第370話 最強ではなくなった女の子
すみません、投稿の順番間違えました。
別に違和感は無いかと思いますが、こっちが先です。どこかで多分差換えます。
花藤あかりは普通の女の子だった。
人を傷つけるのを良しとせず、人形や魔法をこよなく愛し、自分で取ってきた花を母に渡す、どこにでもいるいたって平凡な少女。
だが彼女が平凡でいられたのは、僅か5歳までの話だった。
***
「そんなことで俺を超えられるかぁ!!」
ホコリが舞う道場の中で、道着を着た男女が組み合っていた。
40代半ばのその男は、まだ10代半ばに差し掛かろうかという少女―――あかりを勢いよく持ち上げ、地面にたたきつける。
あかりは咄嗟に受け身を取ることで痛みを回避したが、その顔には疲れと恐れがくっきりと映っていた。
「なんだその顔は……?疲れたとでも言うつもりか?」
「い、いえ」
「生意気な!今日のメニューを5つ追加だ!」
「………っ」
母が死んで10年。
あかりは父によって変えられてしまっていた。
花藤流壊柔術―――明治前期、花藤の先祖が開発したと言われている、人を壊し、または殺すためだけの柔術。
それをずっと、父に叩き込まれていた。
ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっと。たった1日休む間もなく。
学校にすら、行かせて貰えずに。
普通なら1年もしないうちに死んでしまうような地獄の毎日。
だがあかりは耐えた。耐えてしまった。
理由は単純明快。あかりが天才だったからだ。
身体は鍛えれば鍛えただけ強くなり、技は数度食らえばそれ以上の威力で再現できる。
精神はともかく身体は疲れを知らず、脳ではなく脊髄反射で判断し、本人でも良く分からないような最速最前の動きで敵を倒せる。
その時代の最強となるポテンシャル、天賦の才を持って生まれた少女。
仮に彼女が古武道ではなく、柔道や空手、レスリングといった現代武術を習える立場で生まれていれば、間違いなく世界にその名を轟かせる選手になっていた。それほどの常軌を逸した才能を持って生まれてしまった。
「必ず日本にも、再び戦争の時代が来る!我らはその時に備え、己を鍛え続けるのだ!」
より多くの人間を自らの手にかけたい。
戦の野望に取り憑かれ、時代に取り残された花藤家の者たちは、あかりにとって恐怖の対象でしかなかった。
唯一自分を庇い、匿ってくれた母も死に、ただひたすらに暴力に耐え忍んで望んでいない鍛錬を積む毎日。
あかりの瞳は、随分前から光を灯していなかった。
ただほんの少しの間、父親や同じように戦いを強要してくる家族の目を盗んで雑誌を読む時だけを除いて。
「ふふっ」
もう何度読んだか分からない、既によれよれになってしまった、10年以上前のアイドル雑誌。
だがあかりにとっては、それだけが心の拠り所だった。
「可愛いなあ……」
何度呟いたか分からない台詞がまたあかりの口から零れる。
これを買ってくれた母の優しい顔と雑誌の中のアイドルの笑顔だけが、あかりに力を与えてくれていた。
「私も……いつか、こんな……」
だがそれを言いかけて、あかりは再び顔に影を落とし、雑誌を閉じた。
鏡に自分が映る度に、伸びた身長と筋肉質な体、なにより身体中に刻まれた傷を見せつけられる。
その自分の、あまりに雑誌とかけ離れた姿を思い出し、あかりは下を向く。
「……お母さん……」
目に溜まった涙を拭き、再びあかりは外に出る。
自分を呼ぶ怒号の元へと。
「……え?」
その日、あかりはいつものようにこっそり雑誌を覗こうと自分の部屋に入った。
そこにはビリビリに引き裂かれ、もうとても読めない雑誌があった。
あかりは久しぶりにその感情を抱いた。
母の死から何度も追い詰められ、忘れていたはずの感情。
怒りに身を任せ、あかりは父たちが集まる食堂へと向かった。
ガヤガヤという音の中から、あかりは父の声を正確に捉えた。
