第33話 誕生日って?
ステアが文字や語学、魔法などの知識を干からびたスポンジが水を吸うように吸収し始めた頃。
「そういえばステア、あなたの誕生日っていつなんですか?」
ふと気になり、ステアに聞いてみた。
「たんじょうびって、なに?」
「自分が生まれた日のことです。ステアであれば次で五歳なので、自分の生まれた時から丁度五年分、時間を進めると、あと何日ですか?」
「ちょっとまって」
机を隔てて光魔法についての書物を読み漁っていたノア様も興味を持ったようで、栞を挟んで本を閉じてこっちに来た。
「さすがのステアも、生まれてから今日までの日数を数えるのは時間がかかりそうね。って、あら?そういえばクロ、あなたの誕生日は?」
「そういえば、覚えてませんね」
「クロを売ったっていう両親の居所さえわかればねえ。本当に場所も覚えていないの?」
「赤子の時の記憶がある人なんて、ステアやノア様のような特殊パターンでない限りいませんよ。物心ついた時から奴隷商に飼われてました」
わたしが前世の記憶を思い出したのは、ノア様と出会う少しだけ前。
馬車から落ちて頭を打ったからだ。その前の記憶はむしろ欠けてきている。
「わかった」
頭の中で回想している間に、ステアの脳内処理が終わったようだ。
「さすが、早いわね」
「ん」
「で、いつなんですか?」
「きょう」
「へえ、今日ですか」
「今日なのね。それは―――」
「「今日?」」
「ん。きょう」
しばらく沈黙が続く。
「えっと、誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
「五歳ね。何か欲しいものとかある?」
「ホットケーキ」
「クロ、あとで山のように積み重ねたホットケーキを作ってあげなさい」
「腕によりをかけて作ります」
そうして約束だけして、わたしたちは皆、勉強と読書に戻った。
カチ、コチ、カチ、コチと、時計の音だけが大書庫に響く。
「なんか、二人とも反応薄くないかしら?」
「なに、おじょう?」
「急にどうされたんですか?」
「いや、その。この年頃の女の子って、大体は誕生日ではしゃいだりするものじゃないの?」
そんなことを言われても。
「誕生日に祝われるとか、縁のない人生を送ってきたもので………」
「たんじょうびって、おいわいするものなの?」
「はいはいそうだったわね、あなたたちはそういう子たちだったわね」
ため息をついたノア様は再び本を閉じ、立ち上がった。
「ちょっと二人とも、外に出ましょうか」
「どこかにお出かけですか?」
「おかいもの?」
「まあ買い物っていうか、あなたたちの誕生日プレゼント買いに行くわよ」
誕生日、プレゼント?
わたしが?
「いえ、ですからそもそも、わたしは自分の誕生日知らないんですが」
「じゃあ私と会った日を誕生日にするといいわ。ほら、三年分だからクロは三つ買う権利があるわよ。よかったわね」
誕生日。わたしの。
―――まっっったく実感が湧かない。
前世でも、今世でも、一度たりとも誕生日を祝われたことがなかったし。
今だって、読んでいた本に「バースデイ」って単語があったからなんとなく聞いてみただけで、別にそこまで気になったわけではなかったんだけど。
「ではわたしは、ノア様との出会い、お仕えできていること、闇魔法で三つもう頂いていますね」
「クロ、無欲は美徳だけど、この私のものである以上、たまには強欲さを出してみなさい。とにかく街で色々探してみましょう。ほら立って」
わたしとステアは顔を見合わせ、まあノア様がそこまで言うならと、本を置いて立ち上がった。
警備の隙を突いて、わたしたちは裏門から外に出て街へと向かう。
「押しつけがましいかもしれないけど、こういう時にちゃんと渡すもの渡しとくのが良いと思われる主人の秘訣よ。人心掌握ってやつね」
「ノア様のそういう隠さないところ、わたしは嫌いじゃないです」
言っちゃったら人心掌握も何もないと思うんだけど。
そもそも、わたしもステアもそんなことしなくても、とっくに掌握されているし。
街に着くと、多少の注目はあるものの、声をかけたりしてくる人たちはいなかった。
この街の髪色至上主義者たちはこの三年で軒並み排除したし、当然か。
みんな、極力私たちみたいな特殊な髪色には関わりたくないだろう。
「あなたたち、本当に欲しい物とかないの?」
「急に言われましても―――あ、書庫の掃除用の箒が一本折れちゃったのでそれで」
「それは普通に私が買い足しておくから、自分の欲しいもの考えなさい」
ふむ、欲しいものか………。
………。
ダメだ、まったく思いつかない。
だって今までの人生、節制と無欲と忍耐が無ければ生きていけない時代の割合が大きすぎて、『物を欲する』って概念がわたしとは縁遠すぎる。
