第361話 スギノキ決戦3
「早かったな。2分半しか経ってないぞ」
「途中でボタンちゃんが自力で動けると言ったので、そのまま置いてきましたわ。魔力も少々回復して重力で止血もしていましたし問題ないかと」
「そうか、分かっ……ボタンちゃん?」
「なんですの?」
「い、いやなんでもない」
……おかしいな、オトハって初対面に対してちゃん付けで呼ぶタイプじゃない筈なんだけど。
いや、うん、まあとりあえず置いとくか。
「で、状況は?」
「3人倒した。残り6人だ」
「模倣、変身、念動を潰せましたか。念動魔術師は私が手助けしたとはいえなかなかやりますわね、流石私の弟」
「そりゃどうも」
オトハは伸びをして身体を弛緩させながら僕のことを褒めてきた。
悪い気はしないけどなんで上から目線なんだ。僕と生まれた時間1分しか違わないくせに。
「じゃ、ここからはお姉ちゃんの凄いところを見せる番ですわね。やりますわよ」
「ああ」
僕の視線に気づかなかったのか、オトハはじっと敵を睨んだ。
いや、多分無視されただけだな。
「姉の方は無敵ではないはずだ。優先して倒せ」
「《竹豪槍》」
「《刃結界》!」
収束魔術師の号令で、一斉に希少魔術師たちがオトハに向かって魔法を放ち始める。
「ん」
「おう」
一言。ていうか1文字。
発された言葉と首の動きで何を言いたいのか察し、僕はオトハの前に出て全ての攻撃を受けた。
「もらったあ!」
それを予見していたんだろう。オトハの背後には既に回転魔術師が回り込んでいる。
首にでも触れて回転させる気か。
「おい」
「はいはい」
甘い。
オトハに向けて銃を向け、それとほぼ同時にオトハが伏せる。
そこには手が空を切った相手が。
バンッ。
「あと5」
ハンドガンの弾丸が、回転魔術師の額に吸い込まれる。
弾丸の回転を止められて威力を減衰される可能性があったからさっきまで狙わなかったけど、この至近距離ならそれを踏まえても殺せると踏んだ。どうやら正しかったらしい。
「なんですって……?」
「……中々の連携だな。相当な鍛錬を積んだと見える」
……鍛錬?してないぞそんなもの。
相性が良いのは当たり前だ。双子なんだから。
別に練習したとかじゃない。ただオトハならどう動くか、どう考えるか、次の動きが何となくわかる。それに合わせて動いてるだけだ。
オトハも同じのはず。
「あの連携で調子に乗られると厄介だ!早々に姉の方を潰せ!」
少し焦ったような声の収束魔術師が声を上げるけど、さっきのように僕が全て受ける。
「やはり思ったほどの強さではありませんわね」
「ボタンが削ってくれたおかげだ。あと4人多かったら多分潰しきれずに負けてる」
ここに転移する直前、僕らはステアから最低限の情報を送られていた。
敵の魔法、ボタンの状況。そして何より重要だったのが。
「ステアの予測通りだったな」
『多分敵の希少魔術師は、単体ではオトハたちが想定しているよりも強くない。何故ならナユタは、希少魔術師が必要以上に強くなるのを恐れている』
頭の中で、ステアの考察を反芻する。
『1000年前に希少魔法によって封印された経験から、万が一自分が謀反を起こされた際でも単独制圧が可能で、かつクロやホルンに危害を加えようとした場合にも2人の実力で容易に対処が可能な程度まで知識を制限して教えていると思う』
納得のいく話だった。クロさんとホルンしか見ていないあの目をしている彼女なら。
『でも、ちゃんと育ててるのがいない訳じゃない。メロッタとアマラがかなり強いから。でも多分そのレベルは、あと2人か3人しかいない。逆に言えばそいつら以外は、今のオトハとオウランなら比較的簡単に倒せる』
「まだか?」
「あと5秒待ちなさいな」
約1分、僕は敵の攻撃からオトハを守る。
「準備出来ましたわ。複数の毒を生成するから発動までに時間かかるんですのよ」
「早くしてくれ、効かなくても結構怖いんだこれ」
「はいはい」
ステアの予測が正しければ、こいつらの実力は最大3人の例外を除いて、僕とオトハに及んでない。
そういう手合いなら、オトハの独壇場だ。
なにせクロさんがスイを宿し、ルシアスが覚醒した今でも尚、広範囲の殲滅能力は未だにトップを維持しているんだから。
オトハは顔の前で手を合わせ、使った。
「《蠱毒》」
オトハがそう呟いた途端、周囲は一変した。
オトハを中心に、半径約30メートルが毒の膜で封鎖され、僕らを含めて全員が閉じ込められる。
「なんだ!?」
「最高位魔法……!?」
オトハが生み出せる毒は液体か気体。更に水魔法と違って、生成は出来ても操作は出来ない。
だからオトハの広範囲攻撃は別に狙ってる訳じゃなくて、嫌でもそうなるって言う方が正しい。
つまり、近遠距離は万能だけど中距離攻撃が難しいのが毒劇魔法のネック。
「かはっ……!?」
「これ……は……」
だけどこの最高位魔法は、その弱点を潰せる。
本来遠距離にまで拡散出来るほどの高濃度の毒を、範囲を狭めて発する。
ただでさえ魔力抵抗でどうにもならないオトハの毒を恐ろしい濃度で、しかも閉じ込められた状態で受ける羽目になってしまう。
「く……そ……」
生き残るれるのは、毒が通じないオトハ。
そして無敵化している僕だけ。
そのはずだった。
「ぬぅ……驚いた、最高位魔法まで使うか!」
「……やりますね。他の側近と比べて御しやすい思ったのが間違いでした」
2人、オトハの毒を防いでいるやつらがいる。
収束魔術師と音魔術師だった。
「2人か。ちょうど良かったな」
「ええ、さっさと潰してお嬢様たちにご報告ですわ」
オトハの魔法を継続させたまま、僕たちは対峙した。
収束魔術師はおそらく気体を1箇所に収束させることで自分が毒を吸収しないようにして、音魔術師は音波で弾いてるってところか。
どちらも相当な手練じゃないとできない事だ。
「……全てはナユタ様のために」
「ええ」
2人の希少魔術師は、僕らに一気に襲いかかってきた。