第376話 黒染の宴
1000年前、ハルとルーチェはたった2人で那由多相手に善戦し、すぐに再生されたとはいえ何度も重傷を与えた。
これは2人の潜在能力が那由多との戦いで凄まじい勢いで引き出され、那由多でも反応できないほどの速度で成長していったことに起因する。
それでも尚那由多を倒すには至らなかったが、那由多を押し込み、封印までの時間を稼ぐことにも成功した。
「……だからなんだ」
しかしそれは、1000年前の話。
「1500年以上の時の中で、たった2人だけだ!私を怒り狂わせたのは!そのお前らの行動や成長パターンを、私が解析していないとでも思ったか!」
「………っ!」
1000年の封印で、那由多は100万回近くハルとルーチェを頭の中で殺していた。
自分の記憶をつなぎ合わせ、アマラからもたらされる情報も組み込み、完璧と言っていいほどの2人の行動予測書を脳に作ってある。
いつもの即席のものではない、完璧と言ってもいい攻略本。
(今現在の仲間と関わったことで、無意識の行動変化は多少起きているが想定の範囲内だ、ハルがいかに卓越した闇魔術師でもそれが今以上に私に届くことは無い!)
光魔法から闇魔法への切り替えによって起こった再演算も終わりつつある。
若干魔力は削られたが、期待されていたほどの効果はない。
「まあ、そうでしょうね」
だがノアは、そんな中でも冷静さを失わない。
それどころか微笑すら浮かべていた。
「私だって、全盛期でも及ばなかった貴方に今の状態で戦ったところで、それで勝てるなんて思ってないわ」
「だろうな!」
憎悪を抱いていても、那由多はノアの実力自体は認めている。
故に一切油断せず、一挙手一投足から目を離さないようにしていた。
(あれを使おうとした瞬間に仕留める!発動すれば厄介この上ないが、あの魔法は数秒の溜めを必要とする、今の魔力が減衰している状態ならあの頃よりも時間がかかるだろう!その間の無防備な状態ならいくらハルといえど容易に戦闘不能へと追い込める!)
「《無数の暗黒》」
即死系以外のすべての高位魔法を使い、自らの調整を済ませたノアは一気に闇を生み出し、那由多へと放出した。
寿命消去の力を捨て、代わりに魔力消去が付与された闇の飽和攻撃が那由多へと降り注いだ。
「……《透けろ》」
やむを得ず言霊を使い、全ての闇魔法を透過でやり過ごす。
「……!」
その闇の影で、胸のあたりで手のひら同士を近づけ、その中心に恐ろしいほどの密度の闇魔法を構築し始めたノアの姿を、那由多は見逃さなかった。
「させるかっ……」
「全員、12秒稼ぎなさい」
「!」
「了承!」
発動を阻止しようとした那由多の前に、リンクのリセットによって全快したリーフが立ちふさがる。
「《龍雷閃》!……!?」
だが渾身の落雷魔法は届かなかった。
《透けろ》の効果によってすべての攻撃が一時的に透過し、那由多を阻む手を全て無効化している。
(解放まであと8秒、余裕で届く!言霊を使わずとも!)
これ以上の魔力消費を防ぎたい那由多は、近接で気絶させるつもりで手を伸ばした。《透けろ》を解除し、ノアの首へと手を伸ばし。
―――バチィン!
「……!?」
その直前で、見えない壁に弾かれた。
(今の感覚……封印魔法……?)
ばっと後ろを振り向くと、そこにはメロッタによって身体中傷だらけになりながらも手を向けているケーラの姿があった。
「余計な真似を……!」
那由多は1秒もかからずにその封印を解析・破壊する。
「《闇の浸食》!」
「いけっ!」
クロとホルンも那由多を抑えようと動くが、予測によって那由多は視ずに防ぎ、そのままノアに手を伸ばし―――。
「!?」
突如として消えたノアに一瞬驚き、すぐに振り向いた。
ノアは魔法を維持したまま、リンクの傍にいる。
(伸縮魔法による短縮―――違う、リンクの発動速度から考えて私の方が速かったはずだ。あらかじめハルの近くにいつつ、動いた座標をリセットして数分前の位置に戻したのか!そこまで出来るとは、転生特典の自由度が想定以上に高い!)
リンクはずっと転生特典を使っていなかったため、使いこなせずに簡単なリセットしかできないと那由多は考えていた。
だがリンクは天賦の才によって、僅か数回のリセットで感覚を掴み、複雑な運用も可能となっている。
(やむを得ない、リーフの空気操作で止められる前に言霊で移動するしか……!)
「《動……》……!?」
更にここにきて、リーフが風魔法の真髄を掴む。
落雷魔法の強化に集中していた今までの自分をやめ、大本である風魔法の運用を見直す。更にリンクにリセットされる前、即興で自分の電気信号を操作したことによってリミッターが緩み、ほんの一瞬だけだがステア並の速度での魔法発動を可能にした。
(私の想定より……行動が僅かに速い……!?)
空気操作は他の魔法よりも複雑であり、魔法発動後も那由多の言葉を奪えるほどに空気を封じるまではラグがあった。
だがリーフはそれすらも克服し、ほぼノータイムで空気を奪う。
(言霊の紙を取り出し……間に合わな……!投擲で……久音とルクシアがいる状態では不可……ダメだ、手が……!)
「クロ。よく見ておきなさい」
ノアは集中させた闇を潰すように手を合わせる。
それによって、魔法が発動する。
『主様が”黒染の魔女”と呼ばれた所以……オリジナルの、最凶の最高位魔法……!』
最高位魔法は高位までの魔法とは違い、オリジナルで編み出すことがほぼ不可能と言われている。
何故なら最高位となると必要な魔力量、魔法構築時の術式、その双方が桁違いに必要となる。
オリジナル魔法の構築は、自ら術式を編み出し、それを何度も使うことで徐々に不要な術式部分を削減していくことで消費魔力を最適化していく。
だが最高位魔法の場合、理論では作り出せてもそもそも実験するための魔力量がまったく足りないということがほとんどであり、試す段階にすら立つことが出来ない。
だがハルは違った。元々の魔力が膨大な上、感覚的に闇を理解出来る才覚によって自分の望む魔法をいくつも作り上げた。1つだけとはいえ、最高位魔法すらも。
その魔法は1000年前のハルの代名詞となり、世界最強たらしめた奥の手だった。
「これが私の行きついた、闇魔法の極致。ここまで辿り着いてみなさい」
「は、はい……」
「―――《黒染の宴》」
刹那、空間すべてが黒く染まった。
次回更新、所用によりお休みさせていただきます。
次回更新は10月12日予定です。