第357話 ノア一行vs那由多2
「《密集する雷雲》!」
超広範囲のリーフの雷が、那由多を覆う。
「リーフやりすぎです!」
「否定、この程度でどうこうなるような相手ならとっくに制圧している!」
「リーフの言う通りだよ、久音。大丈夫、こんなのきかないから」
「……!」
だけど、中心にいた筈の那由多はまったくの無傷。
ピンピンしてわたしに笑顔を向けていた。
「……懐疑、確実に当てた筈。何をした?」
「《変われ》で自分の身体を一時的に雷を受け流す体質に変質させただけだ。……そろそろ底が見えて来たな。落雷魔法も―――」
「でりゃぁぁあああ!!」
「覚醒型の超人体質も。《倣え》」
「!?ごはっ……!」
リーフの後ろからルシアスが飛び出して那由多を襲撃した。
だが信じられないことに那由多が一言言霊を呟き、手をかざすと、あのルシアスの大剣を受け止めた。
しかも目にもとまらない速さで懐に入り、掌打を叩きこんだのだ。
「やっぱり自分と同じくらいの膂力で叩けば通用するのか」
「てめっ……!んん!?」
「な、那由多……腕……!」
ルシアスにすら通用した打撃。
それを放った影響か、那由多の可愛い腕が、あらぬ方向に曲がって噴水のように血が噴き出てしまっている。
「……《倣え》でルシアスの超人体質を模倣したのね」
「ああ。けど流石は超人の一撃、常人が生身で同じだけの威力を出せばこうなるか。全身が爆散しなかったのは上手く拳法と重ね合わせて上手く殴ったからかな。まあこの程度なら……」
だけど、次の瞬間。
那由多の腕はテレビの逆再生みたいに、音を鳴らしながら元に戻っていった。
流れでた血も含めて、すべて。
「治るから問題ないけどね」
「……えげつないですわね、ほんと」
那由多の最強たる所以の1つ。
《保て》の言霊に転生特典”永久化”を使っていることによる不老不死。
身体がどんなに壊れようと、今現在の全盛の状態を保ち続ける。
「さて、そろそろ向こうも佳境だ。そろそろ遊びはやめるか」
「《聖なる……」
「《吹き飛べ》《ずれろ》《逆巻け》」
「うあっ!」
「お嬢様!」
「んのっ!」
「《定まれ》」
「うげぇっ!?」
「超人の君に物質的な拘束は通用しない。そこで固まってろ」
ノア様が飛ばされ、畳みかけようとしたルシアスは《定まれ》で空間座標を強制的に定められたのか、顔から下がピクリとも動かなくなった。
「《雷削掌》!!」
「《流れろ》《崩せ》《せり上がれ》《尖れ》《研げ》」
「げほっ……!」
リーフも怒涛の言霊で致命傷こそ逃れたものの数か所身体に穴が空いた。
「タイプ100……」
「《耐性弱化……」
「《集まれ》《はまれ》《砕けろ》《寄せろ》」
「きゃあ!?」
「ぐえっ……!」
オトハとオウランも足元を取られてなすすべなく攻撃を加えられる。
「っ……!《歪む空間》!」
「意味ないよ。《縛れ》」
「うっ……!?」
「久音の性格・癖・能力・過去、その全てを知る私だよ。空間をどういう風に歪めるかなんて普通にわかる」
「……親友、ですからね」
「勿論」
レベルが違いすぎる。わたしたちは物語の中の存在で、那由多は作者が生んだ「絶対に勝てない存在」っていう設定のボスなんじゃないかとか、そんな突拍子もないことが頭に浮かぶくらいだ。
何をしても勝てる気がしない。いや、もう勝ち負けとかそういう次元に立ってくれている気すらしない。
加えて。
「ハルと久音が魔力を消耗してくれてるお陰で、ずいぶん楽だよ。私のために怒ってくれたのを利用してるみたいで、ちょっといい気はしないけどね」
先程の戦いのせいで、わたし、スイ、ノア様、そして永和とリンクは魔力が減少している。
ノア様はそうでもないが、わたしは最高位魔法を使ってしまい、かなり魔力が削がれて今や残りは5分の1程度だ。
「久音なら私と戦うことになることくらいは想定して、ハルとの戦いは後回しにするって選択肢も考えてただろうに。そんなに私を思ってくれた?」
