第32話 天才の中の天才
―――いやいや、有り得ないだろう。
きっとわたしの見間違いだ。ノア様もかつてない大声を出していた気がするけど、きっと聞き間違いだ。
145の間違いだろう。そう思ってわたしは目をこすり、もう一度測定機に表示された数字を凝視する。
『1/1450』
「………ノア様、これはわたしの目がおかしいのか、測定器が壊れているのか、どっちでしょう。0が1個多い気がするんですが」
「クロにも見える?妙な0が。奇遇ね、私にも見えるわ」
「ふたりとも、どうしたの?」
ステアが首をかしげているが、それどころではない。
「2人とも同じ幻覚を見るっていうのは、有り得ないですよね」
「そうね、それこそ精神魔法を使わなければ無理ね」
「じゃあ測定器が壊れてるとか?」
「さっきから調べてるんだけど、どこにもそんな気配がないのよ」
「じゃあ1450ってなんですか。1は分かります。その右横の数字なんですか」
「……つまり、ステアの才能がそれくらいあるってことでしょう」
「参考までに聞きますが、ノア様の前世、ハルだった時代の最大魔力量って確か」
「1100」
「……その魔力を持って、ハルは世界を掌握しかけたんですよね?」
「そ、その通りよ」
「……つまり、ステアって―――」
「ハルを上回る、天才の中の天才―――ってことになるわ」
………。
このきょとんとした眠そうな顔をした、ホットケーキとノア様に魅了されたおとぼけ幼女が。
1000年前の大魔術師、ハルより高い才能がある?
「冗談ですよね!?平均の10倍!?ただでさえ強力な希少魔術師の10倍の魔力ってなんです!!世界滅ぼしかねないのでは!?」
「お、落ち着きなさいクロ!大丈夫、大丈夫だから!……多分」
「ふたりとも、なにしてるの?」
ステアは相変わらず変わらない表情でわたしたちを見てるけど、それどころじゃない。
「ス、ステア、その本を読んで待ってなさい。文字と絵が一緒に書かれてて、文字の勉強ができるわ」
「わかった」
「ちょっとクロ、こっち」
「は、はい」
わたしたちはステアを残して大書庫の奥まで走る。
「ノア様。率直にお聞かせください。あれほどの魔力がある精神魔術師なら、どんなことが出来ますか」
「……2日あれば、小国くらいなら滅ぼせちゃうんじゃないかしら」
「冗談だと言ってほしい」
「あの子の魔力の回復速度と魔力運用の効率化のレベルにもよるけど、もし仮にステアが完全に才能を開花させたら、多分高位未満の魔法なら回復する魔力と相殺しあってほぼ無限に使えるわ。高位の魔法でも多分恐ろしい弾数に―――」
1000年前、時の大魔術師ハルとルーチェは、7日7晩もの間戦い続けたという。
裏を返せばそれだけの期間尽きなかった魔力。しかしハルすら、当時の魔力量は1100。
対してステアは、1450。ハッキリ言って、常軌を逸している。
「ちなみに精神魔法の高位の魔法ってどんなのがあるんですか」
「精神破壊、人格交換なんかは可愛い方で、広範囲の全生物の認識を操作したり、おっそろしい悪夢見せてショック死させたり」
「もういいです。じゃあそれ未満だと?」
「読心、個人に対する記憶操作、幻覚、テレパシー、他にもいろいろあるわね」
「ノア様、それを無制限に使えるのは紛うことなきチートなのでは」
「間違いなくそうね」
ひょっとしたら、わたしたちはとんでもない子を拾ってきてしまったのではないだろうか。
「精神魔法って、確かに全希少魔法の中でも『影響力』という面を見れば1,2を争う魔法なのよ。例えば街の中心で高位魔法の認識操作で、『この街の人間は何があろうと自分に従う』って感じに認識を書き換えれば、それだけで絶対に裏切らない奴隷が完成するわ。並の精神魔術師なら絶対無理だけど、ステアなら多分それも可能ね」
「もし、もしですよ。わたしみたいにステアの魔力のリミッターが外れるようなことが起こって、あの街に一瞬だけでも最大魔力分の魔力が放出されていたら―――」
「あの街の全員がステアの下僕になるか、もしくは精神破壊されて抜け殻になってたか、ショック死か―――いずれにしろ、クロの蛇殺しなんて比較にならない事態になってたことは確かだわ」
冷や汗を流しながら、ノア様はわたしの質問に答える。
あそこにいたら、もしかしたらそんな事態が起こっていたかもしれない。
わたしたち、知らず知らずのうちにあそこの住民を救っていたのでは。
「精神魔法の弱点を挙げるなら、魔法の編纂が本人の精神状態の影響を受けてしまうことと、意思が強すぎる人には効かないことね。あとは希少魔術師に対してはちょっと効きにくいかも」
「魔力耐性が高いからですか?」
「そう。回復する魔力と同様、魔力耐性も使用可能の魔力量に依存する。希少魔術師に限らず、四大属性でも魔力が高ければ抵抗される可能性はあるわ」
「弱点がないわけではないんですね」
「当たり前よ、だってそうでなければ理論上世界中の全員を洗脳してしまえるじゃない。そんなアンバランスな魔法があってはたまらないもの」
たしかに。
「いずれにしろ、ステアが別の方向に行かないようにちゃんと教育しなくてはならないわね。もし仮にステアが力に溺れたりしたら、私たちでも止められるか怪しいわ」
「はい、もちろんです」
あまりステアを待たせてもまずい。
わたしたちは話を終えると、ステアの元に戻った。
「おかえり」
「ええ、ただい………ま?」
するとそこには、ちょっと意味の分からない光景があった。
「ステア、何故魔導書を読んでいるんですか?文字は読めないはずじゃ」
「もう、おぼえた」
「「は?」」
わたしとノア様が後ろに引っ込んでた時間は、十五分弱程度。
その間に、ステアに渡した文字の本は既に机の向こう側へと置かれていた。
「い、いや、そんなことないでしょう。いくら完全記憶があるとはいえ、あそこには文字と対応した単語くらいしか」
「もじの、ならびに、おなじつかいかた、あった。こっちのほんと、あっちのほんをらよみくらべて、へんなところはらあたまのなかでうめて、ちゃんとらよめるようにした。でもまだ、おそい。まだ、わからないとこ、いっぱい」
えっとつまり?
この短時間で、いくら絵というヒントと、言葉をしゃべること自体はできていたとはいえ。
文字をすべて覚え、あまつさえその規則性を発見し、細かい部分は自分の想像で補填して読めるようにしたと?
完全ではないとはいえ、子供用の魔導書程度なら読めるようになった?
「ねえおじょう、これは、なんてよめば、いいの?」
「へ?あ、えっと、それはね」
―――この幼女、本当に味方でよかった。