第367話 同盟vs那由多4
約3分。
戦っている時の2分は永遠にも感じられたのに、その時間はやけに早く感じた。
わたしたちが倒れてからステアが言霊を使うまでの時間で、リーフがやられた。
奥の手で残していた、風魔法の応用による大気操作によって那由多の周囲の空気を奪い、音の伝播を消すことで言霊を紡げなくしようとした。
いや、しようとしたというか実際に成功した。
言霊魔法の発動条件は『命令を発すること』。音が出なければ『発する』という条件が満たせず、那由多は言霊魔法を失った。
『好機、畳みかけっ……!?』
ように見えた。
那由多がまったく慌てず、懐から《入れ》と書かれた紙を取り出すまでは。
『!?』
那由多の姿が消え、次の瞬間にはリーフの背後に回っていた。
死角に《入る》という言霊だったことに気付いたのは、それでも反応したリーフの動きを織り込んで身体を捻り、リーフのこめかみに拳を叩きこんだ那由多を見るのと同時だった。
雷の速度で動いていたのが仇となり、リーフは自分の速度も相まって凄まじい衝撃を受けて空中で気絶し、そのまま落ちて動かなくなった。
『命令を発する』ことが発動条件。
”発する”だ。”言う”とは那由多は話していなかった。
つまり第三者に伝達する手段を使えば、音として発生しなくても言霊魔法は機能する。
それを感づかれないためにわざと一瞬だけ本当に言霊を使わずに油断させ、あのリーフに僅かな隙を作って倒した。
ここまでで1分。ステアの精神操作が発動する。
ここで使われた言霊は《使うな》。また一時的に言霊魔法を封じるための策だ。
だけど魔術師本人である那由多には解除可能だったようで、解除までのタイムラグで1発攻撃は当たったもののすぐに傷も魔法も修復された。
更に次の1分でルシアスが敗北。超人体質でありかつ意思の力も強い彼は、那由多の攻撃をかなり弱体化できる筈だった。
那由多もそれが分かっていたんだろう。自ら攻撃することを諦めた。
ルシアスが空間魔法で攻撃しようとした瞬間。
『《暴れろ》』
この言霊によって空間魔法が暴走し、周囲の空間がわたしの《歪む空間》を使った時のように乱された。
その歪みは《集まれ》《固まれ》によってルシアスの周囲に集中、固定される。
更に那由多は《貫け》《穿て》などの言霊を自分に連発。勿論すぐに治るかと思えば、その前にルシアスを指さし。
『《渡れ》』
その言霊によって、若干修復されていたとはいえ致命傷レベルの傷がそっくりそのまま那由多からルシアスに渡った。
再生能力があるルシアスは死にはしないが、光魔法や時間魔法による治癒や言霊による修復と違ってルシアスの再生は遅い。いくら彼とはいえど動けば内蔵がまろびでる。
勿論即座にノア様が治癒しようとする。だが空間の乱れによって座標が定まらず、ルシアスの治癒は封じられていた。
これによってルシアスが動けなくなってしまう。
その後少し経って、ステアが使った言霊は《強まれ》。
何が起こったかはよく分からなかったけど、なにも変化はなかったように思う。
ルクシアかノア様の強化だったがすぐに那由多に解除された?
いずれにしろそのまま戦いが進んだ。
そしてついに、ノア様がやられた。
方法は極めて単純にして凶悪。連続の言霊による集中攻撃だ。
ルクシアに付けられる傷を再生を利用して全て無視し、ただただノア様を倒すための言霊を使い続けた。
この5分、那由多は強力な言霊を使い続けていた。恐らくステアが使える言霊を制限するための処置だが、ここに来てほぼ全てを使い切るつもりで連打してきた。
攻撃的な言霊をノア様はそれでも捌き続けたけど、ステアに当たりそうになった攻撃を代わりに受けたことで動きが止まり、そこに付け込まれてかなりの数の言霊を連発された。
それでもノア様は回復を全開にして耐えた。けど、途中でそれも出来なくなっていた。
恐らく魔力切れだ。ただでさえわたしとの戦いで消耗し、更に他人の回復を含めるあらゆる魔法を使い続けていた分の魔力が、ここに来て底を尽きた。
ノア様はふらふらとしながら那由多を睨み、だけどその場に倒れてしまった。
わたしは駆け寄りたかった。だけどまだ脳の処理が追いつかず、頭痛で動けない状況にある。
そしてたった1人残されたルクシアが数秒ステアを守り切り。
最後に使われた言霊は。
『……《治れ》』
わたしに使われた、ダメージを一時的に治癒する言霊。
しかしステア自身に使ったのであろうそれで、ステアが元に戻ることは無かった。
5回の那由多への侵入、その他あらゆるバックアップ。
力尽きたステアは、その場に倒れてしまった。
***
「同じ言霊を続けては使用できない。私が使用した言霊を再度使用できるようになるまでのインターバルは340秒。……ただしそれは、言霊使用後に『効果が切れてから340秒』だ。久音に使っていたものが切れてから152秒、まだ復活していない。……脳が損傷していく感覚に焦った?それとも私が使った言霊以外で応用出来る言霊を思いつかなかった?どちらにしても途中から愚かすぎるなステアちゃん」
ルクシア以外の全員が倒れた神殿で、那由多はつまらなそうにステアを見ている。
まるでガッカリしたとでも言うように。
「……精神魔術師としては極めて優秀だけど、頭脳は思ったほどじゃなかったのかな。期待はずれだ」
ステアは何も反応しない。
「いずれ私に匹敵するんじゃないかと、淡い思いを抱いちゃった。……やっぱりダメか。私の理解者は久音と永和だけだ」
ステアに興味を失ったように踵を返し、まだ痛む、だけど若干なりを潜めてきた頭を抑えるわたしたちに那由多は近づいてきた。
「終わりだね。私の勝ちだ」
「流石はナユタ様……神にも等しい力……!」
ケーラと戦っていたメロッタがそう呟いたのが聞こえた。
ケーラは……かなりボロボロだ。メロッタは浅い傷こそついているけどそこまでじゃない。
防御系と攻撃系の違いもあるんだろうが、メロッタが秘めた実力を隠していたと見るべきか。
……いずれにしろ、終わりか。
『―――――――』
……?
「さて、永和。悪いけど少しだけ操らせてもらうよ。スイピアを私に移さなきゃいけないからね」
「ま、待って!うっ……!」
「無理しない方がいい。《従」
「那由多。その前に1つだけ、教えてくれませんか」
「ん?」
わたしは、引いてきた痛みをこらえながら那由多に質問を投げかける。
「この後、どうするつもりなんですか。スイを宿したところでボタンを殺せる者はもういない。きっとオトハとオウランが刺客を全員殺しているはずです」
「だろうね。向こうに送った希少魔術師はその多くが君らとは比較にならないくらいに弱い。食い下がれるとすれば波動、収束、音魔術師のみだ。けど波動はボタンに殺され、残りの2人もオトハとオウラン相手では恐らく荷が重い。こっちの勝率は多めに見積って2割4分ってところか」
「その確率に、賭ける気……ではないですよね」
「勿論。元々君ら2人とステアちゃんくらいにしか私は期待していない。あいつらが失敗した時のプランも用意してるさ」
那由多は笑いながら計画の全貌を話してくれる。
「とはいっても、やることは超単純だ。私がここから出ていって、ボタンを殺す。それだけ」
『!?』
「それは……出来ないはずじゃ……?」
「ああ。だけど方法はあるんだ。今はね」