第375話 最強の闇魔法
「……無理ね」
勝てない。ノアはそれを確信していた。
このままの状況が続いても、ナユタの魔力は削り切れない。ステアという最強のカードを封じられた時点で、それを察していた。
(……あの女の力をこれ以上借りるのは業腹だけど、仕方ないわ)
ステア抜きでナユタの魔力を使い切らせるためには―――イレギュラーが必要だ。
ナユタが把握しきれないであろうイレギュラーが。
ノアは攻撃の手を止め、少し離れた場所に降りてカモフラージュのために数発の光線を放ちつつ、自分の意図に気付くであろう女を待った。
すると3秒もしないうちに。
「ノアちゃん!どうしたの怪我したのどこが痛いのワタシに見せてみて脚かな手かな顔ではないよねその世界一可愛い顔がぶえっ」
目当ての変態が現れて一方的にまくし立ててきたため、顎と頬を抑えて無理やり会話を止める。
ノアの異変を察知してきたルクシアは、それでも恍惚とした表情を浮かべていた。
「時間がないわ、要点だけ言うわよ。―――私の髪を染色魔法で変えなさい」
「……くほひ(黒に)?」
「それ以外に何があるってのよ」
手を離し、ルクシアの手を取って自分の腕を掴ませた。
「まったくもう、だから言ったのに。ノアちゃんに光魔法は向いてないって」
「……むかつくけどその通りね」
自分を分かっているような発言にむかつきつつも、ノアはそれを肯定する。
「私の光魔法は貴方の完全なる下位互換。どうやっても1000年前の貴方にも遠く及ばない出力しか出せない。……イヤになるわ。このままじゃ私は、いずれ側近たちに追い抜かれる」
「うん、そうだと思うよ。なんならリーフ辺りはもう超えてる気がするし」
「発展途上のあの子にナユタなんてぶつけたら、そうなるのは必然だったわね」
闇魔法と他の魔法は、原理が全く異なる。
通常は他の魔法にも流用できる技術が開発されても、闇魔法には適用できない。逆に闇魔法のロジックを他の魔法に組み込むことも不可能だ。
1000年前のノア―――ハルは、その闇魔法の運用能力が異常発達していた。しかし光魔法に変化してしまったことで、”天才”で止まる程度の実力しか発揮できなくなっていた。
しかも、既に成長限界に届きつつある。このままではリーフやルシアスのみならず、クロとスイにすら追い抜かれる。
それは彼らの主として、かつて最強として君臨した魔術師として、自分を許せない。
「でも大丈夫なの?ブランクあるでしょ?」
「はあ?何を言ってんのよ」
自分の髪をすくい、金から黒へと変化していくそれを眺めながら。
「この私にそんなものあるとでも?」
「……あはっ、そんなところが好き♡」
「死ね」
笑顔で不敵な発言と罵倒を吐き、懐かしい魔法を放った。
***
「《食い散らかす闇》」
クロがよく使う、生み出した闇と同じだけの質量を消す魔法。
だがその威力、大きさ、数、全てがクロとは段違いの無数の口が、那由多へと襲い掛かった。
「ちっ……!」
《消えろ》や《失せろ》などの効果的な言霊は、ステアに自分の魔力にそれを適用されることを考慮して使い切っている。
そのため、那由多は全ての攻撃を全力で見切って躱すしかない。
「《破壊光線》」
「!」
それに集中したため、一瞬だが思考がブレた。
ルクシアはその隙を見逃さず、打ち消し合わないように超正確な魔法を放つ。
那由多は辛うじてそれも急所への攻撃は回避したが、よけきれずに手首に食らった。
「くっそ……!」
本来なら超高熱で焼かれた光魔法による攻撃は出血を伴わないが、那由多の魔力を削られて尚高い魔力耐性が威力を減衰し、皮膚の焼け焦げが最小限にとどめられ、その結果血が噴き出てしまう。
「《戻れ》!」
常人よりも遥かに高性能で、それ故に繊細な脳を持つ那由多にとってこの量の出血は致命的であるため、やむを得ず状態を戻して攻撃を無効化。
「《闇の侵食》《堕とし穴》《魔王の邪剣》」
立て続けに魔法を使い、全盛期からどの程度能力が低下しているかを判断。
(技術は問題ない。ナユタも『光魔法を使う私』から『闇魔法を使う私』に置き換えて再演算する必要があるから、少しの間動きが鈍りそう)
一方、那由多は染色魔法で闇魔法を使ってくること自体は予測していたが、1000年前の戦いの時と現在でどの程度まで出力や手札が前後しているかが不明だったため、即座の対応が出来なかった。
だが約20秒で行動を全て把握し、自身に組み込む。
それで終わり。後は先読みしている攻撃が当たらない場所にいるだけ。
だが那由多は、それでは終わらないことを察していた。
「《蒔かれる終わり》《連射される暗黒》《無数の暗黒》《影縫い》」
「っと、た……!」
ノアの闇魔法の出力は、闇魔法を使うごとに目に見えて上がっていった。
(……いやいや、有り得ないでしょう!?)
主が同じ闇魔術師となったことにも驚愕した。
だがそれ以上に、目の前の出来事がクロには信じられなかった。
『さ、流石主様……!ああ、その素晴らしい強さと苛烈さ、あの頃を思い出します……』
『言ってる場合ですか!なんですかあれ!』
『なんですかって、あれが本来の主様だよ。歴代最強の闇魔術師にして、世界征服まであと1歩まで迫った伝説の魔女だ』
『いやっ、それは分かってますが……!』
同じ闇魔術師だからこそ、クロにはノアが使う闇魔法の恐ろしさが理解出来ていた。
『あんなにポンポン闇魔法を展開して全て制御してるのもおかしいし、同時に発動できる数もおかしいです!出力もどんどん上がっていきますし!』
『言っとくけど、あれでも全盛期の主様の7割くらいでしかないよ』
『嘘でしょう……!?』
光魔法を使っていた時のノアすら、クロにとってはレベル違いの強さを持っていた。
それが闇になると、20年近いブランクをものともせずに恐ろしい密度で闇を放ち始めている。
クロは自分が一生かかっても到達できるか分からない域にいて、しかもまだまだ調子を上げ続けているノアに畏怖した。
『出力が上がり続けてるのは、言っても久しぶりな闇魔法を上手く運転するために色々な魔法使ってるからだと思うよ。……あっ、ナユタに掠った!流石主様!』
当初はハルの時代から6割5分程度だったノアの闇魔法は、僅か1分で8割にまで戻っている。
このまま調子をあげれば、どうにもならない最大魔力量低下に伴う出力低下を差し引いても、9割5分までは調子を出せる。
「どこまでも、忌々しい……!お前さえ……お前さえいなければ!私の作戦はほぼ何もかも無く成功してたんだ!ハル!!」
「そんな言葉、私にとっては賛辞よ」
ノアは尻上がりに上昇していく自分の魔法に気分を良くしつつ、ちらりとルクシアを見た。
ルクシアは久しぶりに闇魔法を行使するノアを見て鼻血を流しながらもこくりと頷く。
ハルとルーチェ。
1000年前の段階とはいえ、あの那由多に、たった2人で何度も重傷を負わせた、魔法全盛期の最強たち。
その2人が、那由多に再び牙を剥く。