第346話 那由多の頭脳
永和が土人形を出した影響でめちゃくちゃになってる地面を転ばないように歩きながら、わたしは永和の元へと向かった。
草をかき分け、安全なルートを通りつつ進み、ようやくたどり着いたそこには。
「……何してるんです?」
「「………」」
うつ伏せでピクリとも動かない、永和とリンクの姿が。
永和に至っては指で地面を掘り、ダイイングメッセージの如く「バカリンク」と書いている。
「この非常時になにを遊んでるんですか永和」
「遊んでない……決着つけてやろうとしただけ……」
「猶更この非常時に何をやってるんですか」
「ふっ、アタシはほぼ無傷だけどあいつのことは大分新技でボコってやったぜ……実質アタシの勝ちだ……」
「ざっけんな、リンクのこと倒しきれずに魔力尽きた癖に……」
「んだとこらあ……!」
こんな状態になってまで喧嘩するのか。本当に何をやっているんだか。
けど、永和がわたしと那由多以外の誰かと喧嘩するところなんて初めてだな。
「……んお?なに、久音」
「いえ、別に」
他意はないが、永和を起こして後ろから抱きしめつつ、わたしは本題に入る。
「それで、永和はどうするんです?」
「ご主人様とちゃんと話し合うよ。そんでもって、那由多のことも助けてあげたい」
「欲張りですね。……まあ、わたしも大して変わりませんが」
「あはは、似たようなもんか」
「予想はしてましたよね。親友ですし」
「だね。あ、そういやそっちの主人との戦いはどうなったの?」
「負けましたよ、普通に。けど無理やり要求通しました」
「わお、強引」
苦笑する永和の泥だらけの顔をハンカチで拭い、フラフラと立ち上がる所を支えた。
少し経ってリンクも立ち、じっと見ていたので仕方なく予備のタオルを渡す。
「どうぞ」
「ありがと。……ふーっ、可愛さのかの字も知らない馬鹿のせいでメイク落ちちゃった。やり直さなきゃ」
「あれ、お前の顔のきったねえ部分晒しちゃったかな?そりゃ悪かったね!」
「はあ!?リンクの顔に汚い部分なんてあるわけじゃない!すっぴんでも顔だけで生涯食べるのに困らないであろうこの可愛さを更に引き立たせるための化粧に決まってるでしょ、常に死臭漂わせてるあんたとは違うのよ!」
「誰が死臭まみれだこらぁ!ちゃんと毎日ちょっとお高い石鹸で身体中ゴシゴシして気をつけてんだよぶっ殺すぞ!」
またぎゃあぎゃあと喧嘩し始めた。
わたしはタオルを回収しつつ、魔力も尽きているからまた戦い始めたりはしないだろうし、いっそこのままやらせておこうかとも思った。
那由多との約束の1時間まであと10分くらいだ。永和がルクシアと話す時間を踏まえても、3分くらいならいいか。
わたしは近くにあった岩に腰かけ、頬杖をついて2人の罵倒を見守った。
暫く見て、2人がゼェゼェと疲れ始めた頃、スイが話しかけてきた。
『……素直な疑問なんだけどさ』
『はい?』
『君、ホルンが他の人と仲良くしているのを見て何か思わないの?』
『仲が良いというんですか、あれ』
『まあ言うんじゃない』
『……たしかに。で、疑問の答えですが、まったくないわけではないですよ』
『ふぅん』
『ただ……』
わたしは肩で息しつつ、尚も喧嘩を続ける永和に愛おしさを感じつつ。
『永和はわたしと那由多が一番好きですよ。一番が自分なら他は別に良くないですか?』
『……え、あ、うん』
至って普通のことを言ったはずだが、何故かスイはとぼけたような声を出した。
それとほぼ同時に思いつく限りの罵声を浴びせ合い終えたようで、2人の言葉が止まったので、わたしはパンパンと手を叩いた。
「ほら永和、ルクシアと話すんじゃないですか?約束の時間までもう残り少ないですよ」
「あ、そうだ!こんなんと言い合いしてる場合じゃない!」
「こんなんとはなによ!」
永和はわたしの言葉を聞いて、早足でルクシアたちのいる場所へと向かっていき、リンクも色々と言いながらもそれについていった。
***
永和たちが話すところを、わたしとノア様は少し離れて見ていた。
「大丈夫でしょうか」
「さあ?ルクシア次第でしょ」
「聞き入れられるといいのですが……」
