第356話 ボタンvs希少魔術師2
「ハァ……ハァ……」
目の前で自らが圧殺した死体を見下ろしながら、ボタンは肩で大きく息をした。
「これで……5人……!」
最初に死んでいた空間魔術師を含め、破壊魔術師、波動魔術師、組替魔術師、顕現魔術師を潰した。
残り、24人。
「《指数制限》!」
「《重力突》!」
背後から飛んできた数字魔法。それに合わせて魔法を撃ったが、重力で錬成・加速させた槍は数字魔術師を激しく出血こそさせたものの、致命傷には至らない。
(クッソ!数字魔術師は相性が悪い!)
いかに強力な重力を使えど、○倍という設定をしなければいけない以上、その数に干渉されれば出力は落ちる。これを防止するには通常よりも多く魔力を消費して出力を上げるしかないが、ボタンにそれをするほど魔力に余裕がない。
いくら希少魔術師とはいえ光魔法と時間魔法以外は効果的な治癒の手段を持たないため、与えたダメージを回復されることこそないが、ナユタの人心掌握によって死を恐れない希少魔術師たちは確実に殺さない限りは魔法を使い続ける。
戦局は緩やかに、しかし終始確実に、ボタンの劣勢を強いていた。
(1人1人潰しまわっているようでは、いつか均衡が崩れて死ぬ!こいつらまとめて殺すには……)
ボタンは動き回りながらも、敵を殲滅する方法を考えつく。
(こいつらを密集させ、《重力崩壊》で一掃する!)
対ルシアス戦でも最後に使用した、重力属性最高位魔法。
重力を意図的に暴走させる、全魔法中最強候補の破壊力を誇るボタンの奥の手。
《重力崩壊》の範囲内に炸裂の瞬間にいる限り、どんな魔法を使おうと防ぐ手段も逃げる手段も存在しない。
ルシアスは加速した魔法の発動速度によって炸裂前に転移することで回避に成功したが、仮に受けていた場合彼の超人体質と空間魔法があろうと防ぎきることは不可能だった。
当てさえすれば勝ち。だが1つだけ問題があった。
(もし1人でも取りこぼせば、その瞬間に死が確定するな)
《重力崩壊》は奥の手なだけあり、最低出力でも通常の最高位魔法よりも1.5倍程度の魔力を消耗する。
ただでさえ最高位魔法による一瞬の魔力多大消費に慣れていないボタンが使えば、魔力欠乏によって平衡感覚が狂い、暫く重度の貧血のような症状が出る。
更に約15秒、中位以上の魔法が使用できなくなり、大きな隙を晒すことになる。希少魔術師相手に、それだけの時間を与えるのは致命的すぎる。
(密集させる手はある。かなりの賭けとなるが、このままじり貧で殺されるよりは)
「《食人植物》!」
「うげっ!」
建物の上に着地したボタンを瞬時に襲った、巨大化した食虫植物。
反射でジャンプで回避してしまったボタンは希少魔術師たちの猛攻を受ける。
先程受けた数字魔法によって重力の出力が下がっているため、ある程度の攻撃が通ってしまい、浅い出血をした。
「……迷っている暇は、ないな」
ダメージをこらえ、そのまま空を蹴って地上から5メートルほどのところで停止。
そして。
「《引き付ける力場》」
そうボタンが唱えた瞬間、全ての希少魔術師たちの身体がボタンに引き寄せられていった。
「うおっ……!?」
「くっ!」
一定範囲内の、本来星の中心から働いている引力を、自分を中心にする魔法。
これによって周囲のすべては強制的にボタンに引き寄せられる。
重力の出力は弱められたがベクトル操作ならば対象外と踏んで、全員を一ヶ所に集める賭けに出たのだ。
だが、この魔法には問題がある。
周囲全てに作用するため、石や破壊された建物の残骸なども引き寄せてしまう点。
そして。
「何かする気よ!今のうちに殺して!」
「《収束砲》!」
「《貫く斬糸》!」
「《無形の軍勢》!」
あらゆる攻撃も引き寄せてしまう。
この魔法は他対象であるため、今までのような反重力防御は機能させられない。
「ぐぅっ……!」