「当たり前です。那由多なら分かるでしょう」
「ふふっ、嬉しいよ。本当に心から。……だからこそ惜しい。また1000年、2人に会えないなんて」
「……っ」
「安心してよ。ハルとルーチェを殺して、今度こそ完全に転生させてあげる。記憶は最初から完全に持ち、永和と限りなく近い場所で生まれ、膨大な魔力と転生特典を持った君たちを、私が迎えに行く。……そして作ろう。私たち3人だけの世界を」
那由多は、私を慈しむような顔と声で、私の頬に手を当ててそう言った。
……ああ、嬉しい。
那由多が、わたしをこんなにも愛してくれていることが。
だけど、ここでそれを受け入れてしまったら―――この世界で紡いだわたしの縁が、仲間が全て消える。
それは、嫌だ。
「那由多……!」
「久音、わたしは……ちっ、なんだよこんな時に」
わたしがまた説得しようと口を開いた時。
那由多は不機嫌そうに顔をしかめ、少し顔を逸らした。
きっと例の精神魔術師からの連絡だ。まさか。
『まさか……スギノキが……!』
『可能性は、ありますね』
もう時間も那由多の予測した約30分に到達しつつある。
既にボタン・スギノキが殺されたとしたら。
(詰みだ……!)
あとは永和がスイを引き剥がして、那由多にその魂を入れるだけ。
その瞬間、この世界が終わる。仲間が消える。
それは……!
「ぐっ……あ、あああぁぁ!?」
「え……?」
何が起きたか、一瞬分からなかった。
1テンポ遅れて、その驚愕の事実に気付く。
那由多が頭を押さえてうずくまった。
「な、那由多!?大丈夫ですか!?」
「くうぅ……」
何かの病気?いや、有り得ない。
那由多が病に侵されるはずがない。
だけど事実那由多は何らかのダメージを受けていて。
更に、わたしたちに与えていた言霊の影響すらも解除された。
「一体何が」
―――ザシュッ。
「いったあ!?」
「え……!?」
「ほ、本当にこれで良いのですか、ナユタ様……!?」
後ろから妙な音がして振り返ると、そこではこれもまた信じられない光景があった。
リンクの腕から血が吹き出し、それをルクシアが治癒。ここまではいい。
問題は―――リンクの近くに浮かぶ、よく目を凝らさないと見えないほどの小さな鉄片。
『ねえ、あれってまさか……』
『おそらく、リンクの体内に入っていたものです』
メロッタがリンクの体内を破壊できるように仕込んだ、脅迫用の極小金属。
それが何故か、体外に出ていた。これでルクシア陣営は動けない理由が消える。
だけど、何故……?
「メロッタ、お前……何してる……?」
「え……?わ、私はナユタ様の御命令に従って」
「私は、そんな命令出していない!今人質を失ってどうする!」
「し、しかしアマラ殿から確かに!」
「なに……?アマラ、お前何のつもりだ!私に精神攻撃するだけじゃ飽き足らずこんな……こと、まで……」
那由多が怒りのあまりに吠えた。
何が起こったのかは分からないが、どうやら敵の精神魔術師がなにかしたらしい。
那由多はそのまま怒りをぶつけようとして―――尻すぼみになった。
そして、それに呼応するように。
「ハアッ……ハアッ……!」
わたしの斜め後方から、大きく息を切らす声が聞こえた。
そっちを振り向くと、そこには。
顔を赤くし、ゴラスケを潰さんばかりに抱きしめ。
壁に寄り掛かり、ズルズルと力が抜けたように崩れ落ちる子が―――。
「そう、か……そういうことか……!」
背後から那由多の得心がいったような声。
そして。
「ふっ……あは、あはははははは!!」
さっきまでの怒りは吹っ飛んだかのように、那由多が笑い叫んだ。
「……マジか!天才だとは思ってたし見くびっているつもりもなかったけど……そこまで出来るか!申し訳ないね、まだ過小評価していたよ!」
まさか―――成功したのか!?
「実に素晴らしいよ―――ステアちゃん!!」