべての人間が当たり前に存在する「限界」が存在しなかった那由多に、突如設けられた制限。
今の那由多はかつてないほどに弱り、あらゆる不便を強いられ、それでいて起こり続けるイレギュラーに頭を回し続けることで処理能力も低下していた。
それだけのハンデを背負って尚、那由多は冷静さを失わず、完璧な動きでほぼすべての攻撃を叩き落としていた。
「……こいつマジ、どうやったらマトモに攻撃当たるんだよ!?」
「どうにもできませんよ、相手が那由多なんですから。わたしたちがどうやったって上回れるわけがありません」
「今親友よいしょはいいわ!」
ルシアスの目にも止まらぬ速度の掌打を、目視するのではなく予測だけでギリギリ回避し、カウンターの裏拳を顎に叩き込む。
「《無数の粒光》《勇者の聖剣》!」
《黒染の宴》を相殺しないように緻密な魔力操作で行われたルクシアの攻撃も読み切り、躱す。
そこに差し込まれた剣も僅かに髪を落とすだけに終わり、そのまま肘をルクシアの鳩尾にねじ込んだ。
ルクシアは長年の勘と反射神経から咄嗟に後ろに下がってダメージを最小限にとどめたものの、内臓破壊込みで行われた攻撃に少なくないダメージを負ったことで回復せざるを得なくなる。
他の全員がどれだけ攻撃を仕掛けても、那由多に致命的な攻撃が入ることは無い。
加えて、1つ問題もあった。
「くっ……!」
ノアが一切攻撃を仕掛けない。
闇魔法の出力が上がっている今この状況では、クロとノアが2人がかりで闇魔法を放ち、回避不可の魔力消去を命中させるのが最も効率がいいはずなのに。
(体感で20年以上のブランクに加えて、最大魔力量が減少しているにも関わらず奥の手を使うからだ。全神経を集中させないと魔法を維持できない状態になっている。これならハルからの闇魔法は警戒しなくていい)
全盛期のまだハルだった時代は、《黒染の宴》によって周囲のほぼ全人間を殺害、生き残った強者は魔法を維持したまま出力が上昇した別の闇魔法の飽和攻撃で殺すのが必勝パターンだった。
ルーチェ以外の誰にも破られたことのないその技。しかし能力が落ちている今は使うことが出来ない。リンクにリセットしてもらったことによって回復した魔力のほぼすべてを発動と意地に使い、その結果攻撃が不可能になってしまっていた。
(だがこのまま戦い続ければ、永久化復活前に致命的なダメージを負うか、言霊を使わざるを得ない状況に陥るのはほぼ確実だ。1度でも言霊魔法を発動すれば、永久化させるための言霊が捻出できなくなる……!ハルを殺せばこの魔法も解除されて自由になれるか?)
だが那由多は、それでも自分が圧倒的不利であると判断していた。
1秒ごとに成長していくリーフとルシアス、全員を的確にサポートしつつ攻撃も撃ち込んでくるルクシア、進んで攻撃が出来ず隙を見せれば土人形で足をすくってくる永和、攻撃がしにくい上に出力が上昇した闇魔法とついでに時間魔法を併用することで一瞬でも目を離せば魔力を食ってくる久音とスイピア、その全員を魔法を使った瞬間移動とリセットで無尽蔵の行動を可能にさせるリンク。
(……否だ、あの女は闇魔法を極めすぎて、本来は死後残留しない筈の闇魔法を残すことを可能にしている!仮に今でもその運用能力が残っていれば、殺した場合むしろこの闇が強化される恐れがある。殺すではなく気絶に留めなければならない。だがそれは殺すより難しい。なら―――!)
各々が厄介極まりない強さを持つこの状況で、那由多がとった行動は。
(最後の切り札をここで切り、永和、久音、ハル以外の全員を先に潰す……!)
そう判断し、那由多は懐から究極の一手を取り出した。
それは札だった。紙1枚の、どこにでもあるようなお札。
しかしそこには、見たこともないような複雑怪奇な魔法術式が刻まれている。
那由多がそれに魔力を込めると、札は一瞬のうちに焼けたように黒くなり、サラサラと崩れていった。
「なにを―――」
全員を悪寒が襲う。
なにか那由多が恐ろしいことを企てていると、肌で察知した。
最速の攻撃が那由多に襲い掛かる。
しかし、僅かに那由多が速かった。
「―――《死ね》!!」
那由多がそう叫んだ瞬間、2つのことが同時に起こった。
まず那由多の左目が音を立ててはじけ飛び、潰れた眼球があった場所から血が噴き出す。
そしてもう1つは。
「……っ」
魔法の準備をしていたリーフ、ルシアス、ルクシア、リンク。
全員が前のめりになって倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
***
那由多の最後の切り札。
それは1000年前、本当に万が一の時用に作っておいた、禁術の札だった。
あらかじめ魔法術式を刻んだ札に、あえて魔力を流さないことでその発動をわざと阻害。そこに禁術と同じ要領で条件を付けくわえ、自分が発動しない限り何年たってもその効果が現れないように細工した。
禁術としての代償は、自分の左の眼球。
あらゆるものを見通し情報を集める、常人の何百倍も優秀な眼球を潰すことで、通常の魔術師が魂を犠牲にするのとほぼ同等の効果をもたらすことを可能にする。
そして対価は『次に発動する言霊魔法の制限解除』。
具体的には、人数制限と意思による防御、このデメリットを取り払う。
1つの言霊につき1対象、更に生物は意思の力で抵抗できるという条件を覆し、問答無用かつ指定した人間全員に最大の効果をもたらす。
その結果、《死ね》の言霊は魔法抵抗も意思も全て貫通し、3人を除いた歴戦の魔術師を死に追いやった。
「死ねって……え……?」
あまりに一瞬の出来事に、永和は困惑し、叫びそうになる。
「落ち着いてください永和。大丈夫です」
「な、何が大丈夫なのさ!だって……!」
「言霊魔法は生物に対して恒久的効果がありあません。時間が経てば全員復活します」
久音はそう言って励ましたが、内心は自分も穏やかではなかった。
目の前で、今まであったはずのす制限を取り払って一瞬の間に4人が殺された。
なら、『恒久的効果がない』という制限も取り払われている可能性が捨てきれなかった。
(あの那由多が、わたしたちの憎む対象となることが分かり切っているそんなことはしないはずですが……本気でこの世界線を捨てる気なら、今わたしたちに咎められることは受け入れようとしている可能性も……!)
実際は那由多は、恒久的効果のルールには禁術のメスを入れていなかった。
つまり久音の当初の読み通り、全員時間が経てば復活する。
だがそれは、どう早く見積もっても永久化の復活後になってしまう。
「で、でも……リンクが、ご主人様が……それに那由多、目……!大丈夫なの痛くないの!?」
「痛いよ。凄く痛い」
「……禁術によって代償に捧げたものは回復魔法や言霊でも癒せないはずです。ずっとそのままになってしまうんですよ!」
「それは違う。そうはならない。これから私は過去の自分と合流するからね」
赤くにじむ視界と激痛でフラフラしながらも、那由多は、ほくそ笑んだ。