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第348話 潜む者

 一瞬で目の前の空間が切り替わり、つい1時間前までいた神殿最深部の地に再び戻ってきた。

 後ろを振り返ると、ちゃんと全員が緊張しながら立っていた。

 わたしは横にいた永和と頷き合い、1歩前に出る。

 目の前でわたしたちを見て笑みを浮かべている、親友の元へと。


「那由多……」

「待ってたよ。久音、永和」


 那由多の声は、わたしたちへの愛と慈しみに溢れていて―――だけど、何故かどこか寂し気だった。

 わたしはその理由がなんとなくわかった。だけど、これは自分の口で言わなければならないと思った。


「那由多、わたしたちは」

「2人はさ。私がどれくらいの天才か知ってるよね?」

「え……?」


 わたしの言葉を遮って那由多の口から出てきたのは、突拍子もない言葉。

 だけど、親友の質問だ。答えないわけにもいかない。


「それは勿論」

「うん。アタシらじゃ理解は出来ないけど、逆に那由多は何もかもを理解出来るってことくらいは知ってる」

「そう。私はね、何でも分かっちゃうんだ。だからさ、2人の表情、背後の連中の佇まい、空気感……その辺りさえ見えれば、もう何も言われなくても理解しちゃうんだよ」


 わたしたちは嫌と言うほど知っている。那由多の人並外れた頭脳を。

 那由多は寂しそうな声色を一層濃くして、言った。


「2人は―――もう、私のところには来てくれないんだね」

「な、那由多……」

「ずっと―――ずっと、願ってたんだ。あの頃をもう一度繰り返したい。時間戻れ。そのためなら私は何でもするって。大好きで大好きで大好きで大好きな2人ともう一度同じ時間を過ごせるなら、私は何を犠牲にしたっていい。そう思い続けて、ようやくそれが叶うと思った。……それなのに」

「那由多!でもアタシたち、『誓って那由多を裏切ったわけじゃない!』……!」


 背後から息を飲む声がした。

 永和の言葉を―――一言一句違わず、声の抑揚や呼吸の入れ方まですべて模倣して被せて言った那由多に驚愕したんだろう。

 だけどあれは、ただ単純に永和の性格や癖、思考パターンなどを全て理解して、次に出てくるであろう言葉を予測しているだけ。

 この程度は、那由多の凄さの一端でしかない。


「分かってるよ、永和。2人は悪くない。記憶がない状態で強烈な刺激を脳に受ければ、そうなってしまうことも想定していた。悪いのは不甲斐ない私と―――」


 那由多は、目線を私たちから外して眼を鋭くした。

 きっとノア様とルクシアを睨んだんだろう。わたしたちに飛ばしているわけではない筈の殺気が、ひしひしと伝わってくる気がした。


「っ、聞いてください那由多!わたしたちは」

「『戦いに来たのではないんです!ただ、わたしたちも貴方と同じ時間を歩みたいから、話をしに来たんです!』……でしょ?」

「……!」

「私の体感では1500年以上前とはいえ、私が久音と永和の一挙一動を忘れるわけがない。この程度は簡単だよ。そしてその質問の答えは、『その必要はない』だ。すると永和が次にこう言う、『……どういう、こと?』それには『すぐにわかるよ』とでも言っておこうかな。次にハルがこう抜かす、『それで答えになっているとでも?』私はそれにシカトする」


 シーン……と、静寂だけがあった。

 那由多のすさまじさをようやく理解したかのように。

 こんなにも分かりやすくパフォーマンスされれば、子供だって那由多の才能に気が付くだろう。

 特にノア様は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「ここまで私が先読みしたところで久音が『それでは分かりません、わたしたちは貴女と違って天才じゃないんですから。ちゃんと説明してくれないと』って言う。親友の頼みだ、私はそれを承諾する。だけどその前に―――1つだけ、忠告を挟もうか」

「忠告……?」

「ステアちゃん。君にだよ」


 振り向くと、ステアは全力で警戒するように身構え、那由多を見つめていた。


「久音の作戦、ステアちゃんに私に対抗する手段を講じさせるっていうのは悪くない。君らの想定通り、私は彼女の思考だけは完璧なトレースが出来ない。だから想定外を取られる可能性がある」