「ノア様、正直に言わせていただけるなら、わたしは本当に物欲がないんですよ。なので保留させていただけないでしょうか?そのうち本当に欲しいものがあったらお話させていただきますので」
「………しょうがないわね。本人がそう言うならそうしましょう。ステア、あなたは何かある?」
「ホット」
「ホットケーキ以外でね」
「じゃあ、ハンバーグ」
「いったん食べ物から離れなさい」
ステアもまた、わたし同様悩んでいる。
この子は食欲は旺盛なんだけど、その他が希薄だ。
眠そうな目をしているけどいつも寝ているわけじゃないし。
「ま、とりあえずあちこち見て回りましょう。そのうち一目惚れするものでも見つかるかもしれないわ」
「ん」
「わかりました」
平日の昼、この街で最も人が少ない時間帯の商店街をわたしたちは歩く。
「しっかし、いくらこの時間とはいえ、本当に活気がないわね」
「多分、ノア様とわたしが来てるからかと。この三年でご自分がやらかしたことの数々、思い出してください」
「ダメね、思い出せない。精神魔術師じゃないから」
「なんて言い訳を」
わたしは襲い掛かってきた連中を未知の魔法で撃退して問答無用で留置場送りにしたり。
ノア様に関してはちょっと多すぎて数え切れないほど、この街で問題を起こしている。そりゃ避けられる。
この街で、わたしたちを見て活気を出すような人なんていないはず―――
「ちょいと、そこのお嬢さん方」
と、思ったらいた。
声のした方を振り向くと、そこには見たことのない婆さんが露店を開いていた。
フードを深くまで被った老婆で、顔もよく見えない。
『怪しい』と『魔女』を足して二をかけたような婆さんだ。
「見ない顔ね。旅商人?」
「うふふふ、その通りさね。あんたらが通った途端、ここの連中が静かになったんでね、こりゃ商売のチャンスだと思って話しかけたわけさ」
「こんな、怪しいを絵に描いたような三人組に商売しようなんて、商魂たくましいですね。髪色見えてます?」
「見えてるとも。でもだからどうしたってんだい。どんな髪色してようが、あたしゃ物を買ってくれるなら構いやしないよ」
へえ。これは驚いた。
ここまで差別をせずに人と接することが出来る人も、この国じゃ珍しい。
「ふーん。気に入ったわお婆さん。どんな商品を取り扱ってるのかしら?」
「ま、見てってくれよ。世界中から珍しいもんを集めてるよ」
「ほう、ではわたしも………なんですかこれ?」
「おっ、お嬢さんお目が高い!そいつぁはるか南にあるとある集落から譲られたもんでねぇ。付けると不思議な力が宿ると言われるお面だよ。どうだい、今にも人を呪い殺しそうなデザインがチャーミングだろう?」
「クロ、それほしいの?」
「いらないです」
髪色で差別をせず、平等に接する姿勢には好感が持てる、けど。
なんというか、取り扱っているものはその、センスが独特すぎて買う気になれなかった。
「これは?」
「花瓶さね。時の芸術家がデザインを追求した結果、完璧なフォルムになったけど花を入れる穴が無くなってしまったという一品だ」
「それはもはや花瓶ではないのでは」
「じゃあこっちは?」
「そりゃあんた、古の魔法が込められたピアスだよ。付けるだけで別属性でも炎魔法が使えるようになるんだが、如何せん中の魔力が一定ラインを超えると自動的に爆発するシステムが組み込まれていて、誰も使わなかったものがうちに流れ着いたってわけさ」
「そのまま漂流してしまえばよかったのにそんな物」
この婆さんが客を選ばなかった理由が分かった。
買う人がいなさ過ぎて、客を選んでる場合じゃないんだ。
「ダメね、たしかに珍しい物ばかりだけど、ニッチすぎるわよ。もっと普通のものを仕入れられないの?」
「普通のものを売りさばいて、何が面白いんだい?」
「ふむ、一理あるわね」
「変なところで同調しないでくださいノア様」
人としては相当面白いし、今後も遠目から見る分にはいいけど、ここで買い物するのはなんというか、控えめに言ってお金をガラクタに変えるのと同義な気がした。
「ノア様、もう行きましょう。買うものはありそうもないですし」
「ま、そうね。じゃあお婆さん、今後有用で珍しいものがあったらまたここに来てちょうだい」
「あ、ちょっと待ちなよ!」
「なんですか、押し売りはお断りですが?」
「いやそうじゃなくて」
婆さんは一方を指さし、わたしたちもそれにつられてそっちを見る。
するとそこには。
「お連れさん、なんか気に入ったみたいだよ」
「ステア?」
なにやら前衛的な姿形をした謎すぎる人形を抱え、キラキラした顔で持ち上げている、ステアの姿があった。