致命的なものだけを同時に発動した局所重力で叩き落とし、他は諦めて自分の身で受けた。徐々にボタンの身体に浅くない傷が刻まれていく。
だが、ボタンは耐える。
重力レーダーで全員が自分の半径30メートル以内に収まるのを待ち続ける。
「何する気だ!?」
「クソッ……!」
そして。
「……そろそろ、かのう」
最後の1人が発動範囲に入った。
即座にボタンは引力を切る。元に戻った世界に、その場の希少魔術師全員が一瞬自分の身を案ずることに意識が向く。
ボタンは、その隙を見逃さない。
即座に魔法を編み、地上へ向けて放出。自分だけは事前に重力を逆にして慣性で数秒滞空し、範囲外へと脱出した。
「死ねるか。あの人を振り向かせるまでは」
その瞬間。
最強の魔法が炸裂する。
「《重力崩壊》」
物理の頂点に立つエネルギーの暴走が、範囲内全てを飲み込んだ。
直接受ければナユタすら消滅させられる可能性があると、ナユタ本人が予測しているほどの、最強最大の攻撃魔法。
いくら数字魔法で軽減しようとものともしない、絶対の破壊。
数秒後、魔法が終了した跡には何もなかった。
地面は綺麗に抉れ、家も木も何もかもが消滅していた。
「かはっ……」
その半円型に消えた地面の中心に、ボタンは落下した。
ギリギリのところで一瞬だけ重力を軽減したことで落下死こそ防いだが、フラフラと数歩歩いた所で倒れてしまった。
「けふっ……キッツイ、のう……」
予想通りの反動に加え、全身からの出血によってボタンは指1本動かせない状態になっていた。
痛み、ぼーっとする頭。未だかつてない自分のダメージに、ボタンは少し恐怖する。
「ま……上出来、じゃろ……」
結局何が目的だったのかは終始分からずじまいだったが、勝ったのだという達成感がたしかにボタンにあり、それが恐怖を和らげていた。
希少魔術師総勢29人。1人は最初から死んでいたとして、28人をたった1人の魔術師が破った。
覚醒魔術師とはいえ、大きすぎる快挙。
―――になるはず、だった。
「は……?」
先程に比べればはるかに少ない。
だが、確かな足音を―――ボタンの耳は捉えた。
「う、そ……じゃろ……?」
うわごとのように呟いたが、徐々に足音は大きくなっていく。
そして。
「……何人殺られた?」
「14人です。ああ、いや」
「あへぇ?あべ、あべべべべべb」
―――ザシュッ。
「これで15人ですね。残りは9人」
「馬鹿な……」
馬鹿なはこっちの台詞だ、とボタンは思った。
(たしかに、全員有効範囲内に収めてから魔法を撃ったはずじゃ……!何が起こった!?いや待て、今殺された男……)
ボタンはそんな場合じゃないと思いながらも考察する。
今、仲間によって殺された正気を失ったような男。
正気を失う……まさか。
「”禁術”か……!」
すべてが合致した。
突如現れた飛行船。あれは四肢を失って死んでいた男が発動した空間魔法によるものだったのだ。
そして今殺された男。おそらく魔法は―――、
「《幻覚魔法》……か……?」
「御明察だな」
幻覚魔法。文字通り対象の五感の感覚を操る魔法。
基本は視覚に作用し、実体のない幻を見せることができ、攪乱を始めとする支援系の魔法として重宝されてきた。
だが、今回の戦いではずっと伏せられていたカードであり、ボタンに一度たりとも攻撃は仕掛けて来ていなかった。理由は勿論ボタンが視力を失っているためだ。
更に聴力に干渉しようにも、重力レーダーを使って五感とは別の感覚で周囲を把握しているボタンに対しての効果は薄く、出番が無かったため、ボタンもその魔法を知らなかった。
だが、ボタンが引力を使った瞬間。
『禁術を使って幻覚を強化せよ』
超広大な魔法範囲を持ち、この戦いも精神共有によって確認していたアマラがいち早くボタンの目的を看破して幻覚魔術師に伝えた。
即座に禁術が発動され、ブーストによって聴覚及び重力レーダーについても若干誤認させることが可能になり、自分と自分の周囲にいた魔術師、総勢10人の位置をごまかした。