ノア様はわたしと目を合わせることなく、じっとルクシアたちの方を見つめている。
「あの、ノア様」
「なに」
「その、腕は大丈夫でしょうか」
「この通り動くわ」
「そうですか、申し訳ございませんでした」
「別に」
「……あの、ノア様」
「なに」
「まだ怒ってます?」
「怒ってないと思う?」
「申し訳ございません……」
引き続き拗ねたままのノア様と居心地の悪い時間を過ごしていた。
しかし暫くすると、後ろからガサガサと音が。
敵かと思い、ばっと振り返ると。
「お、いたぞ」
「ああ……貴方たちですか」
仲間たちが全員、合流してきたところだった。
先頭のルシアスにおぶられていたステアがひょいと飛び降り、なんとゴラスケをルシアスに預けてわたしに飛び掛かってきた。
「クロ……!」
「ステア……心配かけましたね」
「ううん、大丈夫……」
「事情は全部ステアが読んで教えてくれたぜ。負けちまったなクロ」
「はい、そりゃもう完膚なきまでに」
「はーーーーっ……なんにせよ、クロさんと戦うなんて話にならずに済んでよかったですわ……」
「まったくだよ。勘弁してよクロさん……」
「率直、ウチはそれでも面白かったけど」
ステアはわたしの胸に顔を埋め、腹回り辺りを強く抱きしめてきた。非力なこの子とはいえちょっと痛い。
けど、随分不安にさせてしまっただろうし、これくらいは我慢しよう。
「んで?ナユタを殺さず、和解の道を探そうってか?こりゃ難易度が元より圧倒的に跳ね上がったぜ」
「ですわね。ただ殺すだけでもルクシアを殺すよりも遥かに難易度が高いのに、生かしたままだなんて」
「でも、親友のクロさんやホルンが話せば通じるんじゃない?」
「不明。ただ、1500年もの時をかけた野望である『3人だけの世界』を創れないことを、ナユタが了承する可能性は低い。最悪戦闘になる」
「あの子はあなた方を殺せばわたしが傷つくと分かってるので、滅多なことでは殺そうとはしてこないと思います。むしろあなた方を懐柔しようとするとか、そういう手を使ってくるかと」
「……実際、私、それやられた」
「え?」
「ど、どういうことですの!?」
「クロが、ナユタのこと、選んだら、ナユタの、味方するか、干渉するな、って。そうしたら、この大陸以外は、手出さないし、ルクシアも、倒してやるって」
「やはり那由多はステアのことを相当高く買ってますね。おそらくこの世界どころかかつての世界を含めても最も那由多に近い子ですし、間違いないでしょう」
「そうなのか?」
「ですが、ナユタは例の異世界からの天才たちとも関りがあったんですのよね?その方たちよりもステアは上なんですの?」
「というよりかは、天才としてのベクトルが合っているんですよ。天才と一言で言えど、それには種類が―――発明、建築、執筆、統治、計略など多種多様にあります。ナユタは基本的には多くのことに才能を発揮した、まさに完璧に近い人間ですが、最も才能を発揮したのは”解析と理論構築”です」
「ああ……だからステアと似てるって話なのね」
「だと思います」
具体的に話すならば、那由多は絶大な観察力と並列思考能力で、五感で感じる事象から常人の100倍以上の情報を得て、同時に処理している。
そこから得たことから瞬時に頭の中で複数の理論を構築し、そこから仮説を立てる。その精度は、自分の近くで起こる10分程度先の未来までならほぼ確実に予測できるほどだ。つまり那由多は、自分が有利になるよう常に”最善”をなぞって身体を動かしている。
「おそらく那由多は、ステアにもそれが出来るポテンシャルがあると予測しているのだと思います。自分と同じことをされた場合、アドバンテージを潰されるのと同義のため、早めに懐柔しようとした。そんなところでしょう」
「分かりやすく言や、俺らがこれから相手するのは、ステアの究極系みたいな頭脳と反則級の魔法と1500年のキャリア持ったバケモンって話だろ?」
「人の親友をバケモンって言うのやめてください。……まあそれまでの話は間違っていませんが」
「……本当にどうするんですの、クロさん」
「……それを考えているんです」