第342話 ホルンvsリンク2
ぐしゃりという音と共に、最後の死体人形が潰された。
「ハア……ハア……」
「マ、マジか……」
アタシ自身は無傷。対してリンクは、隙を見て数発入れた影響でそこそこのダメージは入っている。
しかし、もう近くに死体人形が無くて攻撃手段が激減しているアタシに対して、まだ魔力も体力も余裕があるリンク。どっちが有利かは火を見るより明らかだった。
リンクは今まで見たことのない猛獣みたいな目をして、フラフラとアタシに近づいてくる。
何度か魂をぶつけて攻撃しようと試みたが、伸縮で回避されて当たらなかった。
そして《縮地》で距離を潰され、腹に手を置かれ。
「ぐ、ぷっ……!」
凄まじい衝撃と共にアタシは吐いた。
そして前のめりになって倒れ―――。
「リンクの勝ち」
これ以上ないほどムカつくドヤ顔をしたリンクが目に映った。
***
あー……そういえば、なんでアタシってリンクが嫌いなんだっけ。
思えば3年前―――初めて話した時から気に入らなかった。
ノワールとして帝国に潜入している時、大の大人をウン十人叩き潰したヤバい劣等髪がいるっていう噂を聞いてこっそり見に行った。
あの時のリンクは既に《伸縮魔法》の片鱗を掴んでいて、少し距離を縮める程度ならもう出来ていた。それで自分を侮って襲ってくるチンピラやら傭兵やらを持ち前の技で薙ぎ倒し、金を巻き上げ、その金で可愛いグッズや化粧品なんかを買い漁っていた。
あの御方に報告すると「連れてきてほしい」と言われたので、接触を図ったのだ。
「ねえ、そこの君」
「ん?」
噂を聞き付けた力自慢の男の腕をポッキーみたいに折っていたリンクに、アタシは声をかけた。
「ちょっと話がああっでええ!?」
「……あれ、あんた女?胸ないから分からなかった」
「うるせーよ!つか初対面でなんてことしやがる!」
一瞬でアタシをすっ転ばせて腕を固めてきやがった。
後から聞けば、自分に話しかけてくるのはそれまで腕試しか強姦魔か憂さ晴らしかの3択だったためにアタシもその手合いだと思ったらしい。ざけんな、せめて何の目的化は最初に聞けよ馬鹿野郎と思った。
リンクを連れて行くと、ルクシア様は大層興味を持った。
リンクもルクシア様の美しさに当てられ、配下に加わった。
その後の展開は―――まあお察しだ。
「おいリンク!アタシの魔導書枕にしてんじゃねーよ!」
「高さが丁度いいのよ、ケチ臭いわね!そんなことでいちいち怒鳴るからストレスで顔が歪んでリンクやお姉様みたいに可愛くなれないのよホルンは!」
「黙れクソナルシスト!死ね!」
「お前が死ね!」
「ホルン!あんたアタシのケーキ食べたわね!」
「ああ、お前のだったの?久々に帰って来たらあったから、てっきりリンクと違って帝国の潜入調査を日々頑張ってるアタシへのご褒美かと」
「ざっけんじゃないわよ!責任取って倍にして返せ!」
「イヤだね、こっちは疲れてんだ。そっちこそ超頑張ってるアタシを労って、『仕方ないわね』くらい言ってみたらどうだ!」
「言うわけないでしょクソゾンビ!くたばれ!」
「やるか!?お前がくたばれ!」
「リンクてめーさっさと柔術使えよ!余計な時間食ったじゃねーか!」
「イヤ。こんな可愛くない技本当は使いたくないのリンクは!」
「だああああもう、口開きゃそれだよ!そんなに強いくせに出し渋りやがってよぉ!あーーーー腹立つわ、もはやお前という存在そのものが!」
「こっちの台詞だわ!」
「いーやこっちの台詞だね!」
顔をつき合わせれば喧嘩と罵倒の嵐。何度ケーラを頭抱えさせたか。だけど嫌いなものは仕方がない。なぜこんなに嫌いなのか自分でも分からないほどだ。
だからこそ悔しい。このまま負けることが。
強いくせに普段はそれを隠して、こんな時だけアタシを圧倒するこのクソ女が。
大体なんでアタシはコイツと戦ってるんだ?アタシはルクシア様に、ナユタを選ぶと伝えようとしたんだぞ。
それをこいつは遮って―――。
……遮った?
