第347話 唯一の例外
前回、投稿日を普通に忘れてました。
すいませんでしたぁっ!!!!
「こ、これからって……」
「そもそもわたしたちが最初に那由多に対して試みるのは、戦闘などではありません。説得です。わたしと永和の話ならあの子は耳を傾けてくれるはずですから、それで納得してくれるならそれでよしなんですよ」
「応じなかったら?このまま閉じ込めておくのか?」
「は?那由多をあのままあんなところに閉じ込めておく気ですか?ぶっ飛ばしますよ」
「あ、す、すんません」
「応じなければ何度でもわたしと永和で説得するつもりですが……あの子は今じゃ最強なので、向こうから仕掛けてきた場合は流石に応戦しなくてはなりません。というか那由多ってばあれで頑固なので、説得が通じない可能性が普通に高いんですよね。まあそんなところも可愛いんですけど」
「いや、今惚気みたいなのはいい」
「もっと言えば―――」
「ナユタは、クロと、ホルンが、自分を選んで、くれなかった時の、作戦を、考えてる」
ステアの予測に、わたしは頷いた。
あの那由多だ。その場合のプランを練っていないとは思えない。
ただ問題は、そのプランを知る手段が現状なく、予測もしようがないことだ。
何しろ相手が那由多なんだから。ステアすら上回る頭脳をこちらが知る手段があるわけがない。
「クロさんがこちらを選んでくれた時点で、後手に回されてるわけですわね……」
「那由多相手に先手取れる人間なんて古今東西探しても多分いません。これは仕方がないことです。ただ確信を持って言えるのは―――那由多はいたずらにここにいるわたしと永和以外を皆殺しにするとか、そんなタイプじゃないってことです。だから『説得不可、皆殺し!』みたいなことにはならないと思います」
「まあ、僕ら那由多に何もしてないしね」
「ほっとしたような表情している場合じゃないですよ。那由多のことですから、ただ単純にあなたたちを懐柔するとか、それだけの手ではないはずです。もっとなんというか……こちらの意識の遥か遠くにある、那由多にとっての最善、みたいな手だと思います」
「あるかあ?そんなの」
「分かりません。ただ、那由多はわたしたちが絶対不可能だと思っているようなことを片手間でやってのける、正真正銘の天才ですから。何が起こったって不思議ではないでしょう」
わたしと永和、それにノア様とルクシア以外、どこか那由多を過小評価しているように思える。那由多は世界中の誰しもが不可能だと断じることを片手間でやってのける。
そんな那由多を見ていると、たまに切ない気持ちになったのを覚えてる。だって、わたしも永和も本当の意味で那由多を理解することはできない。わたしたちに出来るのはあの子を受け入れることだけだった。あの子がちょっとでも自分の頭の中の話をしようものなら、成長した今のわたしでも理解できないような単語が無数に飛ぶから。
加えて、わたしたちへの気持ちこそあの頃から変わっていないものの、非力な少女だったあの子は今や、強力無比な魔法と転生特典、常に全盛期の身体能力と前世から継いだ神がかった頭脳、おおよそ”強さ”に類される全てを兼ね備えた史上最強の魔術師となっている。
「勿論説得は前提として。万が一の防衛手段は持っておいた方がいいんじゃありませんの?」
「同意。噛みついてくる可能性がある最強を相手の懐に対応策も無く飛びこむなんて愚策中の愚策」
「百も承知です」
そう、それも分かっている。が。
「そりゃ、幾つか案はありますが―――わたし如きが思いつく手を、那由多が把握していないわけがないんですよ」
「なるほどなあ」
「なので」
あの強力無比な言霊魔法さえ封じれば、那由多の強さは激減する。
だから言霊をそもそも使わせない手をいくつか考えてはいたが、その対策を那由多が講じていないとは思えない。そもそもわたしの思考は全て那由多に理解されている。
だからわたしが考えるのは駄目だ。ならどうするか。
「……ステア。お願いします」
「ん。おけ」
言い方は悪いが、”ただの天才”では那由多に勝てない。ノア様とルクシアの光魔法を那由多が躱せてたのは、その思考を那由多が理解し、「いつ、どこに、どうやって光魔法を撃つ」という考えを全て読まれていたからだ。
精神魔法じゃない。ただの数多い那由多の特技の1つ。天才であるノア様とルクシアの思考すら読み切る、神がかった思考トレース。
だからこそ、那由多ですらその思考を把握できない―――可能性がある、ステアに全てを任せるしかない。
那由多がステアを懐柔しようとしたのは、ステアに自分に近しい頭脳を感じたから。だけどその頭脳を全て那由多が読み切れるなら、わざわざステアを自分側に引き入れるようなことを言う必要はない。
1周目でわたしたちを助けてくれたお礼の気持ちがあったのは本当だろうけど、本当にただお礼だけならもっと別の方法があったはずだ。ステアに敵認定されるのが厄介だと思ったから事前に防止しようとした、こっちが那由多の本音だ。
つまり裏を返せば、ステアは那由多をもってして”相手側に回すと厄介”と思われている。思考ルーチンを把握できるならそんな風に思うわけがない。
つまり、ステアは那由多の”理解”の外側に、少なくとも今はいる可能性が高い。
「ステア、あなたは直接那由多に攻撃してはいけません。もし精神魔法を使おうものなら、恐らく弾かれるうえに使用した魔法の種類やタイミングから性格とクセを読まれ、対応されてしまいます。観察し、逆に那由多を把握し、隙を見つけ出してください」
「……できる、かな」
不安そうにそう言うステア。こんな自信なさげなところは久しぶりに見た。
だけど心配ない。だってこの子もまた、天才の中の天才だから。
「あなたならきっとできます。もし説得が通じなければ、那由多を行動不能にしてまた説得します。そのためには貴方が必要です。お願いします、ステア」
「……ん、わかった」
ステアは力強く頷いた。
そしてそのタイミングで、後ろから声が近づいてきた。
「久音!」
「永和、どうなりましたか?」
「めっちゃ渋られたけど、どうにか頷いてもらったよ~!粘り勝ち!」
「流石ですね」
「はぁー……」
意気揚々としている永和と、逆に面白くなさそうな顔をしてため息をつくルクシア。それに続いて他3人のルクシアの側近も現れた。
「あなたも押し切られたのね」
「『那由多をこれ以上苦しめるならアタシ死んでやりますから!』……って本気の目で言われたわよ。まったく……それならこっちが折れるしかないじゃない……」
「あっ、わたしと同じ脅し方です」
「やっぱり?久音も言いそうだなって思ってたんだー」
「分かってますね、やっぱり」
「あはは、親友だしね!」
わたしの手をとってぴょんぴょん飛び跳ねる永和を可愛らしく思っていると、後ろからグイッと何かに引っ張られた。
「おっとと……なんですかステア?」
「……別に」
?はて。
「はいはい、全員注目。とりあえずクロとホルンの方針に私たち全員同意したってことでいいわね?」
「まあ、不本意ながらねー」
ルクシアはぶうたれた声を出したが、その他の全員はこくりと真剣な顔で頷いた。
「ノア様、1時間です」
「分かった。じゃあ行きましょう」
誰かが息を吐く音がした。
緊張が伝わってくる。親友と話をするのにこんなに気が引き締まることになる日が来るなんて思ってもみなかった。
だけど、全てはわたしたちが決めたこと。那由多に分かってもらうしかない。
目を瞑って、深呼吸をしたタイミングで、ルシアスの転移の準備が完了した。