第371話 弱体化
ステアの予測が正しければ、那由多はもうさっきまでのように出鱈目に言霊魔法を使用できない。
《湧き出ろ》は一瞬で魔力が回復する言霊だったはずだから全快はしているだろうけど、そこから瞬間的に魔力が回復することは無い。
「なるほどなあ!おるぁ!」
「ちいっ!」
那由多の魔力量は1600。わたしたちが見てきた中でもぶっちぎりで多かったステアをさらに上回る、おそらく世界歴代トップクラスの保有量だ。
にもかかわらず言霊を温存しているということは、多分言霊魔法の燃費は全魔法の中でも最悪。使う言葉の種類にもよるだろうけど、1つの言霊で最高位魔法に匹敵するほどの魔力を消費している可能性もある。
考えてみればそれはそうだ、あれほど世界全体に影響を与え、生物以外であればほぼ無制限に状態を変化させられる魔法が低燃費なわけがない。
永久化が破壊されている今、その弱点をどうにかするすべは、那由多にもない。
「久音、チャンスだよ!アタシらも行こう!」
「そうしたいのはやまやまですが、まだ出力がブレる程度に頭痛が……!」
『ボクに代わってくれればいける!早く!』
ポンッ。
「……ん?」
これを機に打って出たいのに動けないわたしに触れたのは、リンクだった。
「治ったでしょ」
「え?」
たしかに言われた通り、頭痛が完全に引いている。
ためしに闇を指先に出してみると、問題なく機能した。
「なるほど、これが転生特典の効果ですか。助かりました」
「ん。ステアがサポートに回れって言ってきたから、リンクは後ろに下がる。気張んなさいよアンタら」
「ええ」
続けてリンクは永和にも触れ、リセットの効果で脳の状態を戻してくれた。
「っはあ……お前こんな力隠してたのか。なに出し渋ってんだよこんなことになるまで!」
「もともと死んでも使う気なかったのに、ステアが全部見破ってリンクを脅してきやがったから仕方なく使ったのよ。……ま、変なプライドだったなって使った今になると思うわ」
「まったくだよ畜生。んで?お前サポートに回るって?」
「正しい判断だと思います。あなたの体術をこれ以上那由多にラーニングしてしまわれると、永久化が復活するまでに那由多を倒す難易度が跳ねあがりますから」
勝利条件は変わった。
さっきまでは、ステアが行動不能になるまでに那由多を倒すのが絶対だった。そうしないとこっちの勝ち目が完全になかったからだ。
けど今は違う。那由多の魔力が有限になった以上、わたしたちの勝利条件は”永久化の復活までに那由多の魔力を使い切らせること”になったと言える。
「永久化は時間が経てば復活します。ですが使用していた言霊が全てリセットされたということは、永久化による不死と無限の魔力の再発動のためにもう一度言霊を使う必要があるということです」
「けど魔力が無けりゃそもそもそのための魔法が発動できない、と」
『完全に魔力を枯渇させれば、那由多の魔力回復速度がどんなに速かろうと再発動まではかなりのタイムラグが出来るね』
那由多は魔法無しの基本的な戦闘力も相当に高い。恐らくその点でもリーフすら上回り、わたしたちの中で勝てるとすればリンクとルシアスのみだ。
それでも魔力ゼロのハンデを背負ってわたしたちに勝てはしない。流石の那由多でも魔法の物量で押し込める。
「でもさ、那由多ってばあんまり使わず言霊を温存して戦う気みたいよ?どうすんの」
「それも大丈夫です」
「ん?」
「だって―――」
「《止まれ》。……!?クソッ!」
「《雷光一閃》!」
「かふっ……」
那由多が言霊を放った瞬間、那由多自身の動きが止まり、そこにリーフの雷が炸裂した。
「リンクにリセットしてもらったことで、ステアの脳の状態は全快しています。度重なる使用、アマラへの侵入、その全てが元に戻ったので引き続き那由多への精神干渉が可能なはずです」
「しかもリンクがいるから、これから那由多に侵入する時の脳へのダメージも全部リセット出来る。だからリンクがサポートだって言ってんの」
「なるほどね。理解」
「これによって絶対にステアが1分毎に那由多の魔力を削れます。今の力を温存するために本気を出せない那由多相手なら、この精神支配と総戦力で持ちこたえ続けることは出来るはずです」
『けど問題は……』
「はい。永久化の復活がいつになるかが未知数であることです」
わたしたちへの回復の言霊は、約100分機能していた。
全ての言霊がこれに沿うなら、それまでに魔力を使い切らせるのは全然不可能ではない。
問題なのはそれ以下、5分10分で回復する場合だ。そしてそれは那由多にしか分からない。
「故にわたしたちがしなければならないのは、一刻も早く那由多を戦闘不能まで追い込むこと。瞬間再生と無限の魔力を失った今の那由多相手でも困難ではあると思いますが……」
「まあ、相手が那由多だからね。仕方ないね」
「はい。……正直、今のこの状況もちょっと嫌なんですよ。那由多が傷ついている。痛がっている。仕方なくても、やはり割り切れなくて」
「分かる。……早くなんとかしなきゃ」
「はい」
リンクは後ろに下がり、わたしと永和は並んで魔法を構えた。
「行こ、久音。那由多のこと助けなきゃ」
「はい、永和」