……いやないない。こいつに限ってそんなこと有り得ない。
言葉通りアタシが裏切る気がしたから、それをいいことにアタシをボコそうとしてるだけだ。
なんだ、そう考えたら腹立ってきた。
なんでアタシがこいつにボコされなきゃならない。
なんでアタシがリンク如きに膝をつかなきゃならない。
なんでアタシがこのムカつくナルシスト女に勝ち誇られなきゃならない。
ふざけんな、この女にアタシが負けるなんて絶対にイヤだ。
もうナユタかルクシア様かの話は一旦忘れる。
とにかく今は、この女を一発ぶん殴らなきゃ気が済まない!!
***
「げっほ……あー、ムカつく……」
「あん?」
アタシは立ち上がった。
しっかりと無駄に整った顔をした目の前の女を見据え、睨む。
「いや、考えてみたら……お前大したもんだわ」
「は?何が」
「だってさ、今のアタシに嫌われるって相当難しいよ?」
記憶を取り戻したアタシは、那由多と久音以外はどうでもよかったあの頃のアタシに戻ってる。
好きの反対は無関心って言葉があったけど、アタシはまさにそれだ。2人の親友と母親以外はすべてどうでもいいとそう思っていた。その母親すら、親友よりも優先度は下だった。娘としての義務感というか憐れみというか、その類いだ。
アタシを避ける女子も謎に攻撃してくる男子も、いじめそのものもどうでもよかった。関心が無かった。虐待してきたクソ親父すら、殺意はあっても『嫌い』とは思っていなかった気がする。
そんなアタシが―――記憶を失っていたとはいえ、唯一”嫌った”のがリンクだ。
意味が分からん。アタシにそういう感情が会ったこと自体が衝撃だ。
だけどなによりも驚くのは、記憶を取り戻して昔のアタシに戻っても、こいつを嫌いだと思う感情はまっっっったく消えないってところだ。
「リンク。アタシはお前が大っ嫌いだ」
「リンクもあんたのこと死ぬほど嫌いよ。何を今更言ってんの」
「逆に那由多と久音のことは大好きだ。あの2人のためならアタシは死んだっていい。むしろ本望だよ。だけど……」
実に新鮮な気持ちだ。こいつが嫌いすぎて、今だけはそれ以外が見えない。
ただ、こいつをぶっ飛ばしたいという気持ちが。
「お前に負けるのだけは……死ぬより御免だあ!!」
アタシの認識をずらした。
「はっ、もう負けたじゃない!死体人形がないホルンなんてっ……!?」
アタシは地面に手をつき、魔法を使った。
すると案の定地面が隆起し、ホルンを勢いよく吹っ飛ばす。
「いったぁ!?」
そして大地はモコモコと動き、太った人間のような形になった。
その数は1から10へ。10から―――。
「よく言うだろ。”遺体は土に還る”って」
リンクは驚愕の顔で地上を見下ろしていた。
アタシにそんなことが出来るなんて思っていなかったらしい。
当たり前だ。アタシだってできると思ってなかった。
ついさっきまで。リンクをぶん殴る方法だけを模索した、あの瞬間までは。
「死体が土になるなら……土って死体だよなあ!?死体ならアタシの疑似魂埋め込めば操作出来るよなああ!?だはははは、出来た、出来たよ!これでアタシは1人でいくらでも軍隊作れるわけだ!形勢逆転だなリンク!?」
「なっ……なんでこんなところでそんなこと出来るようになってんのよぉ!?」
「決まってるだろ、お前のその顔面ぶっ潰したいっていうアタシの純粋な気持ちが認識を広げたのさ!お前のお陰だ感謝するよリンク、そして死ねえええ!!」
アタシの巨大な土人形が、勢いよくリンクに襲い掛かった―――!