第352話 飛行船
続いてボタンは杉の木の一部分を切り取って重力で回転を加え、投げるように射出した。
しかし、それも着弾の手前で弾かれる。やがて回転は停止し、木片は落下した。
(空間魔法はないな。今の超重力なら無理やり空間をねじ曲げて突破できたはずじゃ。だとすれば封印か結界じゃが、封印の場合はあんな風にわざわざ空間封印による遮断はせんじゃろ、広範囲すぎて魔法の無駄遣いじゃし。ということは……)
「結界魔法か。随分と面倒な真似をしてくれるわ」
ボタンはそう結論づけ、頭を搔いた。
結界魔法はナユタ封印にも使用された魔法の1つであり、封印魔法と似て非なる魔法。
どちらも「封じる」ことが可能な魔法である点は同じだが、魔力や身体能力そのものを封印するなど多彩な手段がある封印魔法に対し、結界魔法は“バリア(結界)を生み出す”という、物理的な防御しか出来ない。
だが、決して封印魔法に劣っているわけではない。物理にしか干渉できないというのは、逆を言えば物理的な阻害に絞れば封印魔法よりも遥かに高い自由度を誇るということでもある。
広域に結界を展開することで閉じ込めるのは序の口。応用すれば結界を刃物のようにして敵を切り裂いたり、結界に質量があることを利用して弾丸のように飛ばすことなども可能となる。
(まあ厄介ではあるが、ワシの重力の前ではあらゆる質量攻撃は意味を成さん。あの結界に直接触れて破壊し、あの空飛ぶ船に潜入して風穴開けてやれば終わりじゃな)
だがいかなる強固な防御だろうと、物理の頂点に君臨する力と言ってもいい重量を操作できるボタンの前ではことごとく紙くずのようなもの。
ボタンは勢いよくジャンプし、飛行船の真上で落下。結界に阻まれたが、触れたことによって無制限の重力加圧が可能となり、魔力を温存しつつも凄まじい重力が結界にかかった。
数秒耐えたものの、しびれを切らしたボタンが更に加重したことで一気に音を立て、結界魔法による防御が崩壊した。
「なんだか知らんが、これで終わりっ……!?」
ボタンの判断は、決して間違いではなかった。
見立て通り結界魔法は自分の前では無力に等しく、自分1人で対処できるレベルだった。
ただ1つの、誤算。
ボタンが飛行船に触れるよりも早く上部ハッチが開き、そこから人が1人飛び出してきた。
ボタンは一瞬気を取られたが、まずは飛行船を自分の重力支配下に置いて海まで戻して叩き落すのが先決と、飛行船への接触を優先しようとした。
「《破砕の拳》!」
だが、放たれた攻撃にはっとし、自分の身を守ることを優先。重力で身を守った。
ボタンに敵の拳が着弾した瞬間、何かが割れるような音をボタンの耳は捉えた。
そして次の瞬間には―――ボタンの重力防御が、強制的に解除されていた。
「ちっ」
「もらっ―――げふっ!」
だが、ボタンは次に放たれた拳の防御を諦め、空中でバク宙をして回避。
そのまま相手の腕を掴み、勢いよく自分の膝を顔にめり込ませた。
相手は落下していった。ボタンは無傷だが、心中穏やかではない。
「重力が解除され―――いや、壊された。あの一瞬だけ、重力に干渉して魔法を砕きおった」
落下していった敵―――体型からして男―――は、無敵であるはずのボタンの重力防御すら砕いた。
それが出来る魔法を、ボタンは1つしか知らない。
「《破壊魔法》じゃと?どうなっておる」
希少魔法の1つ、破壊魔法。
その名の通り、あらゆるものを粉々にする魔法。
希少魔法の中で最もシンプルな効果と言われているが、術師の力量次第でどんなものでも破壊することが出来る。
生き物や建物は勿論、空間や重力といった概念さえも。
(破壊魔法はワシの重力魔法と同じく、近づけば近づくほどその威力が増す。じゃがあれほど近づいた状態で、咄嗟の不完全な防御を砕いただけでワシに攻撃が届かんかったということは、力量はワシより下じゃ。ただ―――)
宙に浮いたままのボタンは、耳を澄ませながら考えた。
結界魔術師と破壊魔術師、希少魔術師が2人も攻めてきた?
