第374話 予測
那由多はステアの精神支配を拒むため、自分の脳のリソースの半分以上をステアの対処に充てていた。そうしなければあらかじめ脳にインプットしておいた自動精神操作遮断プログラムを解析され、1秒という制限すらも取り払われて完全に支配下に置かれてしまう可能性があったからだ。
しかしステアが行動不能となったことで割いていた思考が戻り、那由多は本来の解析と予測能力を取り戻す。
「んのっ……」
(左手で裏拳、それを目隠しにして本命のヘッドバット。それすら回避されることは織り込みまれている。リーフはそれを見越してルシアス諸共《落雷》を放つ。だがタイミングをずらせば躱しきれる)
結果、ルシアスとリーフの成長曲線すら織り込んだ予測が可能となっていた。
この場合、読める未来は10分から30秒先にまで縮まるが、動きをすべて把握しきることが出来ることには変わりない。
那由多は危なげなくルシアスの頭突きを捌き、《現れろ》で自分をリーフの至近距離に移動させた。
当然リーフは雷を纏った状態で反撃してくる。だが那由多はそれを見越し、完全に読み切った動きで帯電していない部分を掴んで攻撃をずらし、肘を顔に打ち込んだ。
「うぐっ……」
「クッソ、また攻撃が当たらなくなりやがった!」
「ステア!まだ戻って来られないの!?」
「無駄だ。超人的頭脳と大人しさで勘違いしがちだろうが、彼女はまだ13歳だぞ?」
自分の『なぜ』に答えを見つけ出せそうなのに、それを完全に放棄できるほど大人じゃない。
まして超集中を強いられた今の状態で、その思考から戻ってくるのは難しい。
那由多はそう確信し、ちらりとステアを見たが、ステアはぼーっと立っているのみ。
那由多はニヤリと笑い、地面に手をつく。
「《割れろ》」
美しい紋様や絵画が描かれた床が割かれ、崩れる。
「きゃあっ!?」
「うおえええっ!?」
乙女な声を出す久音と、派手に叫ぶ永和の声に愛おしさを感じつつ、2人への影響は最低限に抑えて敵の動きを止める。
「この状態なら踏ん張りは効かない」
「!」
「《貫け》」
たたらを踏んだルシアスの腹に手を当て、言霊で風穴を空けた。
僅かな時間で再生するだろうが、それまでは行動不能。残り14分強、永久化が戻るまでに魔力を温存する目的がかなり近づいてきた。
「油断っ、ウチには関係ない!」
だが地を割られた直後、風で宙に浮いていたリーフは攻撃できなかった。
那由多と戦うことによる成長で更に雷の出力を上げた彼女は、空中から広範囲へ雷の雨を叩き落とす。
「ちょっとリーフ、私たちにまで当てるつもり!」
「愚問、それくらいの出鱈目でないと彼女に掠りもしない!頑張って避けろ!」
たしかに不規則すぎて避けるのにも一苦労だと感じながら、那由多は思考する。
(やっぱり落雷魔法は面倒だな。放った雷からの放電や感電はリーフの意思が介入しないから読み切れない。早めに潰しておきたいが……)
自らの禁術によって力を得たのとは違う、純粋な才覚のみで覚醒に到達したリーフを高く見積もりつつ警戒、優先して倒す必要がある。
(この時代はどうなってるんだ……希少魔法と超人体質のハイブリッド、私に近しい頭脳と神がかった魔力量を持つ精神魔術師、更には自力で覚醒魔法に到達した天才……?恐ろしいな)
更にそこに、1000年前に自分を追い詰めた2人の天才まで転生によって姿を現している。
実に面倒なことだ。那由多は負けはないと思いつつも最大限に気を張り、全員の動きを再び演算し始めた。
そして。
―――ドッ。
「……!?」
あろうことか、滞空しているリーフに壁や瓦礫を蹴って近づき始めた。
(正気か……!?)
普通ならば那由多は、どんな至近距離で攻撃されようが躱すか受けられる。
だがリーフ相手の場合、異常な反射神経によって相手が躱すのとほぼ同時に追撃を出来るだけでなく、全魔法中2位を誇る落雷魔法の速度によって多くの方向から攻撃出来るため、自分から接近することは愚策に等しい。
「《雷鳴纏う戦矛》!」
那由多がギリギリまで近づいたのを見計らい、完璧なタイミングで魔法を放つ。
中範囲への放電と貫通属性を持つ魔法。防ぐには言霊しかない。
魔力を使わせるため、リーフは移動系の言霊で背後に回られることを警戒しつつ攻撃を仕掛けた。
「………!?」
だが。
那由多は言霊を使わない。
(何をしている!?彼女の魔法耐性なら死にはしないだろうけど、ヤケでも起こしたか!)
リーフが困惑するのと同時に、不可思議なことが起こった。
落雷魔法は途中まで那由多を狙っていたにもかかわらず、突如軌道を変えてまったく別の方向へと向かってしまった。
「なっ、にぃ!?」
「はい無防備」
次の魔法は間に合わず、速度を落とさず飛んできていた、《向けろ》の言霊によってあらゆるエネルギーの向きが1点へと向かった那由多の拳が炸裂する。
「ナユタ様!助太刀をお許しください!」
「いや、よくやった」
金属魔法によって避雷針を作ることで那由多への雷を弾いたメロッタが叫んだ。
戦い続けていたケーラがボロボロになった様子をちらりと見て、避雷針をメロッタが使うことまで予測していた那由多はほくそ笑む。
「かっ……」
那由多の本気が直撃したリーフは地面に叩きつけられ、それでも起き上がろうとしていた。
(限界は超えてるはずだけど……。体内の電気信号を操って無理やり意識と身体能力を保っているのか。つくづく天才だな)
心の中ではリーフを賞賛しつつ、那由多は。
(だがとりあえずあと4人―――)
「《闇拘束》!」
周囲にすぐに目を向け、放たれると思っていた闇魔法を余裕を持って回避。
更に現れた土人形の抱擁も、覚えたてのリンクの柔術で組み伏せる。
「那由多……!」
《闇拘束》は拘束と共に相手の魔力も消せる。
最近は相手を殺すことに重きを置いていたためあまり使わなくなっていた技だが、今食らえば那由多にとっては致命的だ。
魔法抵抗で多少は防げるが、それでも削られはする。今の那由多にとってそれは大問題だった。
だが。
「無駄だよ久音。君たちの動きは全て完全に読める。あれだけの時を一緒に送ったんだから」
食らうことはない。
受けなければなんでもない。
那由多はそう思い。
「じゃあ、こっちならどう?」
響いた声にはっと振り向いた。
「《闇拘束》」
「っと!」
全く同じ魔法。
しかし速度、出力共にクロとは段違いの闇魔法が、突然後方から放たれた。
「事前に、予測は立ててたが……やっぱりそう来るか!」
直前で回避しつつ、那由多は忌々しげに相手を睨む。
そこにはノアがいた。
黒髪となったノアもまた、那由多を睨み返した。