ボタンはそれにかかり、引力を切ってしまった。結果、《重力崩壊》の範囲外に希少魔術師が残った。
「……ナユタ様は、我々の中で死ぬのは8人と言っておられた筈だ。それが19人とは」
「神たるあの御方の予想を上回るとは。不届きな女ですね」
「だが誇れ、ボタン・スギノキ。貴様はナユタ様の深謀を僅かではあるが上回った。おそらくそれが出来た人物は片手で数え切れる程度だろう。結果は変わらぬが、それでも素晴らしい強さだった」
―――ああ、死ぬのか。
ボタンはどこか他人事のようにそう感じていた。
(死んだら……家族に会えるのかのう……)
自分を育て、そして重力魔法と引き換えに消えていった者たち。
使命によって自分を育てていたのだということは分かっている。
だがそれでも、あの場にあった温かさと愛は、本物だったと信じたい。
もう一度、あの日々を送れるのなら―――それも良いか。
『ボタン』
だが、次に頭に浮かんだのは。
想っても想っても愛が溢れる、愛しいあの人の声。
自分を助けてくれると約束してくれた、大好きな男。
「オウ、ラン……」
ああ嫌だ、やっぱり死にたくない。
家族に裏切られ、なりたくもない神皇に据え置かれる地獄の日々。
そして最後は、理由も分からず殺されるなんて。
そんな不幸せな話があるか。あっていいはずがない。
もっとオウランと話したい。甘えたい。助けてほしい。
だが、現実は非情だ。自分に優しくない。
「誇りを胸に―――死ね、ボタン・スギノキ」
《収束魔術師》の指から、光線がボタンに向かって放たれた。
***
……ワシはもう、死んだのか?
ボタンはいつまでも訪れない痛みからそう感じた。
いや、死後の世界なら視力くらい戻れよ、とも。
しかも身体は引き続き痛いのか。なんて嫌な話だ、死んだ後もこの仕打ち。やはりこの世界はクソだ。
「無事か、ボタン」
……ああ、でも。
愛しい人の幻聴は聴かせてくれるのか。ちょっと見直したぞ、死後の世界。
「なん、だと!?」
「オトハ、どうだ?」
「傷は深いですが、致命傷は受けていませんわね。すぐに手当てすれば死にませんわ」
「え……?」
死なない?
ならばここは死後の世界ではないのか。なるほど、違うならば身体中まだ痛いのも納得がいく。
ということは―――これは幻聴ではなく。
「まさか……?」
想い続けている男が、背で自分を守ってくれているのを、ボタンはようやく自覚した。
【お知らせ】
この度、本作を読んでくださっていた御星海星さんから、なんと二次創作を書いて頂きました。
自分の作品の二次創作を書いて頂けるなんて初めてで、本当にめちゃくそ嬉しかったので宣伝させて頂きます。
主人公たちはオリジナルなんですが、後にこの作品のキャラたちも出てくるそうです!
チラ見させて頂いているんですけど解像度高い!
※ちなみにボタン戦に出てきた植生魔法と波動魔法はこちらの方の考えた魔法を、許可を頂いてお借りしました。死ぬほど助かりました。
下記リンクから飛べますので、是非ご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n7075iz/
※以下注意
・今回、事前に二次創作のご相談は受けており、許可も私が出しています。「小説家になろう」運営のガイドラインに沿って投稿を行って頂いておりますので、その点について二次創作に対して否定的な意見を感想などで言及するのは厳禁とさせて頂きます。
・世界観やキャラクターの基本は本作のものですが、二次創作とはいえあくまで別の作者の作品です。そのため、本作と比較して「この部分の辻褄が合わない」などのメタ的な意見を感想などで意見するのはお控えいただきますよう、お願い致します。
・「二次創作の方が面白い」とか思ってもこの作品の感想にあんま書かないでください。まあまあ傷つきます。