ノア殿の話では、海外で希少魔法を使う集団はノア殿たちを除けば1組。
その1組も死霊魔法、封印魔法、金属魔法、あと伸縮魔法と染色魔法という未知の魔法だったはず。
海外では希少魔術師は劣等髪とかよばれて差別されている。そう聞いていた。故にノア殿たち以外で希少魔術師は限られている筈。
まさかノア殿がワシを騙した?否、スギノキを滅ぼそうとすればあの筋肉ゴリラにワシが敗けた時点でやっていればいい、こんな風に騙すメリットはない。
ということはおそらく、ノア殿でもその宿敵でもない、まったく違う第三勢力。
だが目的が分からん。この鎖国国家で目ぼしいものといえば、ノア殿たちも欲していた海洋技術。しかしこんな空飛ぶ船を造船できるような技術力があるなら別にそんなものいらない筈。
ということはそれではない。もっと別のもの。
一体何を企んで―――。
「否、それを考えるのは後じゃな。まずは民の安全確保が先決じゃ」
ボタンの耳には、突然の事態に混乱して叫ぶスギノキの国民たちの声が聞こえていた。
望んでいない地位とはいえ、神皇として、彼らの崇める存在として、こいつらに好き放題させるわけにはいかない。
民を助ける処置をするため一時空域から離脱し、元の神皇の塔へと帰還した。
「おい、今すぐに国民全員に山間部への避難勧告を出せ。動かせる兵の半分を非難誘導に当て、他は物資の運搬に回せ。とにかく被害を最小限に抑えるんじゃ」
「はっ!……それで陛下、我々は……」
「貴様らも物資運搬じゃ愚か者。普段そこに偉そうにふんぞり返って金貰ってるんじゃからこんな時くらい民を救うために動けボケ共」
「は、はい!しかし陛下、兵を全てそちらに充ててしまえば、あの謎の敵の対処が……」
「あれはワシが止める。他の兵はいらぬ、正直邪魔じゃ」
言うべきことを言った後、近くにあった飾り用の刀を鞘から取り出し、急速回転と先程以上の重力を付与。
再び飛行船に向けて照準を合わせた。
「結界魔法は、より広く、より強固になるほど、再度発動までに時間がかかる。ワシの攻撃をあれほど無効化で来ていたなら相当な時間を込めて作り上げた結界だったんじゃろうが、あれ以上のものを再び展開は出来んじゃろ。ならば」
大きく振りかぶり、刀を投擲。
超音速で飛ぶドリルとなった刀は、申し訳程度に張られていた結界を容易く破壊し、飛行船に風穴を空けた。
更に重力制御によって軌道を幾度となく変え、片端から穴を空けていく。
やがて飛行船は制御を失い、自由落下に近い速度で墜落を始めた。
(後はベクトル操作で海に叩き落とせば船の方は解決じゃ。問題は……)
しかしボタンの懸念は薄れない。
結界魔術師と破壊魔術師、2人の希少魔術師が襲ってきた。3人目がいないとは限らない。
1人1人は自分にとっては取るに足らない程度だが、複数人同時に襲いかかられると面倒だ。
ボタンはそう考え、飛行船を誘導しつつ内部を確認。結果、先程叩き落とした破壊魔術師を含めて29人の乗員がいると把握した。
(このうちの1人は結界魔術師の筈じゃが……む?)
だが、うち1人がおかしい。
具体的には手足がなく、身動き1つ取れていない。
おそらく死んでいるとボタンは判断した。
「なんじゃ……?」
四肢が切断された死体を積んで飛行する船。
ボタンは困惑したが、頭を振って飛行船の誘導に注力した。
すると、レーダーに窓を叩き割る数人の姿が引っかかり、間もなく乗員全員が飛行船から飛び降りた。
(手間が省けたな。全員まとめて潰してーーー)
「陛下ぁ!」
「あん?」
下に降りようとしたボタンの耳に、叫ぶような声が届いた。通常は聞こえない距離だろうが、発達したボタンの耳なら捉えられる。それを知る政治家の1人が声を上げていた。
「なんじゃあ?あんな叫んで……」
「陛下、お気をつけください!今出てきた者たち全員……希少魔術師です!!」
「……は?」
惚けた声をボタンが出した直後、彼女に向けて未知なる攻撃が飛んできた。
次回、予定につきお休みさせて頂きます。
次回更新は7月3日予定です。