第350話 那由多の計画2
ステアの記憶を共有されたことで知っている、スギノキに眠る禁術のプロトタイプ。
しかし出力以外の性能は全てが流布された禁術を上回る、那由多の失敗作。
「今更あれを手に入れてどうするんだ!ボタンを殺してまで奪わなきゃいけないものなのか!?」
「その通りさ。それと奪うっていう表現は適切じゃない、あれはそもそも私が開発したものだ。そしてだからこそ、あれに出来ることも分かる」
「……えげつない。スイを、逃がしたのも、これの、布石?」
「ああ。この計画に時間魔法は不可欠なものでね」
『ボクを……逃がした……?』
「スイピア。なんでわざわざ私が、お前に協力してやったと思う?」
「それは、わたしたちの転生を不完全ながらも成功させるためでは?」
「半分はね。けどさ、私はその気になればスイピアを1000年前の時点で始末しておくことも出来たんだ。言霊による強制契約を使ったふりでもして、使ったのを確認しつつ魂の保護をしてやらないとか、他にも無数に手があった。なのに何故、わざわざ記憶を消しつつ丁寧に約束を守り、後に敵になると分かってるお前を馬鹿正直に助けてやった?」
『は……!?』
……たしかに。
なるほど、その時からこの状況を想像し、対策を練っておいたのか。
流石は那由多だ。わたしたちでは夢にも思わないことを平然と瞬時に思いつき、それに対応する。
「時間魔法そのものが私の保険だったんだ。だからお前の手助けをした」
「何を……何をするつもりですか、那由多……?」
「久音、不思議に思ったことはない?スイピアの魂を身体に宿しているのに、どうして久音には時間魔法が使えないのか」
「え……?それは、生まれ持った才能の違いなのでは?」
「違う。身体を共有している時点で、その2つの魂は同一人物として扱われる。その時点で身体には2人分の素質が備わるわけだから、理屈上では時間魔法を使えないわけはないんだ。なのに久音はスイピアと完全に入れ替わらないければ時間操作を行使できない。何故か?これは無意識に魂の境界に線引きをしているからだよ」
魂の……境界?
「魂の存在を知覚出来ない人間なら、これは当然のことだ。要するに自分という存在に他人が混じるみたいなもんだしね、どんなに親しい間柄だろうと生理的嫌悪感から拒否するに決まってる。だけど私みたいに魂を知覚し、かつそれにある程度干渉できる場合は違う。スイピアを宿して僅かに魂を混ぜれば、私の自我を残したまま時間魔法が行使できる」
「……?……!!」
『それ、って……!』
わたしとスイは、同時に気が付いた。
那由多の、計画に。
「スイピアを宿し、時間魔法の限定行使が可能になった状態で交神術を発動させる。そして私のこの身体とスイピアの魂を代価に使うんだよ。時間魔法の奥の手、時間逆行の力―――《調停者の遡及》をね」
『そう、か……そういう目的か……!』
「禁術において他人を代価に奉ずる場合は、その対象の許可を得なきゃならない。だけど私の身体にスイピアを宿した状態なら、スイピアの魂は私自身のものと認識され、許可は必要なくなる。更に私にとっては大したものではなくても、捧げる当人であるスイピアにとっては自分の魂は最も重要なものだから、禁術の代価としての役割をしっかりと果たしてくれる。ま、禁術の裏技みたいなものだよ。ただでさえ最大で半年程度前までタイムリープが可能なスイピアの魔法を、それだけの代価を捧げた禁術で強化すれば―――私の計算では、最大で1031年と15日の遡及が可能だ」
1031年前。まだ、ノア様とルクシア―――ハルとルーチェもまだ生まれていない時代。
そこまで逆行を望むってことはやっぱり……!
「そうして再び1000年以上前の世界に戻り……未成熟な頃のハルとルーチェを殺す」
「……っ!」
「スイピアも手に入れる。私なら洗脳教育くらい簡単にできる。そうして時間魔法を魂を含めた禁術を用いて使用させ、今度は完全な転生魔法の発動を行う」
これが―――那由多の奥の手の計画。
結局わたしたちの転生という点に焦点を当てれば、最大の障害はノア様とルクシアだ。
ハルとルーチェの頃はスイの先取りや存在するだけで転生魔法が発動できないなど様々な難題を那由多に課し、1000年後の今現在はわたしと永和を心酔させた。
つまり裏を返せば、魔法が発達する以前、子供の頃のハルとルーチェを殺してしまえば、那由多にとってのすべての障害は消える。
スイは那由多に付き従い、己の命を捨てて転生魔法を使い、わたしたちは完全な記憶と転生魔法を持って生まれ、那由多と共に3人で自分たちだけの世界を創ろうとするだろう。
那由多にとっては、これ以上ない計画だ。
―――ただ。
「しょ、正気ですの……!?それには、クロさんとホルンが転生してくるまでまた1000年以上待つことになるんですのよ!?」
「その通りだ。だけどそれが何?この私が唯一尊ぶ愛する親友のためなら、もう1000年くらい耐えられる。……まあ、正直に言えば私もそれほどの時間を無為に過ごしたくないからこの計画は最終プランだったんだけどね」
「……それだけじゃないわ。幼い頃の前世の私たちを殺すというのは、この世界全体に大きな影響を与えかねないのよ!」
オトハとノア様の言う通り、この計画は那由多自身は勿論、世界全体に対する問題が多すぎる。
ハルとルーチェは、間違いなく当時最強の魔術師。那由多すら封じた魔法全盛の時代の頂点に君臨することになる偉人だ。
その2人が何かを行う前に死亡すれば、その先の歴史は大幅に変化する。
バタフライエフェクトと言うんだったか。それに似ているだろう。とにかく2人の死によって齎される歴史改変は、並大抵のものじゃないはずだ。
「そうだね。この大陸が禁足地みたいな扱いを受けることもないし、世界の7割が統一されることもない。希少魔術師が1か所に集められることもないし、私が必要以上に関わることもない。希少魔術師の書が焼かれることもない、エードラム王国もハイラント全神国も生まれず、傭兵ギルドも創設されないかもね。そこの2人が歴史に関わらないってのは、それだけの改変作用がある」
「そんなことしたら……!」
「今の歴史で結婚するやつが結婚しないとか、その逆もまた然りとか、様々な影響が世界に起こり、それから1000年後ともなれば今のこの世界とは全く違ったものになっているだろう」
それほどの改変の影響が、わたしと永和はともかくこの世界を生きる仲間たちに降りかかる。
それは、つまり。
「……ま、十中八九君らの殆どは生まれることすらなくなるかな」
「「「!?」」」
「輪廻転生の考えを取るなら生まれては来るだろうけど、それはきっと同質の魂を持っているだけの別人だ。髪色も違うだろうし、親も顔も名前も違う。それを自分だと言い切るのは難しいと思うね」
わたしの仲間が―――消える。
しかも、那由多の計画が成功すれば、わたしはそれに気づくことも出来ないだろう。
断言する。仮に那由多が計画が成功して完全状態で転生したわたしと永和に、この世界線の話をしても、わたしたちはこう言う。
『ありがとうございます、那由多。おかげでまた那由多と一緒にいられます』
『ええ~、アタシらがそんな選択したの?洗脳とかされてたのかね?』
こんなとこだ。
いくら話で聞こうと、忠誠心や仲間との絆をすべてなかったことにされたわたしたちは、以前のような互いが全ての3人だけの世界を創り、那由多を肯定する。間違いなく。
だって、それがわたしたちだったから。