「………っ」

「ステアちゃん。一応言っておくと、久音が私のもとに来てくれないっていう選択をした今この瞬間でも、君への提案は有効だよ。どうする?」

「……貴女に、あるまじき、愚問」

「へぇ?」

「私は、お嬢とクロに、ついてく。勝手に、私の、人生を、決めようとしないで」


 ステアはそう言ってくれた。

 だけどそれを聞いた那由多は、つまらなそうな顔をして。


「……残念だよ。ああ、それで忠告なんだけど」


 そこで那由多は、区切り、指をパチンと鳴らした。



 ―――ズプッ。



「え……?」


 聞きなれた音がした。

 だけどそれは今、聞こえるはずがない音だ。


「君さ、目の前の敵に集中しすぎる癖がある。今、私以外に対する精神魔法切ってたよね?せっかく私と同じでいくつも物事を考えられるのに、勿体ないこと極まりない」


 恐る恐る、後ろを振り向いた。


「君がもしこの場の全員を精神魔法の影響下に置いていれば、気づけたんだ。これこそ君にあるまじき愚行ってやつだよ」


 そこには。




「な……あん、た……なに、して……?」


 脇腹を刃物で貫かれた、リンクの姿が。


「リンク!!」


 ケーラの悲痛な声と共に、ノア様の光魔法が飛んだ。

 しかし刃物を持った”そいつ”は、それを躱して後ろに下がる。


「かはっ……」

「お、おいリンク!」


 永和の叫び声。

 だけどわたしは、それよりも刺した人間に目が向いてしまった。


「……いつから?」


 わたしは、そんなことがあるはずないと思っていた。

 那由多を相手にするうえで、その決めつけは最もやってはいけないことなのに。

 だけど―――ルクシアたちは、どこかわたしたちと似ていたから。

 だから、決めつけてしまっていた。




「いつから、ワタシを裏切っていたの―――メロッタ!!」



 今までとは雰囲気が豹変した金属魔術師―――メロッタが、幽鬼のような目で剣を構えていた。




「ル、ルクシア様!今はリンクの治療が先です!」

「……っ!《全治全快(フルヒーリングライト)》!」


 ルクシアの治癒魔法がリンクにかかり、傷はみるみる消えていった。


「あ、ありがとうございます、お姉様」

「ええ」

「……で、説明はあるんで……か、ひゅっ……!?」

「「「「!?」」」」


 だが。

 確かにルクシアが治癒したはずのリンクは、今度は吐血を始めた。

 何が起こっているのか、頭がついて行かない。

 その思考が整理された先にあるのであろう答えを、那由多が何事も無さげに言う。


「一応言っておくけど、今メロッタを殺すのはおすすめしない。リンクには今、さっき貫かれた際に混入させた、複数の鋭い鉄片が血液と共に循環している。金属魔法で制御していればそれが血管を傷つけることは無い……けど、メロッタを殺したりすればの制御が解除され、血管がズタズタに引き裂かれる」

「なっ……はあ……!?」

「光魔法でいくら治癒しようと、体内に防御不可の攻撃の種を潜ませれば関係ない。ご苦労だったねメロッタ」

「勿体ないお言葉でございます。()()()()


 那由多の労いに膝をついて首を垂れるメロッタのその姿は、忠臣そのものだった。

 あまりの出来事に、ルクシアたちは勿論、わたしたちも言葉を失った。


「で、いつから裏切ってたかって?メロッタはお前を裏切ってなんかいない。こいつは最初から私の配下だ」

「う、嘘……!だって、私、メロッタの、記憶、読んで……!」

「細工していたに決まってる。下手すれば何十年と潜伏させる、そしてこっちは記憶を操る手段が幾つかある中で、わざわざこいつの演技力だけに賭けるとでも?メロッタはさっきまではお前の忠臣だったよ。私が記憶を戻すまでね」

「そんな……いや、でも、言霊魔法を使ったそぶりなんて……!」


 いや……違う。

 そぶりがなかっただけで……使っていた!?


『ずっと、願ってたんだ。あの頃をもう一度繰り返したい。時間《戻れ》。そのためなら私は何でもするって』


 あれが……会話に紛らわせた布石か!

 あれは時間が戻ってほしいっていう願いであると同時に、メロッタの記憶を《戻す》言霊!?


「那由多……なんのつもりだ!!」


 永和が怒りの声を挙げた。

 那由多はそれを、悲しそうな顔で聞きつつも。


「……ここまで毒された2人を、私の言葉だけで取り戻す方法はもうない。やったとて、それは最早洗脳だ。親友に取る手段じゃない」


 そう言って背を向けて、魔道具が鎮座されている高台への階段を昇り。


「だから―――最終手段だ」


 上がった先にあった、鏡のような魔道具に触れて。


「アマラ」

『おお……おお!ナユタ様!』

「プランZだ。すぐ準備しろ」

『プランZ、と申しますと……つまり……』

「完全記憶があるのに引っ張り出すのに時間かかるとか……いいから今すぐに各国に散らばる私の信者の希少魔術師全員に伝令しろ」


 苛ついたような声で、命令を下した。








「可及的速やかに、海洋国家スギノキを襲撃。そして現神皇―――ボタン・スギノキを殺せ」

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