昼から酒を飲む父の姿に顔を顰めながらも、話している内容が引っかかり、あかりは身を潜めた。
「まったくあかりのやつ!あんな汚らわしいものを持っていおって!」
「本当だよ、なんて嘆かわしい……軟弱な精神がまだ残ってる証拠だな」
「仕方ないさ、いくら強くても所詮あいつは女だからな」
男尊女卑の考えを根強く残す花藤家の者たちの言葉にあかりは怒りがさらに湧く。
しかし、それに続いた言葉。それに比べれば、そんな怒りなんてないに等しかった。
「どうせあの女だ!あいつが買い与えたんだあんなものを!クソッ、死んで尚忌々しい女だ……あかりを真っ当に育てるだの戦いからは遠ざけるだの訳分からないこと言いやがって!」
「お、おいおい落ち着けよ。流石に飲みすぎだぞ」
「あいつと子を成せば強い子供が生まれると、占いで出たから攫って産ませたのに、女を産みやがって!」
「…………は……?」
「挙句に子供を連れて行こうとしたから殺してやった!まったく使えないゴミのような女だった!」
父が何を言っているのか、理解するのに数秒かかった。
「戦になれば女は男に守られる立場だというのに、俺たちに意見しやがって!」
「おい!そんなでっかい声で」
「ああくそ、思い出したら腹が立ってきた!あかり、あいつ今日は……」
ようやく全てを理解した瞬間。
あかりは父の前に立った。
「……ん?あかりか」
「どういう、こと?」
「あ?」
「お母さんを……殺した……?」
「ああ、そうだが?……ん、そうかお前はアレに懐いていたな。そうかそうか、俺が憎いか!」
父親は立ち上がり、フラフラとしながらも構えた。
「いいぞ、その憎しみがお前を強くする!そしてその強くなったお前を俺が倒すことで俺がさらに強くなる!さあきてみろあかり、俺を」
父の言葉は最後まで続かなかった。
あかりの大きな手が、父の首を握り潰していた。
「あ……お……」
「あかりが乱心だ!」
「殺せ!!」
それを見たほぼ全員が、嬉々としてあかりに襲いかかっていく。
あかりはそれを見て、ただただ虚無の目で―――。
***
「はぁ……はぁ……」
10分後、食堂は真っ赤に染まっていた。
10を超える人間がいた場所は、今やたった1人になっていた。
ある者は引きちぎられ、ある者は首を360度曲げられ、ある者は内蔵を引きずり出された。
今まで叩き込まれた全てを使い、あかりは父を含める一族全員をその場で殺した。
「ふ……ふふ……」
母の仇は討った。
もう、自分に何かを強要してくる人はいない。
毎日朝4時に起きる必要も、何十発も殴られる必要も、望んでもいない人の殺し方を知る必要もない。
自由だ。
私は、自由に生きていくことが出来るんだ。
「ふふ……ははは……!」
自由に、生きる。
「はは……は……」
……どうやって?
あかりは学校にも行かせて貰えなかった。
最低限の教養はあるが、とても社会で生きていけるレベルじゃない。
それ以前に、ほとんど軟禁状態で育てられたあかりは、外がどうなっているのかなんて知らない。
なにより、今の自分は殺人犯で、人でなしで。
「ああ……」
ダメだ。
自分は、どう頑張っても自由に生きるなんてできない。
何万回も読んだあの雑誌の女の子たちのように、輝くことなんて出来ない。
「……ははっ……つまんないの」
―――疲れた。
あかりはそう思って、自分の首に手をあてがい。
ボキボキという音と共に、彼女の意識は途絶えた。
***
走馬灯は、母との思い出だった。
楽しくて仕方がなかった、ほんの刹那の時。
―――ああ、もし出来るなら。
やり直したい。あの頃に戻って、もっと別のことをしたい。
もっと可愛くなりたかった。アイドルみたいに愛らしくて、女優みたいに綺麗な存在になりたかった。
出来ることなら、あんな男に育てられた私の人生を、なかったことに―――。
それから目が覚めると。
花藤あかりは、“リンク”になっていた。
次回投稿、所用につきお休みします、ごめんなさい!
次回更新は9月18日予定です。